第59話

 メイド服の少女の名はアイシャというらしい。レジスタンスに組する酒場で給仕として働きながら、情報集めや勧誘を行っていたようだ。



「へえ、私たちとそんなに年も変わらないのに凄いのね」



 アイシャの案内の元、セネトとセリカは薄暗い路地を進む。



「えへへ、まあ直接戦うのは苦手だから、こういう形で貢献してるんだけどね」


「そんな事ない、凄い仕事に裏も表も関係ないよ」


「ふふ、ありがと。でもねセリカちゃん、この仕事も本当は私が望んだ仕事じゃなかったんだよ」



 その言葉がよほど意外だったのだろう。セリカが目を丸くする。



「え、そうなんですか? でもどうして……」


「あたしね、子供の頃からずっと憧れている人がいるの。その人に一目会いたくて必死で努力して、そして……気が付いたらこの仕事に就いてた」


「えっ? ええと……」



 分かるようで全く分からない。



「と、とりあえずその人には会えたんだよね?」


「うん」


「会えただけ? 告白とかはしなかったの?」



 しかしセリカがそういった瞬間、アイシャは顔を赤くする。



「こ、告白なんてとんでもないです。あの人は本当に凄い人で、あたしなんかじゃ全然釣り合わないっていうか……」


「でも決めるのはその人でしょう? 何もしないで諦めちゃうなんてよくないと思うな……」


「セリカちゃんは凄い美人だからそんな事が言えるんですよ、あたしのことをセリカちゃんに置き換えるなら……、そう、セリカちゃんのお兄さんに本気で告白するようなものなんだから」


「ええっ!? それはまた違わない?」


「あたしにとってはそれくらいハードルの高い事なのよ」



 セリカとアイシャが恋バナのような何かの話題で盛り上がるなか、やがて三人は何の変哲もない民家へと辿り着く。



「……民家だね」


「……民家ね」



 古民家を見上げながら、セネトとセリカは呟く。



「目立つ建物だとすぐ怪しまれちゃうでしょ? だから周囲の建物に溶け込むような見た目になってるの」


「なるほど……」



 アイシャが先頭に立ち、民家の木製のドアを四回、コココンコンと叩いた。するとドアの裏で格子か何かを外すような音がして、やがてドアが開いた。



「なるほど、襲撃されてもすぐには入ってこられない仕組みになってるのか」



 感心しつつ二人は、アイシャの後を追って民家に入っていく。そこにいたのは五人の男たちであった。青年から中年まで年齢幅はあれど、皆顔つきが険しく本物だとセネトは直観した。



「ええと、もしかしてこれで全員?」


「そんな訳ないでしょ。この町の内外にも似たような隠れ家が多数あって、ここはその一つ」


「そうか、そりゃそうだよね……」



 セネトとアイシャが小声で話していた時、



「ようアイシャ、新入りかい? 言っちゃ悪いが随分弱そうな見た目だな」



 奥に座る一際体格のいい男が、セネトたちを見てそう声をかけた。



「お生憎様、二人の実力は折り紙つきよ。ついでに新入りじゃなくて傭兵だから、そこんとこ間違えないように」


「何だ、新入りじゃねえのか。けどアイシャがそう言うんなら本物なんだろうな。どれ、もっと近くで顔を見せな」



 ここのアジトのトップなのだろう。厳ついがよく笑う気さくなおっさんのようだ。言われるままセネトたちは、彼らの元に歩み寄る。セネトはその時、おっさんの顔からふっと表情が消え去るのを見た。



「ら…………ラクリエ様……!!」


「……えっ?」



 言うが早いか今度はおっさん自身が二人……いや、セリカの元まで歩み寄り、直ちに膝を突いて臣下の礼をとったのである。



「生きて……生きておられたのですね……。ハーノインが滅んで早二〇年、このゲオルグ、今日ほど嬉しい日は…………」



 そう言って肩を震わせるおっさんことゲオルグ。いわずもがなラクリエというのはセリカの母親の名である。つまりはセリカを母親と間違えているのだろう。



(どうしよう兄さん……)


(今正体を明かすのはまずい、他人のそら似という事にしておこう)



 目と首の運動だけでそんなやり取りを成立させる二人。しかし感涙するゲオルグに水を差す気にもなれず、彼が落ち着くまで様子を見る事にするのだった。

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