5 現実は定められた未来へ-1-
「昨日までの22件の騒乱は全て鎮めました。うち3件については主犯格が逃亡中です」
武官の功績を文官が伝えた。
「よくやった。逃げている連中もじきに見つかるだろう。各地の責任者には監視を強化するように伝えよ」
報告を受けたペルガモンはねぎらいはしたが、喜びはしなかった。
これは前進ではない。
内乱が起こり、それを鎮圧したというだけ。
つまりは退いた足を元に戻したにすぎない。
しかし彼はある種の満足感を得ている。
武力蜂起は反乱分子から受けた屈辱だが、これを抑えることで改めて武威を見せつけることができた。
文官は彼の気分が変わらないうちに立ち去った。
(しかし、これはどういうことだ……?)
玉座に腰かけたペルガモンは頬杖をついた。
この仕草が最も権力者らしい、とご機嫌とりの高官が言ったが、彼自身は窮屈でしかたがなかった。
(今まで民衆が蜂起した例などほとんどない。あってもせいぜい数人が官吏を襲撃したという程度のものだ。それがこうまで大きくなるとは……)
政治とは恐怖で民を支配することだ。
それを実践してきた彼にとって相次ぐ暴動は信じがたい。
(煽動者でもいるのか?)
もしそうなら探し出して始末しなければならない。
そしてその者を処刑し、知らしめ、二度と叛乱など起こしたくなくなるように民を誘導しなければならない。
「失礼いたします」
正面の重厚な扉が開き、ひとりの高官が入ってきた。
「ああ、何か?」
「ここ数日、各所で民衆の蜂起が相次いでいると聞いております」
彼はやや拗ねたような調子で言った。
「心配はいらん。優秀な部下たちがただちに鎮圧したぞ」
「そのことですが……」
ペルガモンが何か不安を抱えているらしいと悟った高官は、これから自分が言うべきことは正しいと確信した。
「手緩いのではありませんか? 一味を捕らえて騒ぎが収まるのは当たり前のことです。これでは根本からの解決になっていません」
「手緩いと? ならどうすればよいと考える?」
「そもそも愚民どもが蜂起するのは、それが奏功すると思っているからです。これは政府を軽く見ている証拠です。政府……つまり皇帝のことをも――」
彼はわざとペルガモンの怒りを誘うように言った。
「連中には躾が必要です。つまらない考えを起こせばどうなるか、を教えるのです」
「具体的には?」
ペルガモンは思わず身を乗り出した。
ほとんどの臣下は彼の怒りに触れないようにといつも言葉を濁すが、この男は気持ちよいくらいはきはきと言葉を紡ぐ。
曖昧な表現にしびれを切らせて先を促さなくてもよいというのは、彼にとっては心地が良かった。
「私なら騒動があった地域を灰にします」
高官は躊躇いなく言った。
真顔で、一瞬の迷いもなく。
現場から遠く離れた者のたんなる発案ではなく、彼に権限を与えれば本当にそうしてしまいそうだった。
「いえ、起こってからでは遅すぎます。その兆しが少しでも見えれば、それに関わりのあるものを全て焼き払うくらいでなければ――」
秩序は保てない、と彼は言う。
「では、そこにいる者は――」
「殺します」
この時、ペルガモンは自覚した。
自分はまだ模範的な指導者ではない、と。
ただ表面的に問題を解決しただけでは対症療法に過ぎないことを、この無表情な高官は教えてくれたのだ。
「お前の言うとおりだ。制裁が甘かった」
彼の冷たい瞳を見ているうちにペルガモンは思い出した。
蜂起が起こった地域の中に以前、民衆が何事かを囁いているという報告があった。
監視と報告を怠るなと命じておいたが、あの時点で手を打っておけば未然に防げたのだ。
「よく教えてくれた。エルディラントはますます栄えるだろう。このような進言をする臣下を持ったことはわしの誇りだ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げた彼は、その姿勢のまま口の端を歪めて笑った。
「わしは詫びねばならん。お前のような優秀な臣下の名を知らぬとは……」
高官はペルガモンのつま先を見ながら表情をゆっくりと元に戻し、下げた時と同じように緩慢な動作で頭を上げた。
そして二度、まばたきをしてから、
「ケイン・メカリオと申します」
彼は通る声ではっきりと名乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます