第15話

 ♡―♡―♡―♡ー♡


 海渡は今日の事をずっと思い出していて眠ることが中々出来なかった。まるで、遠足前の子供みたいに気持ちがウキウキしていたのだ。


(本当に、彼女に会えたんだ…!)


 まるで夢を見ているような心地だった。不安そうにこちらを見つめる彼女の顔は可愛いとも思っていた。


「雫、か…」


 海渡は、彼女の名前を思い出す。そして、ふと気がついた。


「雫?そういえば、雫って確か――」


 気持ちが浮き足立っていても、やはり、疲れているのだろうか? 突然訪れる眠気に海渡はウトウトし始める。瞼は次第に重くなり、意識も段々微睡みの中へと吸い込まれる。


「…あぁ、そうだ。僕がつけたんだ…あの子にも…」


(今頃、何をしているのかな……)


 ――翌日。


 海渡は夜になると雫に会いに来た。

 何故、夜を選んだか。それは彼女が人魚だということを他の人にバレないよう人目を避けたからだ。


「雫!」


 海渡が大きな声で名前を呼ぶと、雫は水面から顔を出した。その様子は、まるで、小さな子供が遊んで欲しさにヒョコッと顔を出しているみたいだ。

 海渡は、その可愛らしさに思わず顔が自然と綻ぶ。


「海渡」


 ただ名前を呼ばれただけなのに、ドキリと胸が鳴る。雫は海渡の傍まで泳ぎ、海渡はいつもの場所に座り込む。

 そして、海渡は鞄から一冊の本を取り出し、それを雫に見せた。


「見て雫。これはね『人魚姫』っていう絵本なんだよ」

「………」


 雫は見せられた本をジッと見るとクスクスと笑った。


「知ってるわ」

「え?」

「他にも、竹取物語やシンデレラ、ラプンツェル。色々知ってるわ」

「す、すごい!どうして、そんなに知っているの?!」

「だって、海渡が教えてくれたから」

「え…?」


 海渡は、雫が言っている言葉がわからず数回瞬きする。口はポカンと開いている。


(僕が?)


「ね、ねぇ。前も聞こうかと思ってたんだけど……雫は、どうして僕の名前を知っているの?」

「私のこと、わからない?」


 ジッと見つめられながら細い首を傾げる雫。海渡はそんな雫の言葉に疑問を持ち、海渡も雫の目を見つめ返す。

 見つめ合う二人に静寂が訪れる。海渡は、何かを思い出すように思考を巡らせるが、その答えは何処を探しても出なかった。

 隠れていた雲から月が現れ、光がお互いを照らす。月の光は雫を照らし、顔がいつもよりハッキリと見えた。

 日差しを知らないような真っ白な肌に、夜を抜き取ったかのような黒い瞳。そして、目元にある小さな痣。


「その痣は……雫の形?」


 その小さな痣に見覚えがあった。

 それは決して忘れることはない。恐る恐る雫の顔に触れ、撫でるように雫の小さな痣に触れる。


「雫の形の痣…それに、君の名前…まさか、あのなの?小さい頃に傍にいてくれた――」


 海渡がそう言うと、雫はニコリと微笑んだ。それが海渡には答えに見えた。


「あの鯉が……人魚……?」

「違うわ。私は普通の魚。海渡と過ごした姿が本当の私。この姿は……魔法をかけてもらったの」

「魔法?」

「そうよ。魔女の魔法」


 信じられない言葉を聞き、海渡は目を見開き驚く。それもそのはず、魔法や魔女の存在は空想の産物で本の中だけにしか存在しないと思っていたからだ。


「ま、まさか…本当に、魔女は存在するの?」


 雫は小さく頷いた。


「すごい……でも、どうして雫は人魚に?」

「………」

「雫?」

「それは、その……」


 雫は口籠もる。顔を伏せながら、言おうか言わないか悩んでいるようだ。

 雫は俯いたままチラッと海渡を見る。所謂、上目遣いというやつだ。


「海渡と…話しがしたかったから…」

「え?」

「海渡と、もっと色んな話しがしたくて、隣にいたかったの…。でも、人間になる勇気はなかったの……」

「雫……」

「それに海渡は、人魚姫の話をするといつも楽しそうだったから、この姿に喜ぶと思ったの…」


 海渡は雫をギュッと抱き締める。雫は、この行為が何なのかわからず目をパチパチと瞬きしていた。

 しかし、それが何だか嬉しく思い、自分を抱き締める海渡の背に雫も恐る恐る触れる。海渡の体温と心臓の音が雫にも伝わってくる。


「海渡、あったかいね」

「だって、生きてるんだもん。当然だよ」

「うん」

「雫、ありがとう…」

「私も海渡にお礼を言いたい。ありがとう。こんな私に名前をくれて、私に勇気をくれて」

「うん…また、来るから。絶対に…」


 雫は、コクリと頷く。


「約束よ?」

「うん。約束」

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