第78話

「短い間だったが世話になったな。帰り際に村の連中にもよろしく言っておいてくれ」


「話に違わぬレン様の戦い振り、しかと見せて頂きました。わたしの方こそあまりお役に立てず申し訳ありませんでした」



 別れの挨拶を交わすセリカとアイシャの隣で、レンとミーシャが同様に別れの言葉を交わす。



「そうでもない、結局わてはただ強いだけで、人の上に立つために必要な能力を何一つ持っていなかった。ミーシャがいなければ義勇軍などすぐに崩壊していただろう」


「勿体なきお言葉、痛み入ります」



 ハーノイン義勇軍。当人達が勝手に名乗っていただけのこの軍団は、トルーデン山の北部を主な活動拠点とした、元山賊や村の若い衆からなる武装組織である。レンはセネトたちと別れた後、その近辺を根城にしていた山賊を一人で壊滅させ、その生き残りを改心させ義勇兵に組み込んだのだ。


 その規模は最大で三百人程度で、帝国のキャラバンのみに狙いを絞り襲っていた。結果元山賊の仲間からはお頭と呼ばれ慕われる事になる。



「中部ハーノインが解放された事で義勇軍は実質的に役目を終えた。後の事は連中に任せたいと思っている」


「そうですね、これまでお疲れ様でした」


「うむ、ミーシャも達者でな」



 本来セネトたちの監視兼サポート役だった二人とは、そうして別れたのであった。



「ところでレン、その子とは別れないのか? 一体何者なの?」



 そういったセネトの視線の先にいるのは、レンの腕に絡みつく小柄な少女。



「なんだ、まだ挨拶もしてないのか? 彼女はアンリ、元ヴァイスリッターで、今はわての部下だ」


「……ヴァイスリッター? 帝国の精鋭部隊にそんな名前の組織があったような」


「うむ、そのヴァイスリッターだ。この前襲ったキャラバンに彼女がいてな、そのまま部下にした」


「えぇ……」



 再び少女に視線を向ける。レンの腕に頬ずりする彼女の姿は、帝国の精鋭部隊として名高いヴァイスリッターの一員とは到底思えない。だが同時に、少女が腰から下げた物騒な武器が魔導器である事は分かる。一般人が持てるようなものではないし、本当なのかもしれない。



「何か異様に懐かれてない?」


「うむ、武器を取り上げた上で一緒に寝食を共にしていたら懐かれてしまってな」


「そ、そうか」



 よく分からないが、まともな環境でなかったことだけは想像できる。



「ほらアンリ、自己紹介を」


「はい、おいらはアンリ、一応元ヴァイスリッターです。よろしくお願いします」



 そう言ってぺこりと頭を下げるアンリ。



(よかった、最初の印象がアレだっただけで、結構まともな子みたいだ……)



 ひそかにちょっとだけ安堵するセネトであった。



「……ところで兄、これからどうするつもりなんだ? まさかこのまま中部ハーノインの支配者層に収まるつもりでもあるまい」


「そうだね、でもひと月くらいはここに厄介になろうと思ってる。レンの手の回復を待ちたいし、僕とセリカも新しい体制作りに協力しないといけないしね」



 セリカはレジスタンスの盟主で新生ハーノインの女王。セネトも反乱を成功に導いた功労者である。総統府を落としてサヨウナラという訳にはいかなかった。


 レンの手にしても折れてはいなかったものの、多数ヒビが入っている可能性が疑われたため使用禁止の状態なのだ。



「ヒビくらい放っておけば治るというのに……」



 しかしセリカに泣かれた手前、無碍にする訳にもいかない。



「大丈夫です。治るまでの間、レン様のお世話はおいらがします」



 そう言って胸を張るアンリだが、その言葉にどこか邪なものを感じずにはいられない。




 それからひと月、セリカとセネトは新生ハーノインの体制作りに奔走する事になる。と言ってもその面子には、ヴィラル伯爵を始め領地を治めている者も多く、二人は彼らの意見を参考にしながら、ガルミキュラの政策を取り入れていく形で進めていった。


 その他重要な政策として、アニス教及び魔草を全面禁止とした。ガルミキュラとは違い、これらの脅威があまり認知されていなかったようで、周囲の反応は案外鈍かった。だが二人が断固としてこれを主張したため最終的には受け入れたようだ。


 そしてレン。実の所、彼女の両手が回復するまでに一週間とかからなかった。それ以降は暇潰しがてらに反乱軍改め新生ハーノインの正規兵に剣術の指南を行っていたようである。


