第3話 不良は五七五で悶々とする⑨

「これで全員一句ずつ詠んだね。引き続きどんどん行こう」


 ウタゲの言葉に全員がうなずく。


「良いぜ、オレが詠もう。ハイク。梶井さんのお題だ」


 先陣を切ったのはさっき作句したばかりのオレだった。


 ――色づくは 水も滴る あの割れ目――


 正解は桃。なかなか捻りを効かせることができたのではないだろうか。オレが心の中で自画自賛していると、向かいに座っていた瀞畝がすごい勢いで手を上げた。

 

「ハイク! ビール瓶切り!」


「違う! お前は捻りすぎだ!」


「わかるわかる。腰をコンパクトに回さないとうまく切れないんだよなあ」


「だからお前は何を言っているんだ」


「……ハイク。桃じゃないかな」


 オレと瀞畝がくだらないことを言いあっているうちに、正解をかっさらっていったのはウタゲだった。

 

「さすがだな」


「ちょっと迷ったけど、出題者が梶井さんだし、もう一つはさすがにないだろうって思ってね」


 ん? もう一つ? 首をかしげてからはっと気が付いた。オレの句が別のものを表しているようにも読めるということに。


 別のもの――すなわち臀部。尻である。


 いやいやいや。割れ目だけど! 水も滴るとか色づくとか何となく淫猥な感じがする!


「もう一つって?」


 バカッ、篠原。わざわざ聞くんじゃないっ!


吹割ふきわれの滝」


 ……はい?


「何それ」


 瀞畝も四十五度近く首を捻っている。


「群馬県沼田市にある滝。紅葉が綺麗なんだよ」


「東洋のナイアガラって言われてるアレですね」


「梶井さん、行ったことあるのかい? まぁ静岡県民的にはあまり馴染みがない場所だし、君ならもう少し素直なお題にするかなって思ったのさ」


「なるほどなるほど。出題者の性格を読むのも大事なんですね!」


 オレの考え過ぎだったのだろうか。いや、しかし――。


「よーし、ボクも春川に続くぞ!」


 続いての詠み手は瀞畝。お題はまたも梶井さんのだった。


 ――そそりたつ しょっぱい味の ニクいヤツ――


 待て。


「あ、『にくい』の『にく』はカタカナのニクですー」


 ちょっと待て。


 思わずこめかみを押さえて目を閉じるオレの脳裏に、今朝観たパチンコ店の電飾が鮮やかに浮かび上がる。


 もちろん味までは知らない。知らないがそそり立つニクってそんなのチ――。


「ハイク。ソーセージ?」


「正解!」


「やった! マコトさん、私も当てたよー!」


 無邪気に喜ぶ篠原にオレは「お、おう」と言うことしかできない。


「ごめーん、セナちゃん」


「ドンマイマイちゃん。でもちょっとわかりやすかったかも」


「そっかー。次は頑張るぜ!」


 ……まぁ瀞畝はあれで下品な冗談を言うタイプではないし、わざとそれっぽい句を詠んだということはないんだと思う。いやでもなぁ!


「次は誰がいく? いないなら、ハイク。わたしが詠もう。出題者は瀞畝さんだ」


「よしきた。頼むぜ、ヒバッち」


「頑張ってみよう」


 ――竿しごき 命の海へ 白い糸――


 ウタゲ、お前までなんて句を詠みやがる! いや、色はよく知らないが竿をしごくってそんなのチン――。


「ハイク。釣りじゃないですか?」


「正解。うーん、ダメだったか」


 なん……だと……?


「定まりました。ハイク! 出題は春川さんです」


 オレのお題か。よし、それなら今度こそ大丈夫だろう。頼むぞ梶井さん。この辺りで軌道修正をしてくれ。


 ――長くなる 棒で暴れる 兄者かな――


 なんで孫悟空から如意棒をピックアップしてくんだよ! しかも今! このタイミングで! このタイミングで如意な棒が暴れるのはまずいだろ!


「ハイク! 宝蔵院胤舜!」


「えっ、誰? 違うけど?!」


 瀞畝はいつだってマイペースだった。


「ハイク。これは素直に孫悟空で良いんじゃない?」


「正解です」


 ……こうもアレな句が続いているのに誰も違和感を持っていない。少なくとも違和感があるような素振りは全く見せていない。やっぱりオレが考え過ぎているだけなのか?


「じゃああたしもやりまーす。ハイク。出題はあたし、篠原ユウキです」


「頑張れ篠ちゃん」


「はーい」


 瀞畝にそう応じてから、篠原はちょっと恥ずかしげにはにかみながら句を詠み上げた。


 ――右手出し 左手出して その後は?――


 全員の目が泳いだような気がした。オレも正直全然ぴんとこない。


「ハイク。うーん、ボクシング?」


「ちょっと遠いかなー」


「えっと、それじゃあ、ハイク。犯人逮捕」


「違いますっ!」


 瀞畝と梶井さんが続けて外し、さらにオレの「手洗い」、ウタゲの「石川啄木」も外れだという。うーん、正直検討もつかない。


「……7、6、5、4、3、2、1、タイムアップ。じゃあ、全員ギブアップってことで短冊を見せてもらっても良いかな?」


 ウタゲに言われて篠原は短冊をテーブルの上に置いた。


 句の脇に犬の絵が描いてある。座ったまま上体を起こし、両方の前足を顔のあたりまで持ってきているコーギーの絵だ。


「お隣さんちのポッキーくん、お手、おかわりの後でこれをやるのが好きなんだー」


 それは、つまり、そう――。


「チ○チ○じゃねーか!!」


 オレの絶叫が会場に響き渡った。


 静岡県中部ボードゲーム会で後々まで語り草となる『女子高生○ン○ン絶叫事件』の真相はこのようなものであった。

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