may 7
そんなよく晴れた休日。
ぼくと同い年のまさるは、髪にメッシュを入れたやんちゃ系だけど、気さくないいヤツで、顔や頭が特別優れているって訳でもないのに、女子がらみの情報に詳しく、とってもモテるらしい。
いつもいろんな女の子の名前を出しては、『つきあいはじめた』の『ヤッた』のと騒ぎ立てている。
いや。
『モテる』ってのはただの自己申告で、まさるは女に対してとってもマメで図々しくて、いつも女の尻を追いかけ回し、それを『モテている』と勘違いしている、ちょっと痛いヤツだ。
テニスに熱中していた頃は、『この軽薄なスケコマシめ。他に青春をかける事はないのかよ』と、ぼくはこの従兄弟を、軽い軽蔑の眼差しで見ていた。
だけど、自分が初恋の沼にハマってしまってオロオロ状態の今、女性の扱いに長けている彼が、ちょっぴり羨ましかったりもする。
「ちひろ。今日はお見舞いにいいもの持ってきたぞ」
部屋に入ってくるなり、まさるはリボンのかかった小さな箱を差し出した。
なんだろう?
受け取るとそれは、モバイルゲーム機の様な重み。
「iPhoneだよ」
「えっ? iPhone?!」
少し興奮しながら開封する。真っ白な箱から出てきたそれは、まさしく憧れのiPhone!
「どうしたんだ? まさるが買ってくれたのか?!」
「まさかぁ。おまえ、テニスのレギュラーになったら、ケータイ買ってもらう約束だったんだろ?
でも入院なんてしちまったから、おまえの親が退屈しない様にって気ぃつかって、買ってくれたんだよ。ま。見立てたのはオレなんだけどな。
最新機種も考えたんだけど、まあ、スマホ初心者なら、8の32GBで充分だろ」
まさるの解説なんて、まったく頭に入ってこない。
ただただ感動がこみ上げてきて、そのスマートフォンのつやつやと輝くなめらかなボディを、ぼくはそっと撫でてみた。ひんやりと固く、濃密なメカの感触。
携帯すらもうダメだと諦めていたけど、まさかスマートフォンを買ってもらえるとは!
「取説ないから初心者には辛いだろうけど、ま、オレがいろいろ教えてやるから心配すんなって。
電源入れてみろよ。横のボタンを長押しすんだよ」
まさるはそう言いながら、自分のiPhoneを取り出し、契約書かなにかの書類を見ながら、画面を操作しはじめた。
ぼくも言われた通りに電源を入れてみる。リンゴのマークが現れて、しばらくするとアイコンの並んだ画面に変わった。
“ピポン…”
電子音が鳴り、メールの着信を知らせるアイコンが出た。
「お。ちゃんと通じた様だな。今度は電話をかけてみるか」
そうやって一通り、まさるはぼくのiPhoneにアクセスしてきた。
操作しながら、メールや入力の方法、電話のかけ方やいろんな便利機能等を、ざっと説明してくれる。
iPhoneさえあれば、友達やクラブの仲間とも話やメールできるし、ネットだってできる。このサナトリウムでの絶海の無人島みたいな状態とも、ようやくおさらばできるんだ!
そして、あの人とも…
あさみさんとも、いつかこのiPhoneでやりとりできる日が、来るかもしれない。
『おはよう甲斐くん。もう起きてる?』
『今から学校。またバス停で会えるといいね』
『授業やっと終わった~。友達とカフェ行くよ♪』
『もう寝るね。おやすみ』
そんな何でもない日常の… だけどこの上ない非現実的で贅沢な会話。
iPhoneを握りしめながら、ぼくはうっとりとそんな光景を妄想した。
彼女のことを思うだけで、幸せな空気に包まれて、心がホカホカしてくるのがわかる。
「なんだちひろ。好きな女の事でも考えてたか?」
まさるの言葉で、ぼくはハッと我に返った。
彼はにやけた顔で、ぼくを見つめている。
つづく
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