第二十九話 煌輝なる獅子王

「それじゃあ、行ってきます」


 と、飛鳥はトーマスにお辞儀をした。


「はい、行ってらっしゃい。気をつけて」


 トーマスはいつものように優しい声でそう返すが、その表情には少し戸惑いが見える。

 それにアーニャは首を傾げた。


「トーマスさん? どうかしたんですか?」

「あ、いえ……」


 トーマスは珍しく口籠るが、少しして


「……私は、周りに認めてもらえなくても共和国の人間だと思っています。イルヴァ様にもマティルダ様にも本当に感謝しています。しかし……」


 照れくさそうに頰を掻き、視線を彷徨わせた後


「飛鳥くんに勝ってほしい。そう願っている自分がいるのも事実です。こんなこと言ってはいけないのですが」


 そう言って飛鳥を見つめた。


「トーマスさん……」


 思わず微笑んでしまった。

 彼は自分の甘い理想を笑わなかった。その理想を追い続けろと励ましてくれた。

 妻を失い、ブリギットにも心配をかけまいと一人で戦い続けてきた筈だ。

 なのにいつも笑顔で。いつも自分たちを気遣ってくれて……。


「その……僕も、共和国の人にこんなこと言いにくいんですが……」


 こんな人がいる世界を救う為、自分は英雄に選ばれた。それなら──。


「必ず、勝ってみせます。同盟を成してこの戦争を終わらせる、それが僕のやりたいことですから」


 飛鳥の言葉に、トーマスは優しく頷いた。


「お兄ちゃんたち、もう帰ってこないの?」


 寂しそうな顔でブリギットが問う。

 そんなブリギットの頭をリーゼロッテが撫でた。


「そうね、帝国に帰らなきゃいけないから。でも絶対また遊びに来るわ。その時はまた一緒に遊んでくれる?」


 するとブリギットの表情が花が咲くように明るくなり、


「うん! あ、これお昼に食べて! お父さんと一緒に作ったの!」


 と、包みを差し出した。


「ありがとう。じゃあ、またね」


 改めて礼を告げ、一行はマティルダの城を目指し歩き出した。






「アーニャ、城までの道だけど……」

「任せて! 『神ま』の更新は終わってるよ!」


 自信満々に先頭に立つアーニャであったが、


「地図もだが、マティルダ・レグルスの能力に関する情報は載ってるのか?」

「それは、その……。ご、ごめんなさい……」


 アクセルの問いにしょぼんと俯いてしまった。

 飛鳥は元気づけるようにアーニャの肩に手を置き、


「気にしないで。精霊眼アニマ・アウラで視るから大丈夫だよ」

「うん……ありがとう、飛鳥くん」


 微笑むと、アーニャも安心したように息を吐く。

 そんな二人のやり取りをアクセルは無言で見つめていた。

 以前伝えられた『神ま』の不調──それを思い、リーゼロッテも唇を固く結んでいる。


 その時だった──。


 飛鳥とアクセルが足を止め、警戒するように視線を動かした。


「そこか」


 二人が同時にエレメントを放つ。

 近くの木が真っ二つに裂け倒れ伏すと、そこには一人の鳥人が立っていた。


 片方だけ長くパーマが掛かったような黒い髪に黒い切れ長の瞳。

 服も上から下まで真っ黒で、唯一ノースリーブの白いコートが際立った長身痩躯の男であった。


「お前はマティルダと一緒にいた──」

