第38話

 レシエ城三階、広場。そこに木刀を構えて向かい合う二人の剣士。一人は大陸一とうたわれる剣士ガリュウ、もう一人はガリュウの娘にして天才剣士との呼び声高いイハサ。大陸最高峰の戦いが今、人知れず行われようとしていた。


 得物を構えて対峙する二人。二人の間隔は三メートル程、その気になれば一瞬で詰められる距離である。にも拘わらず、二人は睨み合ったまま動かない。



「ラクリエ、二人は一体何をしているのだ?」



 少し離れた場所で二人を見守るゼアルは、同じく隣にいるラクリエにそう訊ねた。



「あれは……きっとお互いの出方を窺っているのでしょう。二人ほどの使い手になると一瞬の判断ミスが敗北に繋がります。なのでこう来たらこう返す、というのをシミュレートしていると聞いたことがあります」


「……それは初めて聞いたな」


「イハサは幼い時からずっとガリュウ様の剣を見て、ガリュウ様に追いつこうと頑張ってきました。お互いに戦い方は熟知しているはずです。……多分、勝負は一瞬で付くでしょう」



 お互いの出方をシミュレートしていると、ラクリエは言った。だがそれは言うほど簡単な事ではないだろう。今こうしている間にも、二人の精神はガリガリ削られているのではないだろうか。ゼアルにとっては初となるガリュウの剣技。かつてゼアルの父すら打ち取ったその剣は果たしていかほどのものなのか。


 その時、レシエ城とその城下に、正午を告げる鐘の音が鳴り響く。ゼアルがその音を認識した刹那に、勝負は始まり、そして終わった。


 重なるガリュウの、そしてイハサの一撃必殺。どちらが勝って、そして負けたのか、それは横から見ていたゼアルとラクリエにも分からない。



「実戦を経て、更なる力を得たか……」



 ガリュウがそう呟く。そして次の瞬間……。



「あれ……っ」



 イハサの体がグラつき、そのまま地面に倒れ込んだ。



「イハサ!!」



 慌てて駆け寄るラクリエの後から、ゼアルが冷静に続く。



「見事な一撃であった。だがイハサよ、そなたの剣にはまだ覚悟が足りていない」


「……覚悟?」



 ラクリエに抱きかかえられ起き上がるイハサに、ガリュウがそう声をかけた。



「そうだ。その内容は……わしよりそなた自身の方が分かっているはず。その覚悟が足りていたのなら、今頃地に伏せているのはわしの方だったろう」


「父上……」



 ラクリエに肩を借りて、どうにか姿勢を保っていたイハサだが、緊張の糸が切れたのかそこでふっと気を失ってしまう。



「ふむ、意識を失ったか。まあよかろう、別れの挨拶など柄ではない。このままぬるりと帰った方が後ろ髪引かれずに済みそうだ」


「行ってしまわれるのですか? ガリュウ様……」


「うむ、世話になったな。どうかこれからもイハサと仲良くしてあげて欲しい」


「……はい」



 ガリュウはラクリエと最後の言葉を交わすと、次にゼアルに向き直る。



「そしてゼアル殿、イハサと王女をよろしく頼む」


「ああ、二人は我にとっても大切な部下。決して悪いようにはしない」


「その言葉が聞ければ十分だ。……お礼と言っては何だが、ゼアル殿にはこの剣を預かって貰いたい」



 そう言ってガリュウが差し出したのは、蒼色の鞘に納められた一本の刀。しかしイハサが使っているものとは異なり、周囲の光を反射して全体が鈍く輝く、とても美しい刀であった。



「……これは? ずいぶんと高価そうだが」


「セルベリアの技術で作られた魔導器だ。わしが魔王を討った功績により、正式に王から賜った」



 それは、ガリュウの誇りそのものと言っても過言ではない、そんな武器であった。そしてそんな物を今ここで手放す意味。



「……おそらくは無駄だろうが、ハーノイン王の意図通り、ここに残ってはくれないだろうか? イハサとラクリエ、そしてこの国の未来の為に」



 先ほどまでゼアルは、ガリュウほどの達人であれば結局生き残ってしまうのではと、そう思っていた。だがガリュウの覚悟を垣間見たゼアルは、万に一つもその可能性がないことを理解してしまう。


 ゼアルの問いかけにガリュウは、



「……正直、そうしたい気持ちも全くないでもない。だがイハサと立ち合って分かった。イハサは強い。もはやわしが教える事など何もない。それになゼアル殿、わしはこうも思うのだ。わしら人は皆自分の意志で生まれて来る訳ではない。だからこそその幕引きは自分で決めるべきなのだと」


「……そうか、余計な事を言ってしまった。分かった、この剣は我が責任を持って預かろう」


「かたじけない」


「何度も済まないがガリュウ殿、最後に一つだけ尋ねてもいいだろうか」


「うむ」


「……魔王ゼトとは、一体どんな人物だった?」



 何故今更そんな事が気になったのかは分からない。だがこれで最後になると思った時、自然と口走っていた。ゼアルの言葉に、ガリュウは昔を懐かしむように空を仰ぐ。



「……そうだな、端的に説明するなら、あの男は豪快にして快活。その上魔術にも秀で武術の腕も一級品。敵同士ではあったが、とても好感の持てる相手であった」


「……そうか」



 その応えはゼアルが期待した通りのものだった。ゼアルがイハサを好意的に見ているのと同様、ガリュウと関わるほどに好印象を抱いてしまう。おそらくガリュウとゼトもそんな関係だったのではと、ゼアルは思っていた。いや、そうであって欲しいと願っていた。そして案の定。


 単純な立場を超えた何かが、二人にはあったのかもしれない。

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