July 11

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


 空白な気持ちで病院のベッドに横たわり、逆さに見える夏の空を、ぼくはポカンと見つめていた。

抜ける様に真っ青な空。

モクモクとした雲がスローモーションの様に湧き上がって、流れていく。


すべて、終わったんだな・・・

今はもう、なにもない。




…いったいどのくらいそうしていただろう。

メッセの着信音で、ぼくは我に返った。


『人数多くて病室に入れないらしい。ロビーまで来てくれ』


それはテニス部の部長からだった。

『人数多くて』って…

いったいなんなんだ?



 1階のロビーに行ってみると、そこにはテニス部の連中が、ガヤガヤと20人ばかり、ひしめき合っていた。

部長をはじめ、1~3年生の男子や女子。酒井亜希子やその友達の篠倉愛美の姿もある。

ロビーには他の患者が数人いたが、制服姿の高校生の団体に圧倒されたのか、隅の方に避難している。

階段を降りてきたぼくを見つけた部長は、軽く手を挙げて微笑んだ。


「やあ、甲斐。わざわざすまん。どうだ調子は?」


日焼けした顔から真っ白な歯をのぞかせて、部長は挨拶をする。


「どうしたんですか、部長? こんな大人数で」

「面会謝絶が解けたっていうから、お見舞いにクラブの連中引き連れて来たんだ。ちょうど明日から夏休みだしな」


部長と話している横から、他の部員が声をかけてくる。


「甲斐、久し振り。少しはよくなったか?」

「思ったより元気そうじゃない?」

「肺炎で生死の境目、彷徨さまよったって? よかったな、死ななくて」

「長い入院で、テニスの腕も鈍ったんじゃないか?」

「なんか痩せた? 筋肉落ちてるみたい」


それぞれ、そんな挨拶やら感想やらを口にする。

時々はメッセで繋がりがあるとはいえ、久し振りにリアルで会う仲間は、やっぱりいい。


ひと通りみんなと話し終えたあと、部長が果物の入った籠を差し出した。


「これ、みんなからのお見舞い」

「ありがとうございます」


籠を受け取りながら、ぼくはお礼を言った。


サナトリウムのロビーは広いが、高校生が20人も入れば、さすがに混雑する。

とりあえずぼくを囲む様に、みんなロビーのソファや椅子に座り、席がないやつは適当に突っ立って話しをしていた。

隣に座った部長は、申し訳なさそうに言う。


「悪かったな、お見舞いに来るのが遅くなって。試験や地区大会が重なって、なかなかみんなが揃わなくてな」

「いえ… 嬉しいです」

「でもこんなに大勢で押しかけちゃ、逆に迷惑だったかな?」

「大丈夫だと思います」

「看護師さんも、人数の多さにびっくりしてたな。部屋に入れそうにないって」

「それで、あんなメッセを」

「ああ。その時看護師さんから聞いたんだけど、夏休み中には退院できそうなんだってな。部活にはすぐ復帰できるのか?」

「多分、無理だと思います。まだ過激な運動はできないみたいなので」

「そうか… 残念だな。おまえがいれば地区大会でももう少し、上まで行けたかもしれなかったのに」

「すみません」

「謝る事ないって。とにかくまずは、からだをしっかり治して、秋の新人戦を目指そう」

「はい…」


そう応えながら、ずっと心に引っかかっていた件を、部長に謝る。


「すみません。いつもクラブノート届けてもらって。そのせいで酒井さんがあまり練習できなくて、レギュラー落ちしてしまって…」

「ああ。まあ… それは。いいんだけど…」


突然、部長の顔色が曇って、滑舌が悪くなった。

数人の部員がひそひそと何やら話しだし、あたりの雰囲気が急にざわつきはじめる。

いったいどうしたんだ?


「そんなの、酒井さんの自業自得じゃない?」


部長の後ろに立っていた3年女子の宮沢が、唐突に口を挟んできた。

レギュラー候補だった宮沢は、酒井にその座を奪われている。そんな経緯もあって、ふたりはあまり仲が良くないらしい。

ぼくも何度か、宮沢と酒井が些細な事で衝突している所を、目撃している。


「みんなを代表して言わせてもらうけど、酒井さん、自分勝手過ぎると思うわ」

「やめろよ宮沢」


制止しようとした部長の言葉も聞かず、宮沢は続けた。


「だって酒井さん、自分から言い出したんじゃないですか。『甲斐先輩の世話係になる』って。

こんな交通の便の悪い田舎の病院に、週に何度もお見舞いに行くのも大変そうだから、他の人が『交代で行く様にしよう』って言っても、断固譲らなかったのは彼女なんだから。

それで練習できなくてレギュラーはずされても、そんなの言い訳にもならないんじゃないですか?」


え?

どういうことだ?


つづく

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