 それから程無くして元総統ラインクルズの処刑を敢行。彼の死をもってこの地における帝国の支配は完全に終わりを迎えることとなった。




 その日、セネトは一人地下牢を訪れた。監守と挨拶を交わすと、そのまま一番奥の牢屋を目指す。


 薄暗くジメジメした地下牢の一室で、セネトは格子越しにその人物に声をかけた。



「ええと、久しぶり、かな。ベルデ平原の時以来だね」



 セネトはそう言って中の人物に声をかける。その人物は足の短いベッドに腰掛け、セネトの言葉に僅かに反応を見せるものの、すぐに視線を外した。


 年齢はセネトの少し上だろうか。鋭い目つきと精悍な顔立ちが印象的な美男子、元総統ライクルズの息子ハルトであった。



「……さっき、君の父上の処刑が実行されたよ」


「……そうか」


「それだけ? 君の父上の死に加担した人物がここにいるよ? 何も思わないの?」



 セネトがそう言って挑発すると、ハルトは忌々しそうに舌打ちする。



「一体何の用だ、わざわざそんな事を言うためにここに来たわけじゃないんだろ?」



 怒り気味ではあるが至って冷静なハルトの指摘。これにはセネトも駆け引きは無用と考え、本音で話す事にした。



「予想外に冷静だね。僕が知りたいのは君とアニス教との関係だ。単刀直入に聞くけど、君はアニス教徒なのか?」



 事前にハルトの体を調べた者の話だと、特に不審な刺青等は見つからなかったらしい。そしてハルトが捕えられて早ひと月。未だに禁断症状は見られない。セネトが重要視したのは、ハルトがアニス教徒なのかどうか、この一点だ。



「その問いに何か意味があるのか? 俺が嘘を付いてしまえば終わりじゃないか」


「そうでもない。こっちはこっちでおおよその見当は付いてる。後は君の返答次第だ」



 ラインクルズはアニス教徒だった。旧ハーノイン王家を裏切ったのもそれが理由なのだろう。だがセネトの見立てではハルトは違う。アニス教の存在がごく身近にありながら入信しなかったという事実は、単に興味がないのではなく明確に嫌っているからなのではないか、とセネトは予想したのだ。


 セネトの言葉にハルトは、長考の末口を開く。



「俺は……、アニス教徒などではない」



 それは、セネトの期待、そして予測通りの答えでもあった。



「……そうか、よかった。今すぐはムリだけど、この結果を以って君を開放する方向で話を進めてみるよ、ありがとう」



 セネトがそう言って立ち去ろうとすると……、



「待て、俺の質問にも答えろ。ゴルドアはどうなった?」


「ゴルドア……?」



 聞き覚えのない名前だった。総統府にいたのだろうか。



「アニス教の幹部だ。ムーア人で、ローブを着た老人の姿をしている」


「……いや、そんな人物はいなかった。きっと襲撃前に逃げたんだろう」



 総統府攻略の前日、反乱軍は篝火を焚いて敵兵の逃亡を促した。逃げたとするならそのタイミングである可能性は高い。



「そうか、ならばもう一つ答えろ。ベルデ平原での戦いを主導したのはお前か?」


「……そうだね、あの作戦を実行・立案したのは僕だ」



 セネトがそう応えると、ハルトはおもむろに立ち上がり格子の前に立つ。



「悔しいがあれは俺の完敗だ。あの兵力差で負けたのだから言い訳もできん。だが……」


「だが……?」


「あの時、包囲が完成した時点で反乱軍の勝利は確定していた。それ以降にお前がやった事は戦いじゃない、虐殺だ。全員を投降させてしまえば皆殺しにする必要なんてなかった! 違うか!?」


「…………っ!」



 セネト自身、ずっと考えていた事だ。彼の言う通り、あの時総統軍を皆殺しにする意味は確かになかった。だが、捕虜にする事にリスクがなかったかといえばそんな事はない。セネトはリスクを考慮した上で殺す決断をしたのだ。



「それは……申し訳ない事をしたと思ってるよ。でもあの時の反乱軍は本当にギリギリだった。大軍である総統軍を捕えておけるような人員も、場所も、道具も、何より兵糧が不足していた。苦労して戦いに勝利したのに、敵を助けるために味方の軍を崩壊させる、そんな事はできなかった」


「それは……」


「そこまで気が回らなかった僕の落ち度なのは否定しない。だけど自軍に倍する戦力を相手に、そこまで気を回している余裕なんてなかったんだ」


「……そうか」



 セネトの言葉と反応を見て、ハルトも諦めざるをえなかったのだろう。それ以上追及してくる事はしなかった。



「近い内にまた来るよ、釈放とまではいかないかもしれないけどね」



 最後にそんな言葉を残して、セネトは逃げるように地下牢を後にした。



(父さんならもっと上手くやれたのかな?)



 天才だ何だと周囲に持て囃されても現実はこんなものだ。勝つ為に悪逆非道な事に手を染めなければならない。セネトは悔しさで拳を固く握りしめるのだった。

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