「我が王の名を軽々しく呼び捨てにしないでいただけますか」


 不愉快そうに男が告げる。

 口をつぐむ飛鳥とは対照的に、アクセルが一歩前に出た。


「どうでもいいだろう。用件を言え」


 睨みつけるアクセルに対し、男はへその辺りに手を置き、


「そうですね、断罪は我が王に行っていただくとしましょう。僕はカトル・アルキバ、あなた方を迎えに参りました」


 そう名乗り軽く頭を下げた。

 カトルの言葉に飛鳥は更に警戒を強める。


「迎え? 何故俺たちの行動を知っていた? トーマスさんの家に見張りでもつけていたのか?」

「いいえ。偶々カールソン家の近くにいた動物から聞いたのです。あなた方が城へ向かったと」

「そういうのを見張りって言うんだがなァ」


 飛鳥だけでなく、アクセルも不快感を露わにした。


「まぁそう言わずに。城までの道程で消耗されるのは我が王としても不本意です。集落を通らない最短ルートをご案内しますのでついて来てください」

「分かった、案内しろ」


 カトルの提案に飛鳥は即答するが、アーニャが不安そうな表情を浮かべる。


「信じていいの……? 飛鳥くん」

「万が一罠でもマティルダ以外なら俺とアクセルで何とかなる。安心してくれ」

「う、うん……」

「では行きましょうか」


 カトルを先頭に四人は深い雪の中を進んでいった。




 しばらくして──


 森を抜けるとマティルダの城が姿を現した。しかし……、


「何か小せぇな」


 アクセルの言わんとすることは分かる。

 確かにハマールの屋敷に比べれば大きいが、ヴィルヘルムの宮殿とは雲泥の差だ。

 華美な装飾もなく、城というよりはちょっと広めの邸宅といったところか。

 だが、問題は城の後ろにある巨大な建築物だ。

 円形のそれは正しく、


「我が王は闘技場でお待ちです。城で両国の未来について語れるかどうかはあなた次第ですよ、皇飛鳥」


 そう告げ、カトルが再び歩き出す。

 四人もそれに従い闘技場へと入っていった。そこには──、


「待っていたぞ! ロマノーの戦士よ!」


 マティルダは闘技場の中央に立っていた。

 先日と同じく黄金の鎧と斧を身に着けている。

 その他に、観客席に当たる場所に十数人の老人たちが座っていた。その中にはハマールの姿もある。

 マティルダは飛鳥の視線に気付くと高らかに告げた。


「あの者たちは各集落の長とこの国の三大臣だ! この決闘の証人となってもらう!」


 するとカトルが空いている席を差し、


「あなた方三人はあちらへ。あなた方にも証人になっていただきます」


 と促すが、アクセルは邪悪な笑みを浮かべ、


「いいのか? 俺たちを一緒に置いて。連中を人質に取るとは思わないのか?」


 嘲るように言うが、カトルは首を振った。


「心にもないことを。そんなことをすればあなた方の目的は達成できなくなりますから」


 それにアクセルが舌打ちをする。

 そして三人は言われた通り観客席に座るが、突然近くに座っていた一人が喚き出した。


「やはりこんな決闘なしだなし!! 何故ですか姫様ぁ!! レグルス家のお方が決闘を申し込む意味は分かっておいででしょう!? なのに……なのにぃ! よりにもよって人間相手になんてあっていい筈がなぁい!!」


