粉ふきいも男爵と5月の女王

夏目礼人

第1話

サラマンダー火蜥蜴の星が、夜明け前の空に新しい輝きを見せた頃、占星術師は南東の王国に5月の女王が生まれることを知りました。

これは一大事!と、占星術師は自分の師匠である大魔法使いの元へと馬を走らせました。その馬には特別な印がありました。何しろ目の上には炒った黒豆のようなあざがふたつばかり、ちょうど眉毛のようになっています。「急げ、四つ目よ」

占星術師は鞍にまたがり、姿勢を低くしてギャロップで急ぎます。

街道はまだうす暗闇の中でしたので、占星術師はわずかばかりに覚えた呪文を唱えました。

それは、四つ目が疲れることなく師匠の元まで走り続けられるよう、旅の途中で毒蛇や山蛭に噛まれないよう、到着の最後まで幸運が味方してくれる呪文です。

「明けと宵の明星よ、我が命運を知る時の神よ、どうか我が身と愛馬四つ目をお守り下さい」

占星術師が呪文の最後をつぶやいた後は、まっすぐ真横に口を結んで、それきり一度も開くことはありません。これは大魔法使いから教わった、呪文を効かせる大切な決まりでした。

これを守らないと、呪文が効かないどころかかえってひどい災いを呼び出してしまいます。どれくらいひどいかといいますと、大魔法使いの弟子の一人はうっかり者で、思わず口を開いたとたん、そこへ素早く災いが固まりになって入りこみ、あっという間に大魔法使いの弟子からシワシワのシワ泥棒になってしまうほどでした。そして泥棒になってしまったせいでインターポール警察に捕まり、今でも外国の監獄の中でしくしく泣きながら泥棒の罪をつぐなっています。

そのくらい、魔法の呪文を唱えることは危険なことでもありましたから、占星術師がどれだけ急いでいたのかが分かるというものです。

さて、この四つ目は本当に特別な馬でした。草原のサラブレッド馬のように体は大きくはありませんが同じくらいには速く、砂漠のアラブ馬よりもはるかに丈夫でした。それに四つ目はいつまでも全速力で走り続けることができました。しかもそれだけではありません。四つ目と呼ばれる名前の通りに、この馬は普通見ることのできない魔物を見ることができました。また、人間の言葉だけでなく、すべての動物と魔物の言葉まで分かるたいへん賢い馬でした。

そのような特別な四つ目もいよいよ疲れはて、ついに泡を吹いて倒れてしまう直前まで全速力で走り続けたちょうどその時、占星術師はようやく大魔法使いの秘密の家にたどり着くことができました。



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