第3話 不良は五七五で悶々とする⑧

 全員に短冊が行き渡ったところで、まずはお題を確認。オレのは……ウタゲの『金太郎』と梶井さんの『桃』か。うーん、しかし俳句なんて詠んだことがないからどうやって作ったものかさっぱりわからないぞ。


 みんなはどうだ? 瀞畝は言わずもがな。篠原と梶井さんも苦戦してそうだ。


「ハイク」


 と、はじめに手を上げたのはウタゲだった。


「自分で出したお題だけど、とりあえず詠んでみるよ。というわけで出題者はわたし。火場ウタゲです。それでは――」


 ウタゲは小さく息を吸い込むと、淡々とした調子でこう詠んだ。


 ――冬の日に 人を捕える 四足獣――


「シソクジュウって?」


 篠原が尋ねると、ウタゲは「四つ足の獣と書いて四足獣だ」と即答した。


「あっ、わかった。ハイク!」


「はい、ユウちゃんが早かった」


「猫でしょ!」


「残念。けど、ちょっと関係あるかな」


 これくらいのヒントはアリらしい。


「ってことは……ハイク」


「じゃあ梶井さん」


「犬じゃない?」


「外れ。さっきより遠くなった」


 すかさず瀞畝がにやりと笑って「ハイク」を宣言する。


「……その声は、我が友、李徴子ではないか?」


「虎ってこと? 全然違うね」


 あれ? 答えていないのはオレだけか。五人で遊ぶ場合は一人につき二回回答権があるとのことだが、このままだんまりというのもつまらない。しかし、猫にはちょっと関係があって、犬は遠くて、虎は論外。んでもって、冬に人を捕らえるもの……?


「あ、わかった! ハイク。こたつだろ」


「正解!」


「あ、四足獣ってそういうことですか」


「そっちかー。や、お互いおしかったな、セナちゃん」


 猫はともかく山月記はおしくねーよ。


「すごーい! さっすがマコトさん!」


「たまたまだよ。たまたま。それより次やろうぜ」


 何となく、作句の方向性が見えてきたしな。


「じゃあ、ハイクっ」


 だが、オレがペンを走らせるよりも速く作句を終えたのは篠原だった。


「瀞ちゃんからお題をいただきました」


「いえーい。頼むぜ篠ちゃん!」


「いえーい」


 初対面で何なんだろうねこのノリ!


「じゃあ、詠みます!」


 ――風待ちて 親子の笑顔 見下ろさん――


 篠原はいつもよりほんのちょっと上ずった声で、そう詠んだ。


「ハイク。ツバメか?」


 オレが答えると篠原は「ブブー」と応じた。うーん、違うのか。


「ハイク。アドバルーン」


 今度はウタゲ。確かに親子連れで賑わっているショッピングモールの屋上なんかにあるもんな。しかし、篠原によれば「ちょっと近くなったけど違うね」とのこと。あーもう。出題者の瀞畝がニヤニヤしてるのが地味に腹立つ。


「あ、わかりました! ハイク! 凧揚げじゃないですか?」


 梶井さんの答えに、瀞畝が「おお」と呻き、直後に篠原が「せいかーい」と言う。なるほど。公園か何かで凧揚げをしている親子の風景か。篠原が親の愛を一身に受けて育てられたことが窺える良い句だな、と、ゲームとは無関係にそんなことを思ってしまう。


