ウボンゴ3Dで遊ぶ

第4話 不良と地味子は身成り余る処を以ちて身の成り合は不る処を刺し塞ぐ①

 篠原ユウキは整った顔立ちをしている。いつも眠そうに半分閉じてるけど睫毛が長くって、黒目がちな瞳。いつもニコニコしているせいで笑いジワができてるけどニキビ一つない真っ白な頬。案外でかい胸。ふっくらと発育の良い田舎乙女らしい尻。あとなんか良い匂いがする。

 

 いつの間にか顔立ちについての美学的考察から離れてしまったような気もするが、ともあれ俺が声を大にして主張したいの(しないけど)は、篠原が地味な雰囲気とは裏腹に結構な美人さんだということだ。


「――以上が『毎度、ただ、得矢なく、この一矢に定むべしと思へ』という一文の解説だ。すぐ後に『と言ふ』とあることからわかるように、師の言葉の引用はここまでで、以降は筆者の語りに戻る」


 五限目――古典の授業中である。五十海東高のマドンナと称される(自称ともいう)和南条わなじょうセンセの授業はわかりやすく面白いのだが、それでも午後の眠気に抗うのは難しい。篠原の横顔をチラ見して眠気覚ましの代わりにしたとしても責められる謂われはないだろう――本人以外には。


「よーし、それじゃあ次いくぞ。『師の前にて一つをおろかにせんと思はんや』。ここの『おろかに』というのは、思慮が浅いという意味ではないぞ、バレないと思ってこっそりチョコバーを囓っている羽場はば


 突然名指しされた男子生徒が「げっ」と声を上げてチョコバーを取り落とした。


「どちらかと言えばそっちでうとうとしてる伊須足いすたりの方が正解に近いかな。二人とも謝れ。私じゃなくて兼好法師に謝れ」


 今度はオレのすぐ前の席の女子生徒が猫背をぴんと正した。うーん、よく観察している。これだから和南条センセの授業は怖いんだよな……。

 

「ここでいう『おろかに』は疎かに、とかいい加減だといった意味だ。まぁこれはそういうものだと思えば良い。この文章の一つ目のポイントはその後の『せん』だな。羽場、ちょっとお前、蓄えた糖分使って品詞分解にチャレンジしてみろ」


 『せ』が『す』の未然形で、『む』が助動詞の終止形か? たったの二字に対して『品詞分解』と言ったのは和南条センセなりにヒントを出したつもりなのかも知れないな。ま、当てられたのが自分でないからこうやってパニクらずに分析できるだけだが。


 羽場がぎこちない足取りで黒板に向かうのを横目に、オレはまた篠原の横顔を見やる。


 と、篠原がこちらにふっと視線を向けて、和南条センセに見えない角度でひらひらと手を振ったのだ!


 ――気づいてやがった。


 さらに篠原は大胆にもオレに向かって口パクで何事かを囁く。見て、しばらく考えて、理解する。


『放課後まで、あと、ちょっと』


 オレは石清水八幡宮の真実を知った仁和寺のあの法師もかくやというほどの気恥ずかしさを覚えて、教科書で顔を隠したのだった。

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