第53話
セネトが二階の部屋のドアを開けると、まず目に入ったのはボコボコに殴られて気絶する先ほどの男の姿であった。
(遅かったか……)
その惨状を目の当たりにして、セネトは犯人の姿を探す。
「やっと来た、兄さんったら遅い!」
やや怒り気味にそう言ったのは、金髪ボブ似合う末妹のセリカ。
「兄はわてらの事が心配ではないのか? か弱い妹二人に荒事を全部押し付ける兄には断固抗議したい」
不満気にそういったのは、長い黒髪が印象的な長女のレン。
「か、か弱いって……」
か弱い女の子は大の男をフルボッコにしたりしないんだよ! と、セネトは猛烈に突っ込みたかったが、そう言う事にしておかないと更なる怒りを買いそうである。ここはあえてスルーする事にした。
「じ、じゃあぱぱっと済ませてしまうから外見張ってて」
セネトはそう言うと、床でノビている男の頭部に手を伸ばす。連れ込まれたはずの少女が部屋の出入り口を見張っていたらそれはそれでおかしいのではないかという気がしなくもないが、幸い誰にも気付かれなかったようである。
十数秒ほどそうしていただろうか、やがてセネトは男から手をどけた。
「う~~ん、どうやらこいつは下っ端みたいだね。大した情報は持ってなかった」
「ええっ、じゃあまた空振り!? せっかく頑張ったのに……」
セリカが不満の声を上げる。彼女の頑張りとは部屋に入るまでの間、男のセクハラに耐えた事なのは言うまでもない。
「仕方ないだろ、こっちから選べるわけじゃないんだから……。でもそうだな、抜き取った情報からクローヴの組織形態が分かったから、次は作戦を変えてみようと思う」
「もう仕方ないなぁ……」
セネトの発案に、セリカは渋々了承した。
「兄よ、わてもいい加減飽きてきたぞ。一体いつになったら暴れられるんだ?」
そしてセリカと入れ替わりで不満の声を上げるレン。
「そんな予定は今のところ一切ない」
「う~~……、じゃあ代わりに、下にいた連中全員ぶっ飛ばしてきていいか?」
「止めなさい!」
「魔草……七〇年ほど前にムーア人によって持ち込まれた植物と推測される。その存在は長らく秘匿され、主にアニス教徒が信者を増やすための手段として用いられている。使用すると強い快楽が得られ、繰り返し求めるようになってしまう。その為使用者はアニス教から抜け出せなくなっていくと同時に、自ら進んで家族や財産すら犠牲にする例も見られた。乾燥させた葉を燃やしてその煙を吸い込む方法が一般的だが、飲食物に混ぜて摂取することでも同様の効果がある」
のびた男を床に放置したまま、セネトは魔草に関する知識を朗々と語る。
「快楽の為に家族や財産を犠牲にしたっていうの? そんなことがあり得るの?」
「多くはないけどそんな人もいたみたいだね。だからこそ僕らがこの任務に駆り出されたとも言える」
セリカの疑問にセネトが応える。
「魔草の存在が初めてガルミキュラに伝わったのは僅か三年前。帝国にて活動する間者の情報から明らかになった。囚人を使った実験だと、模範囚ですら最終的に看守を殺さんばかりの勢いで激しく魔草を求めたとか」
「そんな風になっちゃうんだ……、なんだか怖い」
「僕らは大丈夫だよ。事前の実験でも何の影響も受けなかった。母さん達は父さんの血のお陰だろうって言ってた」
「ふうん、ところでこれからどうするの?」
「領主の所に行こうと思ってる。さっきの酒場で領主がアニス教と繋がってるかもっていう話を聞いたから、調べてみようかと」
三人のリーダーはセネトである。長兄で一番年上という事もあるが、何よりその明晰な頭脳と慎重な性格が信頼されたようである。
「繋がってるかもって……、何かふわっとしてない?」
「そうだけど調べてみる価値はあると思うよ。魔草を栽培するには当然土地が必要なはずで、でも土地は原則領主の物だし、勝手に作ったら制裁の対象になる。となると一番安全な方法は……」
「領主と協力関係になること?」
「そう言う事。あんまり評判のいい領主でもないみたいだし、可能性は十分ある」
「なるほどね、流石兄さん。頭だけはいいんだから」
「……だけは余計だよ」
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