 茶髪を真ん中で分けた男が細い目を思いっきり見開き、涙ながらに訴えている。

 あまりの癇癪っぷりに、アーニャたち三人は思わず身を引いてしまった。

 観客席から身を乗り出し、今にも落ちそうになっているその男の首根っこを、オレンジ色のオールバックの男が担ぎ上げた。


「落ち着かんかキタルファ。マティルダ様が負ける訳なかろう」

「放せアンカー!! 考え直してくだされ姫様ぁ!!」


 キタルファはアンカーの丸太のように太い腕を叩き、マティルダへ呼び掛ける。

 そこへ光球が飛来し、正確にキタルファのみを弾き飛ばした。


「キタルファ! いつまでも姫様姫様と……! 子ども扱いするなといつも言っているだろう!」

「だって……だっでぇ……!」


 尚も泣き喚くキタルファを無視し、マティルダは飛鳥を見つめた。


「見苦しいところを見せたな」

「いや、良い家臣じゃないか」


 しかし、飛鳥の言葉にマティルダの目つきが鋭くなる。


「国という形を保つ為に各々役職を持ってはいるが、余にとっては皆等しく家族のような存在だ。下に見たことなどない」

「……そうか。悪かったな」

「では始めるぞ! 貴様が勝てばエールはロマノーと同盟を結ぼう! しかし余が勝った時は即刻この国から出ていってもらうぞ! いいな!?」

「もう一つ条件がある」

「何?」

「俺が勝とうが負けようが、トーマスさんとブリギットに今まで通り接すると約束しろ。俺たちが巻き込んだだけで二人に罪はない」


 それにマティルダは一瞬戸惑いを見せた。


「ロマノーの、それも人間が余の民を助けようとはどういうつもりだ?」


 飛鳥は首を横に振る。


「国なんて関係ない。二人は俺たちを助けてくれた。恩返しをしたいと思うのは当然のことだ」


 それを聞くと、マティルダは心底嬉しそうに笑った。


「ふむ、そうか! 飛鳥と言ったな! 人間にもこれほど気高き魂の持ち主がいたか!」


 マティルダは斧を空高く放り投げ、


「その魂に敬意を表し、全力で相手をしてやろう!!」


 そう叫ぶと更に黄金の鎧が弾け飛び、光のエレメントがマティルダを包み込んでいく。そして──


「見よ! これこそ余の特異能力シンギュラースキル、『煌輝なる獅子王ブリリアント・コア』だ!!」


 光の中から現れたマティルダの体は頭のてっぺんからつま先、髪の毛一本に至るまで黄金に輝いていた。

 その姿にキタルファが興奮した様子で、


「おぉ! 帝国の者たちよ! 帰り支度を始めた方がいいぞ〜?! あぁなった姫様に勝てる者などおらんからな!」


 と、アーニャたちに向かって雄叫びをあげる。

 マティルダの威圧感にアーニャとリーゼロッテは身を縮めた。しかし、


「うるせぇ爺だな。んなこと言ってる暇があったら同盟締結の準備をしておけ」

「何だとこの若造がぁ!!?」


 騒ぐキタルファを余所に、アクセルはいつも通りの不遜な態度で飛鳥を見つめている。


 お前の眼が捉えた俺の力、その完成形を見せてみろ、飛鳥。


 腕を組み真剣な眼差しを向けるマティルダに、飛鳥もソフィアの剣を抜き構えた。


「俺の為すべきこと、目指すものの為にも勝たせてもらうぞ。マティルダ・レグルス」

「良かろう! 来るがいい!」


 マティルダの咆哮を合図に、二人が同時に地面を蹴る。しかし──、



 二人の間を炎と熱風が薙いだ。

 見ている者たちからもどよめきが起きる。


「これは……!」

「誰だ!!」


 飛鳥とマティルダ、二人の視線の先に立っていたのは──


「今度こそその命、貰い受けるぞ。マティルダ・レグルス」


 恭介とのどかが観客席から闘技場へと降り立った。


「焔王……貴様ぁ……!」


 今にも噛みつかんばかりの勢いでマティルダが恭介を睨みつける。


「ここに立ってよいのは選ばれし戦士だけだ!! 余と飛鳥の決闘を邪魔するつもりか!!」

「貴様の都合など知らん。俺たちの目的は貴様の命だと言った筈だが?」


 ただただ冷たくそう告げる恭介に、マティルダは今度こそ怒りを爆発させた。


「ならば貴様から先に仕留めてやるッ!! 飛鳥!! 貴様は手出しするな!!」

「言われなくてもそのつもりだ。俺の目的は──」


 飛鳥も全身に雷を纏いのどかへと向かっていく。


「お前だ、水城のどか」

「ッ!?」


 刃をぶつけ、飛鳥は静かに告げた。


「お前の『外なる物質ダークマター』、その全てを視せてもらうぞ」

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