第三十一話 決着の時
エレメントを纏い、飛鳥はレーヴァテインを振り下ろした。
「咆哮せよ──レーヴァテイン!!」
雷の奔流が恭介に襲いかかる。
恭介は顔を歪め、雷撃を避けた。
それを見て飛鳥は一気に距離を詰める。
「お前もかなり消耗しているようだな」
「何?」
飛鳥の鋭い一撃を受け止め、恭介は眉をひそめた。
「前回の戦いでは、俺の攻撃を全て受け止めてみせたじゃないか。避けたということは、真正面からぶつかり合うだけの力が残っていないからだろう?」
飛鳥が冷静に告げる。
その目に油断はない。殺気こそ帯びてはいるものの、あくまで慎重に恭介の出方を窺っている。
「マティルダとの戦いの後だ。当たり前の話だが──」
「お前ならもしやと思ったが、所詮その程度か」
「ッ!?」
飛鳥は目を見張った。
先ほどまで脆弱だった恭介の炎が急激に燃え上がり、全身を駆け巡る。
距離を取ろうと飛鳥は刃を弾き、地面を蹴った。しかし──、
「この国の者を守ると言ったな、皇飛鳥。つまり貴様も秩序を乱す、世界の敵だ」
恭介が飛鳥の肩を強く掴む。
振り解こうと体を捻るがビクともしない。
恭介は全身から殺気を放ち、剣先を飛鳥へ突きつけた。
「《
火山噴火のような炎の塊が飛鳥の体に叩きつけられる。
飛鳥は声を出す間もなく弾き飛ばされ、何度か地面をバウンドした後壁に打ちつけられた。
「ぐぅ……うぅ……」
息も絶え絶えに何とか立ち上がるが、足がもつれ再び地面に倒れ込む。
油断していたつもりはない。
マティルダの攻撃を受けても尚、いや──、その炎は先日戦ったときよりも強度を増している。
焔王は何故ここまで……、
そこへ足音が一つ響く。
飛鳥が顔を上げると、目の前に恭介が立っていた。
鎧は砕け、全身も傷だらけで息をするのも辛そうにしているが、それでもその瞳からはマティルダを必ず仕留めるという執念にも近い感情が読み取れる。
「何故……そこまで……」
「何故? 何故だと? 脅威となる獣人を消し去り、秩序ある人間社会を作り上げる。それが国王陛下の望みであり、俺に下された命だ。それを成すまで止まるつもりはない」
何の迷いもなくそう告げる恭介に、飛鳥は拳を握りしめた。
「ふざけるな……!」
「ん?」
「何が命令だ……! ならお前の意思はどこにある? お前は獣人のことを知ろうとしたことはあるのか? 命令されたからなどと、それじゃ……」
「俺の意思など関係ない。全ては世界の為だ」
その言葉に耳を疑い、歯を食いしばる。
この男は、ある意味では軍人として、組織の人間として完成されている。
でも……己の意思ではなく、命令だからとこんなことを……。
何が秩序だ。何が世界の為だ。なら、もしそれが実現したらこいつは──。
「てこずらせてくれたな。だが、次で終わりだ」
恭介は静かに告げ、剣を振り上げた。
「来い! レーヴァテイン!!」
振り下ろされた刃を飛来したレーヴァテインが弾き飛ばす。
仰け反る恭介に向かって、飛鳥は飛びつくように蹴りを叩き込んだ。
「貴様……!」
「おおおおおおおおおおおおおッ!!」
なら、新しい世界でお前はどう生きるっていうんだ!
続けて恭介の顔を殴り飛ばすが、やはり倒れない。
恭介は血の塊を吐き捨て、飛鳥を睨みつけた。
「まだ動けるか、しぶといやつだ……!」
忌々しげに呟き、恭介は再び飛鳥を掴み上げる。
「今度こそ終わりだ……!」
剣から巨大な炎が噴き上がった、正にその時であった──。
「がああああああああああああああああああッ!!!」
マティルダが咆哮を轟かせ、恭介の腕に組みつく。
肉に爪をめり込ませ、更にその鋭い牙を突き立てた。
鮮血が舞い、飛鳥の耳にも骨が軋む嫌な音が響く。
「ぐっ……! マティルダ・レグルスうううううううう!!」
「ウウウウウウウウウウウウッ!!」
恭介の叫びに呼応するように、炎が勢いを増しマティルダの身を焼くが、それでも彼女は退こうとしない。
腕を噛み砕こうと唸り声をあげた。
その只中で飛鳥も拳を握る。
「二人ともやめろ!! これ以上は──」
だが──、
「《
『
「ぎゃうッ!?」
「くっ……!? 水城のどか……!」
三人は勢いよく地面に叩きつけられるが、のどかもまた、その場で膝を折る。
「《
「ごめん、なさい……恭介……。ですが……」
恭介が駆け寄ると、二人は支えあうように互いの手を取った。
「逃げるかッ!! 焔王ッ!!」
二人はマティルダの怒鳴り声を背に浴びながら、観客席へと飛び上がる。
「マティルダ・レグルス、そして……皇飛鳥。……どうやら、貴様たちの命を断つには今の俺では足りないようだ」
初めて会った時と同じように、恭介は飛鳥たちを睥睨した。
「その命、しばらく預けておく。だが今回だけだ、次こそは必ず断ち切ってやろう」
「負け惜しみを!! いつでも掛かってくるがいい!! 余は逃げも隠れもせんッ!!」
飛鳥は何も言わず恭介を見つめている。
