3 予言-3-

 淹れなおした紅茶が湯気に乗って甘い香りを運ぶ。

 これには気分を落ち着かせる効果がある、と彼女は言ったが二人には効き目はなかった。

 鮮烈過ぎる光景が目に焼き付いて離れない。

「あの光は何なのです?」

 グランが訊いた。

「分かりませんが、おそらく人ですわ。誰かまでは――」

 ミス・プレディスは頭を振った。

「全てをお見せできませんでしたが、あの光はプラトウどころか最後にはこの星を呑み込んで……包み込んでしまうのです」

「それが何を意味するかは分からない、と……?」

「――私も引退を考えたほうがよいかもしれませんわね」

「ご冗談を。あなたほどルナーの千里眼に長じた人間はいませんよ。引退などされれば多大な損失です」

 この淑やかな女には魔法とは性質の異なる特別な能力がある。

 それは未来を見通すというもので、若い頃はその力の一端を用いて占い師をしていた。

 同業者は数多くいたが、彼女がそれら凡百と根本的にちがっていたのは、その確度にある。

 まるで未来の、その場に居合わせたような語りはもはや占術というより予言と表現してよく、見ず知らずの人間の言動から、予兆すらない天変地異までを悉く言い当てた。

 やがてその能力が政治に利用されることを恐れた彼女は隠遁を続けていたが、現在はここに隠れ住み、重鎮などの予言を悪用しないごく一部の者とだけ接触している。

「こんなことは初めてですわ。今までは起こることの仔細がえていたというのに――プラトウが焼かれた後のことは何も感じられませんの。まるで……そこで世界が終わってしまったみたいに…………」

 グランはかける言葉を探した。

 迷ったとき、彼女はいつも誰よりも的確に現況を見て、最良の助言を与えてくれた。

 未来を見通せなくなったことで自信を失いかけているのなら、彼らがこれまで受けてきたものを返さなければならない。

 数秒の躊躇いの後、グランは明るい声で言った。

「それはありませんよ。近日中にプラトウに赴きます。いまたような状況は私たちが阻止しましょう」

 陳腐な慰めではない。

 彼らにはそれだけの権限が与えられている。

 軍部が蛮行に走ろうとすれば、その前に制止すればよい。

「それにミス・プレディス、あなたはたびたび仰っていたではありませんか。変えられないのは過去だけだ、と。もうこの瞬間にもプラトウ大火は回避できているかもしれません」

「そうですわね、ええ……私もそう信じます」

 彼がそう言ってくれると分かっていた彼女は、元気づけられたふりをした。

「かえってお二人を惑わせてしまったかもしれませんわね」

 用事を終えた重鎮の背に向かって、彼女は申し訳なさそうに言った。

「いえ、少なくとも何か大きなことが起ころうとしていると分かりました。お恥ずかしい話ですが、私たち程度のルナーではそれさえも……」

「全ての人にはそれぞれの役割がありますわ。どうか気になさらないで」

「心得ます」

 彼女の顔に少しだけ笑みが戻ったのを感じた二人は、その人柄と才能に敬し頭を下げた。

「良い報せを待っています」

 という言葉を背に重鎮は小屋を後にした。

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