第7話 不良と低血圧子はささやかな謎を解き明かす④

 結局、篠原の問いの答えはわからぬまま、オレたちは揃って店を後にした。


「帰るか」


「そうだね」


「お母さんにお買い物頼まれてたから、あたしはここでさよならするね。二人とも、今日はありがとう。また明日、メリーさんで」


 気丈に言って、篠原は一人で駐輪場を出て行った。


「ああそうか。メリーズ・ラムの日は明日だった」


 ウタゲはぼんやりした声で言うと、逆U字の車止めにお尻を乗せた。どうもすぐにはこの場を離れる気がないらしい。そのことに気がついたオレは、隣の車止めに座ってから「……お前でもわからないゲームがあるんだな」と言った。


「そりゃあね」


 あっさりと肯定してから、ウタゲは赤いレンガで舗装された地面を見下ろした。


「けど、あれが何のゲームのパーツかは知っているよ」


「待てよ。じゃあなんであの場で言わなかったんだ?」


「……わたしが答えを知っていることは、ユウちゃんもわかっているからだよ」


「なんだそりゃ」


 オレが言うとウタゲは少し考えてから、地面を見つめたまま「春川君――」と言った。


「まだ時間があるなら、ちょっとわたしの家に寄ってくれないかな」


 ……ウタゲの自宅は大きな一軒家だった。二階建てにしては妙に高さがあるなと思ったら、中二階が蔵になっているのだという。ウタゲはオレを三階の自室に案内すると、その蔵に行くと言って部屋を出て行った。


 彼女の部屋はボードゲーム魔窟にはなってなかった。飾り気のない勉強机。清潔そうなベッド。機能性重視のミニコンポ。少し大きめの黒い座卓。それにきちんと整頓された本棚。ぬいぐるみの類いはなく、壁紙も白一色。ちょっとかわいげが足りないと思わなくもないが、それでも女子高生の自室の範疇に留まっている。ウタゲの部屋だし、もっとすごいモノを想像してたんだが、安心したようなちょっと拍子抜けしたような気分だ。


「待たせたね」


 しばらくして部屋の主が戻ってきた。手に持っているのはボードゲームではなく、麦茶のグラスをのせたトレイだ。ちゃんとお茶請けの菓子もついている。


「グラスはそこのドリンクホルダーに入れてくれ」


 そう言われて、テーブルにクリップ式のドリンクホルダーが取り付けられていることに気づく。メリーさんでも使っているやつだ。きっとここでボードゲームをすることもあるのだろう。


「春川君はドラゴンクエストを知ってるかな?」


 ウタゲは再びドアの方へ向かいながら、顔だけをこちらに向けて、尋ねてきた。


「テレビゲームの類いはほとんどやったことがないけど、さすがにそれくらいは知ってるよ。ほら、あれだ。スライムとか出てくるやつだろ」


「……すごく雑な理解だけど、まぁそうだね」


 ウタゲはオレのことを軽くDisってから、部屋の外に出て――またすぐに戻ってきた。今度は、ボードゲームの箱らしきものを両手で抱えている。高さはさほどでもないが、かなり横に長い。あちこちにシワがあるのは経年劣化によるものだろう。


「ドラゴンクエストは敵モンスターをコマンド式の戦闘で倒して経験値やお金を稼ぎ、自分のキャラクターを成長させながらファンタジー世界を冒険していくロールプレイングゲームの人気シリーズだ。第一作が1986年発売だから、わたしたちが生まれるずっと前から続いている。それだけに、様々な派生作品が作られていてね。アニメ、アーケードゲーム、携帯アプリ、それに……ボードゲームも存在するんだ」


 ウタゲは立ったままそこまで話すと、持っていた箱をテーブルの上に置いた。


「その一つが、これだ」


 箱には例の特徴的なフォントで『DORAGONQUEST DUNGEON』とかいてあった。さらに中央にはモンスターの群れが薄暗いダンジョンで待ち構えるという構図の写真が印刷してあり、あのどこか愛嬌のあるスライムも、隅の方にひっそりと佇んでいる。


「おい、これって」


 だが、オレの心を揺り動かしたのは見覚えのあるモンスターではなかった。


 と言うかだ。


 そう。こいつは先日のゲーム会で、篠原が見つけて仁志木さんと一緒に遊ぶことになったあのゲームだ。あのときは、ちょっと離れた場所にいたからタイトルまでは目がいかなかったが、間違いなく同じものだと思う。


「開けて良いか?」


 ウタゲがうなずくのを確認して、蓋を脇に避ける。


 最初に目についたのは、チャック袋に入った大量のキューブだった。石壁を模したもので、側面にはちゃんとそれっぽい凸凹が刻まれている。色は灰色――それにの二種類。


「どういう……ことだ?」


 二種類の壁のうち、青銅色の方は、さっき篠原が見せてくれたものと全く同じものだった。


 篠原がこのゲーム――ドラゴンクエストダンジョンで遊んだのはつい二日前のことだ。であれば、思い出のゲームの正体に気づかないはずがない。なのにどうして彼女はああやって、わざわざ青銅色のキューブの謎かけをしたのか?


「驚く気持ちはわかるけど、その問題について検討する前に、やっておきたいことがある」


「と言うと?」


「わからないかい? このゲームで遊んでみるんだ」

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