第52話

 ラルラジュナにてミッドランド王ヘイゼルが暗殺されたという情報は、その主犯がリチャード王子である事も合わせて、あっという間にミッドランド本国にまで伝わった。だが、続く戦争にて国民に負担を強いていた経緯から、リチャードに味方する世論も意外と多かったようだ。


 ギリギリまで講和を引き伸ばしていたのが他ならぬリチャード自身である事を知っていた重臣たちは、直ちに第一王子ウィリアムを新しい王に立て、リチャード討伐に動いた。だが先の戦いにより国が疲弊していたこと、一部の世論や事前の工作、何より大国セルベリアがリチャードのバックに付いた事により、戦力は第二王子リチャードに大きく傾く事となった。


 セルベリアがリチャードに付いた理由は単純。ヘイゼル王が暴君であるというデマに踊らされ、多くのセルベリア市民がヘイゼル王の暗殺に加担してしまったからである。


 リチャードが討たれたなら、その後セルベリアもまず間違いなく報復を受ける。ならばリチャードを担ぎあげ、両国家間の戦争を単なる後継者争いという事にしてしまおうと、そう考えたのである。


 もしセルベリアが王政国家であったなら、〝市民が勝手にやったこと〟としていい逃れる事も出来ただろう。だがセルベリアは民主国家。そんな言い訳は通用しなかった。



 この二国間の戦争に対して、意外にも連合は一切干渉しなかった。新国家の建国に忙しかったからとも、この時期連合のあちこちで子供が生まれ、それどころではなかったからとも言われている。


 その後ミッドランドとセルベリアの戦争は、その終結までに二年の歳月を有した。戦争に勝利したリチャードは、なし崩し的に両国を支配下に置き、新国家イシュメア帝国を建国。自ら皇帝の座に着いた。時を同じくして連合も、連合にアルヴヘイムを加えた領土を以って新国家を建国。ガルミキュラ王国と名乗った。


 この二国はラルラジュナの一件から建国当初より反目し合っていたが、同時に干渉し合う事もなく不思議な平穏が保たれる事となる。




 そして新国家の建国から十四年。ラルラジュナの戦いから実に十六年の歳月が流れようとしていた。




 セルベリアとハーノインの領境にある町、クトリガル。その寂れた町の酒場に、一人の少年の姿があった。


 中性的でひょろりとした少年。おっとりとした雰囲気とほとんど焼けていない肌は、相応に裕福な家庭で育ったであろう事が伺える。彼は少し周囲を見回した後、向かって右側にあるテーブルに座って一人で酒をあおる老人の、その正面に座った。



「おじいさん、少し話をさせて貰ってもいいですか?」


「なんだ若ぇの、こんなジジイに声なんかかけてないで、ナンパの一つでもしたらどうだ?」


「いやぁ、ナンパが目的ならそうしていますが、あいにく僕の目的はナンパではないものでして……」



 言いながら後頭部をかく少年。その少年を見ていると、何故だか老人は以前にもこんな事がなかったかと妙なデジャヴを感じてしまうのだった。



「人生は経験だ。ほれ、あそこにいる長い髪の姉ちゃんなんか美人で色気もあるぞ? やってみぃ」



 そう言って老人があごをしゃくった先、そこにいたのは、腰に片刃の剣を携えた黒髪の少女であった。エキゾチックな風貌と、長身でありながらメリハリのある体躯は、こんな辺境の町には不釣り合いなほど美しい。



「彼女をナンパ……ですか? いや、流石にあの子をナンパする度胸はありませんよ……」


「そうか? 結構アリだと思うがねぇ」


「お似合いかどうかはともかく、倫理的な問題がありまして……」


「ああん? そりゃどういう?」



 老人がそういいかけた時、客の来店を告げる鈴の音が店内に響く。それに気付いた老人が何気なくその客に視線を向けた。細身だが程よく筋肉のついた体と、金髪の綺麗な髪をした少女で、同じく腰に剣を携えていた。



「……何だ今日は、一体どんな日だ。さっきの姉ちゃんも美人だったが、今来た姉ちゃんはレベルが違う。一生に一度拝めるかどうかってくらいの美人だ」


「え、う、うん、美人だよね」



 その新客は、先ほどの女剣士と知り合いだったのだろう。女剣士を認識すると、そのまま女剣士と同じテーブルに座った。


 毛色の異なる美少女が二人。先ほどの老人ではないが、寂れているとはいえ未だ血気盛んな者も多いこの町で、そんな二人に誰も声をかけない訳はなかった。



「よう姉ちゃんたち。女二人でよろしくやってないで、俺たちと一緒に気持ちいい事しようぜ」



 そう二人に声をかけてきたのは、品のない厳つい男であった。


 少年はナンパというものを直に見るのは初めてだが、それでもこのナンパが下手くそである事は分かる。下品な言動に他者を見下すような態度。到底理にかなっているとは思えない。だがだからこそ少年はその男が気になった。たとえ下品で偉そうでも、この男にはナンパを成功させるだけの理由があるのではと。



「……当たりかな」



 少年はぼそりと呟くが、耳の遠くなった老人に、その言葉は届かなかった。


 脅すような言葉は一切使っていない。だがわざとらしくテーブルに突いた手、その甲。そこには蛇を模ったイレズミが彫られていた。


 イシュメア帝国内において、そのイレズミの意味を知らない者はそういない。それは声をかけられた二人の少女とて例外ではないハズで、結局ナンパ男に押し切られる形で二人の少女は店の奥へと消えた。



「美しい容姿が災いしてクローヴの連中に目を付けられてしまったか。可哀想にのう……」



 老人がぼそりと呟く。



「おじいさん、クローヴというのは?」


「何じゃ知らんのか、今までどうやって生きて来たんじゃ」


「すいません、最近地方から出てきた身でして……」


「ふむ、ならば教えておいてやろう。クローヴというのはアニス教の下部組織、いや、アニス教を構成する一組織と考えた方がいいか。強大な組織力を背景に法や軍隊すら無視して活動する邪教の一味だ。少なくともこの町で奴らに逆らえる者はおらん。あの娘たちも可哀想に、魔草でも使われたらまず逃げられんじゃろう」



 魔草、いわゆる麻薬である。アニス教はその流通と栽培方法を独占しており、これを使用することで急速に信者を増やしていたと言われている。



「領主は何も対応してくれないのですか?」


「うちの領主なんざ期待するだけ無駄じゃ。三〇年ほど前にも何の罪もない少女に無実の罪を着せて幽閉したような奴じゃぞ。助けるどころかアニス教と裏で繋がってるなんて話もあるくらいじゃ」


「なるほど、ここの領主はあまり評判が良くないみたいですね……」



 そう言うと少年は、何やら紙を取り出してメモし始めた。



「うん? 何をしてるんじゃ?」


「いえ気にしないで下さい、今後の参考にしようと書き留めているだけなので」



 しかし老人は、そんなどうでもよさそうな情報をわざわざ高価な紙に書き記す人物になど、未だかつて会った事も無かった。


 やがて少年はメモ書きを懐に仕舞うと、



「ありがとうございました。とても興味深い話が聞けました。いい加減追いかけないと後が怖いんで、僕はこれで失礼させて頂きますね」



 そう言って少年は深々と頭を下げる。



「う、うむ、良く分からんが参考になったのなら良かった」


「はい、ではまた機会があれば」



 そうして別れを告げた少年は、何故だか店の外ではなく奥へと入っていくのだった。



「……追いかける? まさかな」



 老人は一瞬だけそんな事を考えるも、すぐに忘れて再びジョッキに手を伸ばすのだった。

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