第58話
「……で、君たちは何ができるって?」
「はい、戦いなら自身があります。ですのでそう言う仕事を紹介して頂ければ……」
傭兵ギルド。帝国の治安の悪化と共に、民間の兵士の需要が高まり、危険だが相応の額を稼げる傭兵と、山賊等から身を守りたい人々の仲介役としてギルドが起こった。ガルミキュラには存在しないシステムであり、物珍しさも相まって二人はギルドに仕事を探しに来たのだ。
「……その割には得物が見当たらないようだが?」
「僕は魔術士です。魔術には自身がありますし、武器は必要ありません」
「……ロウソクの火が出せたって実戦じゃ何の役にも立たねぇぞ、少年?」
「そ、そんな訳……」
しかし受付の男は、セネトを半ば無視して、
「そっちの娘はちゃんと武器を持ってるようだが……君なら傭兵なんてやらなくても楽して安全に稼げるぜ、どうする?」
「どうする、って……」
セリカは一瞬怪訝な顔をするも、セネトと入れ替わるように受付の前に立った。そして……、
「先ほどのご提案についてですが……」
その時のセリカは、どういう訳か無駄に笑顔であった。
「おう、君ならあっという間にその業界のトップに立てるぜ」
男に悪気は無かったのだろう。セリカの笑顔を肯定的な意味にとらえた男は、セネトそっちのけで仕事を紹介しようとして、手元の紙に視線を落とした。そして次の瞬間には、セリカの右ストレートを顔面に喰らって倒れ込んだのである。
幸いにも男はその一発で気絶したらしく、周囲の人間はパンチの音にも倒れ込んだ音にも気付いていない。
「何が業界で一番よ全く! 私も兄さんもアンタやそこいらの傭兵よりよっぽど強いっての!」
しかし当然の如く男は気絶していて聞いていないのであった。
「き……気付かれる前に逃げよう。見つかったら面倒な事になる」
「……それもそうね」
現状バレてないとはいえ、時間の問題なのは明白。二人はそそくさと傭兵ギルドを後にするのだった。
「……失敗しちゃったね」
「……そうだね」
路地裏の日陰で並んで座る一組の男女。この町ではよく浮浪者がこんな風にぼーっとしている光景が見れたりするのだが、この二人に限っては容姿や身なりの良さからある種シュールな光景を作り出していた。
「何やってるんだろう私たち。強いはずなのに傭兵として働く事すらできないなんて……」
「……まず前提として、見た目が弱そうなんだろうね。加えてセリカは美人過ぎ、僕は高位魔術師が傭兵をやるとは微塵も思われてない感じかな」
「……そんな感じなのかな」
(そういえばラクリエ母さんも、美人過ぎてしょっちゅうトラブルを引き寄せていた、ってイハサ母さんが言ってたっけ。ガルミキュラ王族という肩書があったから許されていただけで、世間なんてこんなもんなんだろうな……)
セネトが天を仰いだ時、ふと目の前に、見知らぬ少女が姿を現した。年の頃は同じくらいか少し上だろうか。その少女は、どういう訳かいわゆるメイド服を身に付けていた。
「こんにちは、少し話をさせて貰ってもいいかな?」
「え……あ……、どうぞ」
「そっか、良かった。それじゃあ失礼して……」
そう言って少女は、狭い路地の向かい側に腰を下ろす。
「まずは始めまして、かな。さっきのやり取り、見てたよ。腰の入ったいいパンチだった」
「そ、そう?」
今になって恥ずかしくなったのか、セリカが顔を赤くして俯く。
「あたしの見たところ、二人はガルミキュラの人だよね? それも結構エリートさんだ。理由は不明だけど、傭兵ギルドで仕事を探そうとして断られた。いえ、紹介された仕事に怒って殴っちゃった感じなのかな?」
「う……うん」
「そっか、じゃあここからが本題。あたしたちの組織で一緒に働いてくれないかな?」
「仕事の依頼……?」
少女はわざとらしく身をよじらせて可愛さアピールをしているが、セネトにしてみれば胡散臭いことこの上ない依頼だった。とはいえ早めに仕事を見つけたいのもまた事実。
「ええと、組織っていうけど何をしている組織なの? 悪いけどやばい事には手を貸せないよ」
はっきり言ってこの少女は怪しい。セネトの勘がそう告げている。セネトたちをガルミキュラ人と見抜いた事もそうだが、セリカが受付を殴ったとき、セネトは一応周囲を見回したのだ。そして誰も見ていなかった事を確認している。何よりこの服装である。怪しくない訳がなかった。
「う~~ん、何て言ったらいいかな、ヤバい事なのは否定しないけど、あたしたちはあくまで市民の為に戦っているというか……」
「そこまで言っているのに明言はしないんだね」
「流石にね。言ってしまったら君たちを強制的に巻き込むことになっちゃうし……」
旧ハーノインは昔から反乱の多い地域だった。古くは前の戦争でハーノインが敗れたとき、地元の人間がミッドランドの支配を嫌った事に端を発する。その後ガルミキュラがそういった人々を引き受ける事で反乱も下火になっていったという背景があるのだが……、目の前の少女が語る組織というのはつまるところそういう組織なのだろう。当時ガルミキュラに渡らず、一度は帝国の支配を受け入れた人々も、昨今の圧政と政治不満から再び反乱に加担し始めた、そんな所だろうか。
「どうする? セリカ」
「兄さんが決めるんじゃないの?」
「個人的には応じてもいいと思ってるよ。後はセリカ次第だね」
「……私なら気にしなくていいよ、兄さんに任せる」
「そうか、良かった」
小声で相談するが、既に結論は出ていたようだ。
「分かった。その話、受けるよ」
少女に対する胡散臭さは消えないが、少なくとも悪い人ではなさそうだ。セネトはそう考え、応じる事にしたのだった。
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