しかし氷の渦が二人を包んだかと思うと、あっという間に姿を消してしまった。
それを見届け、マティルダが大きく息を吐く。
「さて、飛鳥」
「あぁ」
妨げるものがなくなった以上、やるべきことは決まっている。
頷き、飛鳥はレーヴァテインを掴んだ。そこへ──、
「飛鳥くん!」「姫様ぁ!!」
アーニャとキタルファが同時に叫び、顔を見合わせた。
「飛鳥くん、一度回復を! そんな状態で戦うなんて無茶だよ!」
「そうです姫様! お戻りください!」
アーニャたちは決闘の中断を提案するが、返ってきた答えは……、
「必要ない」
「いらんッ!!」
「何で〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!?」
観客席に一瞥もくれず切って捨てた飛鳥とマティルダに、アーニャもキタルファも頭を抱えてしまった。
「多少回復したところで意味はない。それに、お互い条件は同じだ」
するとマティルダが楽しそうに笑い、
「分かっているではないか! 飛鳥! 貴様ほどの勇者は余の民にも中々いないぞ!!」
と、拳を向けた。
だが、それに飛鳥は首を振る。
「俺はお前が思っているような人間じゃない。俺は、お前たちを……」
「そこから先は言うでない」
マティルダの言葉に、飛鳥は不思議そうに顔を上げた。
「この決闘は余と貴様だけのものだ。その先に何があろうとそれだけは変わらん」
そう言って、マティルダが穏やかに微笑む。
その顔は王ではなく、年相応な女の子のもので──。
飛鳥は少しの間目を瞑っていたが、
「そうだな。じゃあ、続きを始めようか」
マティルダをしっかりと見つめ、手の平を向けた。
脳に刻み込まれた情報をゆっくりと紐解き、己が望む術式へと組み上げていく。
「──ッ」
その途端、意識を押し潰そうとするかのように、激しい頭痛が襲ってきた。
それでも止まる訳にはいかない。
トーマスさんとブリギットは、初めて出会った自分達に手を差し伸べてくれた。
マティルダは自分を戦士と認め、想いに応えてくれた。
アクセルとリーゼロッテも……、口では何だかんだ言いつつも、一緒に戦ってくれている。
そして、何よりも──、
一瞬だけ、観客席に目をやる。
自分を信じてくれる、一番大切な──。
「ッ!? これは……!?」
その時、
今までとは違う、ある景色が映し出される。そこに映っていたのは──。
「行くぞ飛鳥!! この一撃が余の、最後にして最大の一撃だッ!!!」
マティルダが拳を握り、文字通り光の如き勢いで地面を蹴る。しかし──、
「な……!? 何だこれは……体が……!」
次の瞬間、何かに縛り付けられるようにマティルダの動きがピタリと止まった。
その背後に小さな黒い球体が浮かんでいる。
飛鳥はレーヴァテインを落とし、両手を広げると天を仰いだ。
「少し、面白い話をしよう」
「な、何……?!」
マティルダが顔をしかめる。
「この世界の外……宇宙には、数え切れないほどの世界が存在している。俺がいた世界やこのティルナヴィアのようにヒトがいる世界もあれば、鉱石だけでできた世界や、灼熱の塊のような世界……」
「一体……何を、言って……。──ッ!?」
体が引き戻され、マティルダは狼狽した。
「そして中には、全てを……光さえも捕らえて離さない、超重力を生み出す世界もある……。その中心、事象の地平面と呼ばれる場所では、時間が止まったかのように……万物が動きを止めるそうだ」
意識が朦朧としているのか、途切れ途切れに、確かめるように飛鳥は話し続ける。
観客席がどよめき、皆手すりから身を乗り出した。
その中で反応を異にする者が一人だけ。
「あれが……俺の力の完成形か……!!」
アクセルだけは幼子のように目を輝かせ闘技場を見つめた。
「くっ……!! ぐうううううううううううう!! 余は……!! 余は負ける訳にはいかんのだッ!!!」
超重力に引かれながらも、徐々にマティルダの体が前に出る。
「やはり俺では……至れないようだ……」
それを虚ろな瞳で眺め、飛鳥がポツリと呟いた。
マティルダが一歩進む毎に、球体がひび割れていく。
すると急に飛鳥の瞳が光を取り戻し、水中からの生還者のように空気を吸い込んだ。
「今のは……。いや、それよりも……!」
飛鳥はレーヴァテインを取り直すと地面を蹴った。
その体が徐々に速度を増していく。
「マティルダ・レグルス。俺も、今の俺ができる最大の一撃で応えよう」
マティルダも、遂には超重力を引き千切り拳を突き出した。
「はああああああああああああああ!!!」
「飛鳥ああああああああああああああああ!!!」
加速が頂点へ達した瞬間、飛鳥はレーヴァテインを振り抜いた。
「
轟音が響き、天を衝くように雷と光が迸る。
皆、巻き上がった土煙に目を凝らした。
その中に浮かび上がった影は一つ。果たして──。
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