しろいゆめ

仮重独楽

しろいゆめ

 わたしがベッドから身を起こすと「どうする?」と少年が問いかけてきたので、わたしは何の話をしていたのかを思い出そうとした。見慣れた四畳一間の部屋のなかには勉強机と椅子とベッドと押入れがあるのだけれど、わたしがいつも使っているガタガタとバランスが悪い椅子には少女が、ベッドには少年が腰掛けている。二人はやけに真っ白い服に肌に、真っ黒な髪をしていて、こんな知り合いはいるはずがないなあとわたしはこれが夢であることをぼんやりと理解した。

 「どうする?」と今度は少女が問いかけてきて、ああそうだった何の話をしていたのだっけ?と考えていたら、やっぱり燃やすしかないんじゃないかなあと自分の声がして、これはやっぱり夢なんだと思った。燃やすって何をだろう?と寝起きで靄がかかった頭をもったりと働かせていると、少年と少女がやっぱりそうだね仕方ないねと頷いて押入れを見たので思い出した。どうやらわたしは人を殺してしまったようなのだ。

 「どこで燃やす?」と少年から聞かれて、流石に家のなかで燃やすことはできないので外にいこうと提案した。ベッドから出るとわたしはセーラー服を着ていることが分かり、どうやら中学生らしいことが理解できた。わたしは一軒家に両親とともに住んでいてわたしの部屋は二階にあるので、死体を持ち出すのは面倒だけれど三人いれば大丈夫だろう。押入れのなかには死体が白い包帯でぐるぐる巻きにされて入っていた。そういえばどうやって殺したのだろう匂いとかは特にしないなあと考えながら、三人がかりで死体を運び出す。家の中には誰の気配もなくて、そういえば目の前の光景には色もない。なるほどやけに白くて黒いのはそのせいかあと少年と少女を交互に見つめて納得していると、いつの間にか玄関についていた。

 外に出ると薄ら明るいのでどうやら昼らしい。わたしの家はゆるやかな山の上の住宅地にあるのだが、開発されて二十年かそこらしか経っていないせいか空き地が多くて子供たちの格好の遊び場になっていた。よく考えると空き地といっても誰かの所有物なのだろうけど、子供にはそんな概念はないから空き地で死体を燃やすのは自然なことだ。こんなことを考えるのも夢だからだと頭の上のほうでぼんやりとつぶやいた。

 家の前の道路を下って少しすると十字路に出た。その向かい側には柿の木やら梅の木やらが植わった広い空き地があってここで燃やすことになっている。雑草がぼうぼうと生えていて春には梅が、秋には柿が成りっぱなしで地面にぐちゃぐちゃと果実が散乱するので、いつもならすずめやらからすやらが子供たちと一緒に騒いでいるけれども、今は当然誰もいない。

 梅の木か柿の木か迷ったけれど少女が梅の木に向かったのでそこで死体を燃やすことにした。少年が火をつけたマッチを持って死体のそばに立ち、燃やすねと声をかけてきたので燃やそうと答えた。放り投げられたマッチが包帯の上に落ちると、真っ白な光がめらめらと死体を包んだ。包帯が徐々にでろでろと溶け落ちていくと真っ黒な死体の肌が光の合間から見えた。めらめらと燃える光が黒い肌を溶かしてゆく様子は多分気持ち悪いのだろうと思った。焦げ臭い気がして手で顔を覆おうとしたけれどもちろん夢でそんな臭いはしないので、わたしは何もせず突っ立っていた。そうしているうちにとうとう黒い肌のなかから真っ白な骨がのぞいた。もっと肉が溶け出てくると思ったのに出てくるのは骨だけなので、この死体は骨の上に皮を被せたものだったのかもしれないけれど、夢なのでどうでもいい。ぐちゃぐちゃとしたものは足元の果実だけで十分なのかもしれない。気づいたら白い光しかわたしには見えていないけれど、これは夢なのできっともうすぐ覚める頃合いなのだとわたしは受け取った。めらめらと光が踊る。真っ白な頭蓋骨が真っ黒な眼孔をこちらに向けてきたとき、そういえばわたしはお父さんを殺したのだったなと思い出してそこで目が覚めた。

 目が覚めるとわたしはしばらく布団のなかでじっとしたまま天井を見ていた。明確な夢を見たのは久しぶりで心なしか頭が重いし汗をかいている気がする。時計を見ると起きる時間にはまだ早いのでしばらく夢のことを考えていようと思った。夢の内容はたいてい起きると頭の中で薄れていってしまうもので、やけに白い夢だったなとにぶい感想しか出てはこなかった。体を起こすと見慣れた勉強机と椅子と押入れが目に入ったけれど当然ながら真っ白な少女も少年もいないし、目の前の光景には色がある。そうこうしているうちに誰かが階段をあがってくる音がしたのでおそらく母親だろうと思っていると、やはり母親が部屋の扉から顔をのぞかせて早く起きろと言ってきた。ゆるゆると私が身を起こしていると母親が何故か部屋を見回して怪訝な顔をしているので、どうしたのかと聞いてみた。

 「この部屋、何か臭いがするわね」

 それだけ言って母親は出て行った。わたしは胸に手を当てて心臓がどくどくと脈打っているのを確認した。とりあえず押し入れを開けてみると当然ながらそこに包帯ぐるぐる巻きの死体はなく、予備の布団が積まれているだけだった。良かったなあと安心しているわたしの頭の上のほうで、安堵している自分を不思議に感じていた。


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