「ハイク! 今度はボクの番だ!」


「どうぞ。出題者は誰かな?」


「我が宿敵とも、春川だよ」


 お前が引いたのかよ。どのお題だろうな。


「よーし、詠むよ!」


 ――落ちてゆく 地面が消える 三分前――


 瀞畝は背筋を正すと、いかにも彼女らしくハキハキした調子で句を詠んだ。


「なるほどな」


 どのお題を引き当てたのかを理解したオレが呟くと、瀞畝は渾身のドヤ顔を向けてきた。結構上手いなと思っただけに余計腹立つ。


「ハイク。ええと、天空の城ラピュタ?」


「不正解!」


 梶井さんの答えに瀞畝はドヤ顔でダメだしする。うーん。そうやってすぐ調子に乗るのはほんと変わらんなー。


「地面が消える……三分間……わかった、ハイク! 砂時計でしょ!」


 続いての篠原の答えに、瀞畝は「大当たり!」と言って晴れやかに破顔する。


「消える地面ってそういうことかー」「三分間というのも良い手がかりだね」


 梶井さんとウタゲのやりとりにもご満悦の様子で「捻りすぎたかとも思ったけど結構伝わるもんだねー」と言っている。


「よーし、私も頑張ろう! ハイク!」


 今度は梶井さんが詠み手。お題は篠原のやつだった。


 ――静謐と 知恵を留める 棚の列――


「どうです?」


 こちらも瀞畝と同じドヤ顔で尋ねてくるが、うーん、これは多分……。


「ハイク。図書館じゃないかな」


「ひぎい! まさかの一発正解!」


 やっぱりか。あとその悲鳴はどうかと思うぞ梶井さん。


「セナちゃんらしい句だけどちょっとわかりやすかったかもなぁ」


「わかりやすいかもだけど良い句だよねー」


 瀞畝と篠原が息の合ったフォローをすると、梶井さんはちょっと泣き笑いみたいな表情になって「うう……二人ともありがとうございます……」と言った。


「よし、そろそろオレも詠んでみるか。ハイク」


「おっ、期待してるぞ。我が宿敵!」


「はいはい。出題者はウタゲだ」


 ここまでオレは人が詠んだ句を聴くことに徹してきたが、それでひとつわかったことがある。


 出されたお題に対してある程度積極的に捻った句を作っていかないと、すぐに当てられてしまうということだ。


 さっき瀞畝は「捻りすぎたかとも思ったけど結構伝わるもんだねー」と言っていたが、間違った答えについて「近い」だとか「遠くなった」というようなコメントをしてもよいというルールが、想像していたよりもずっとヒントとして機能しているのだ。


 ただし、作った句があまりに抽象的だと、誰も答えられなくなってしまう。捻りがあって、なおかつ具体的なイメージを持ちやすい作句――それがHYKEの攻略法なのではないか?!


 ――熊よりも 強きを求め 山に行く――


「なかなか良いね」


 ウタゲが不敵な笑みを浮かべて言う。良いぞ良いぞ。こういう発言も後々効いてくるのだ。


「ハイク! 空手家!」


「外れだ! 少しは空手から心を遠ざけろ!」


「……日に数度、心が空手から離れます」


「お前は何を言っているんだ」


「あう」


 瀞畝は放っておいて、さて次は誰だろう。


「ハイク」


「梶井さん、どうぞ」


「ハンターでしょうか」


「違うな。空手家よりはちょっと近くなったが」


「あ、それなら! ハイク!」


 すかさず篠原が叫んだ。


坂田金時さかたのきんとき!」


 おっと、この答えは予想していなかった。オレはウタゲに向かって目線だけで「どうする?」と尋ねた。


「不正解の二人に決めてもらうのがフェアじゃないかな」


「確かにな」


 オレは小さくうなずくと、瀞畝と梶井さんに短冊を見せた。


「ああ、金太郎! 山というのは大江山のことだったんですね」


「そうそう。そういうこと」


「まぁ同じ人物を指しているんだから正解で良いと思うよ」


「私も意義なしです!」


 瀞畝と梶井さんがにっこり笑って言ったので、オレとウタゲと篠原の三人もついつい笑みがこぼれてしまう。ついでに勢いに任せてハイタッチなんかもしてみたり。


 あとから思えばこのときのオレは少々浮かれていたのかも知れない。篠原たちと遊ぶことに夢中になるあまり、今朝のニュース番組の占いコーナーで言われていたことをすっかり忘れてしまっていたのだから。


 ――乙女座のあなたは外出に注意。思いもがけない再会に浮かれていると、棒状のものに躓いて思わぬ怪我をすることがあります。


 もしオレが朝の占いをもう少し気にとめていたらこの後の惨劇は防げたのかも知れない。しかし名探偵ならぬ身ではそこまでは気づかなかった。恐ろしい事件が次々と起こって、この眼を開いてくれるまでは……。

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