第7話 不良と低血圧子はささやかな謎を解き明かす③

「わたしが本格的にボードゲームで遊ぶようになったのはウタちゃんがくれたカードゲームがきっかけだったけど、実はもっと前に原体験となるような出来事があったんだ」


「ボードゲームの原体験?」


「それはわたしもはじめて聞く話だね」


 オレたちの言葉にうなずくと、篠原は再び口を開いた。


「あれは小学二年生の頃の話です。当時、篠原家はお父さんが単身赴任で家を離れていた上、お母さんも仕事が忙しい時期で、あたしは家に帰ってからも遅くまで一人でいることが多かったの。遊びにきてくれる友達もいなかったし、しばらくは寂しい時期が続いたなぁ。今でも思い出すと、ちょっと心にくるものがあります」


 それから篠原はふっと天井を見上げた。学校では地味な女子で通っている篠原だが、友達が少ないとか孤独だという印象はあまりない。その篠原に振り返るのも辛いと思えるような時期があったというのは、正直意外だった。


「でもね――あるとき、お隣のおねえちゃんが『一緒に遊ぼうか?』って声を掛けてくれて、それで、ちょくちょくお互いの部屋を行き来するようになったの」


「部屋? あ、そうか。篠原は高校に入るまで県営住宅に住んでたんだっけな」


「そそ。鷹栖地区にある、ふるーい団地」


「おねえちゃんというのはその当時でいくつくらいだったの?」


「火薙中央の制服を着てたのを見たことあるし、今のあたしたちと同じくらいだね。当時から何であたしに声を掛けてくれたんだろうって疑問だったけど、あたしがいっつも暗い顔をしていたのを見るに見かねたのかも知れないね」


 これがおじさんとかおにいさんだったら、警戒しなければいけない事案なのかも知れないが、篠原の話しぶりをみるにそういう方面での心配は必要なさそうだ。


「……ただ、ちょっとだけ問題があって。おねえちゃんはどちらかと言えば家の中で遊ぶのが好きな人で、特にアクション系のテレビゲームがお気に入りだったの。でも、ウタちゃんは知ってるように、あたしってともかく反射神経がポンコツだから、あんまりうまく遊べなかったんだよね」


 握力はめちゃくちゃ強いのにな。と心の中で呟くと、ウタゲがオレの心の内を見透かしたようにうんうんとうなずいた。


「おねえさんはあたしのために色々なことを考えてくれた。あんまり反射神経が必要じゃないゲームを用意してくれたり、一緒に映画のDVDを観ようと言ってくれたり、『これなら遊べるかも』って言ってボードゲームを持ってきたり」


 篠原はそこでいったん口をつぐんでオレたちを見た。


「ひょっとして、そのパーツはお隣さんのおねえちゃんが持ってきたボードゲームの付属品なのか?」


 オレが尋ねると、はたして篠原は首を縦に振った。


「この間、部屋の片付けをしてたら、捨てずにとっておいたおもちゃ箱の中にこれが入っていることに気がついてね。一時期はそのゲームでばっかり遊んでいたから、どこかで紛れ込んでしまったのかも」


「――そのおねえちゃんにはまだ連絡してないの?」


 ウタゲのもっとも問いに、しかし篠原は首を横に振った。


「できないの」


「どういうこと?」


「あたしと遊ぶようになった年のクリスマスにおねえちゃん一家は引っ越してしまったの。急なことで、連絡先も教えてくれなかったから、どこに行ったのかもわからない」


「連絡がつかないから返しようもないし、ゲームのタイトルが何だったかも確認しようがない、とそういうことか」


「うん……」


「何度も遊んだのにタイトルを覚えてないの?」


 一度遊んだゲームどころかボードゲーム会でちょっと見ただけのゲームすらもすべて覚えていそうな女が首を傾げて言った。聞きようによってはちょっとキツめの口調だ。


「ごめん……外箱は破れちゃったとかで、おねえちゃん、内容物をうなぎパイの空き箱に入れて持ち歩いていたし……全然思い出せないの。洞窟を探検するゲームなことは間違いないんだけど」


「そう。ま、謝ることじゃないよ」


 ウタゲは淡々と言ってから、考え込むような素振りを見せてからオレの方に向き直った。


「春川君はこれがどういうゲームで使われていたものかわかる?」


「わかるわけねえだろ。ボードゲーム歴何ヶ月だと思ってんだ。って言うか、この手の話はウタゲに答えられないんだったらもうお手上げだろ」


「どうなんだろうな」


 ウタゲは曖昧に呟いてから腕を組んで、篠原を見た。


「……悪いけど、少し考える時間をもらえないかな?」

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