ヤキモチ
『
――とある本。
僕だって
彼女の稼ぎが例え僕の年収を軽く倍にした額だとしても……しても……うん、ちょっとヒモになるのも良い気がしてきた。
そういえば、近年ヒモとなる男性が多いらしい。性格には、専業主婦となる男性が多いとのことらしい。その比率は何と三割ほどで、夫婦が三組居れば、その内の一組は男性がヒモなのだ。
驚きの事実だろう。僕もさっき気になって調べたから知ったいただけ。
「いらっしゃいませー!」
チリンチリン、という心地よいドアの開閉音と共に、僕は声を挙げる。今、僕は家から近くのレストランでアルバイトをしていた。
普段は普通に働いているのだけれど、今日は仕事の予定が無かった。かつ、彼女が家に帰るのが遅いということで、僕も動きたくなったのだ。
彼女が頑張って働いているさなか、僕だけ何もしないというのは
「店長、Aセットの注文です」
「はーい!」
注文を伝えると、
また、店長は何と女性なのだ。しかも若い。元気が良く笑顔絶えず優しく綺麗、そんな店長が務めているから、このレストランの人気に箔がつく。
調理をし始めた店長を見届けてから、僕はまた店内を見渡す。席は満席では無いけれど、一部分を除いて全ての席が埋まっている。
その一部分というのも予約席だったり、団体様用の席だったりする部分だけだ。つまり、実質満席状態。
(凄い繁盛だよね……)
ちらちと覗いた店の前には、大とは行かないものの、行列ができていた。今はお昼時の11:42。これからさらに忙しくなりそうだな、なんて考えながら、僕は再びアルバイトに集中した。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「!」
返事を予想していなかったために、少しばかり驚いてしまった。今日は遅くなるはずじゃ……もしかして何か? と考えた所で、僕は自然と駆け足になっていた。
リビングに続く扉へと駆け寄り、すぐさま開け放つ。その奥には――
「どうしたの? 何かあった?」
「……何でもないですよ」
いつも通り、柔らかな笑みを浮かべる彼女がそこにいた。良かった。
と思ったのも束の間、僕はすぐさま扉を閉めた。
「え? ど、どうしたのっ?」
心配したような彼女の声が聞こえる。けれど、それに答えるためには僕も覚悟がいる。これを伝えて良いものかどうか……「大丈夫?」よし言おう。
「い、いえ……その、とっても
「え? …あっ! ちょ、ちょっと待っててっ!」
僕がそう言ったことで自分の姿を思い出したのか、彼女は慌てた声で戻っていく。そのすぐ後に、室内からドタバタと彼女が駆け回る音が聞こえてきた。それと同時に、布の擦れる音も聞こえてくる。
「……だ、大丈夫だよ」
やがて、そう声がかかったので入室。そこには、可愛らしいワンピースに身を包んだ彼女が居た。思わず見惚れてしまうのは不可抗力だ。
先ほどまでの恰好の上に、ワンピースを着ただけだとわかってしまう。なぜなら、薄いワンピースの生地に向こうに、フリルの付いた淡い水色の下着が……。
少しばかり
なんてバカなことを考えながら、僕はソファに座った。そのまま、少しすると美味しそうな匂いが
食欲をそそる
「カレーですか、美味しそうですね」
「ふふっ、ありがとう。でも、カレーってほとんど同じような味になっちゃうから、個性を出すには上級の料理なのよね」
「そうなんですか? でも、多分僕はどんなカレーを食べても君のカレーが一番だと思いますけどね」
「あぅ……あ、ありがとう」
うっ、と今度は僕が
っと、その間にご飯がよそわれ、カレーがとろりと白米の半身を覆う。明かりに照らされた表面が反射し、黄金色に見える。
これが数多くの美食家を唸らせたという欲望の権化、主婦の天敵という奴か。
未だに少しばかり恥ずかしいながらも、僕の腹の虫はそれを許すつもりは無いように暴れ出そうとしていた。このままでは、まずい。
急いでスプーンを握りしめ、彼女が僕の隣に座ると同時に、
「いただきます……!」
すぐさまその魅惑の山、宝石のように輝く黄金色の山を削り取り、口の中に運び――
「!」
瞬間、今までに感じたことの無い程に濃厚な旨みと、その少し後に確かな辛さが口の中で広がっていく。出来立ての熱さをも上回るほどの強烈な辛さと、食欲から来る痛みへの美味しさがハーモニーを奏で、さらなる旨味を引き出す。
「美味しいです……!」
言いながらも、僕はすぐさま口の中にカレーを放り込んでいく。本当は少し汚いけれど、それを気にする余裕も無いほどに神々しい美味しさを放っていた。
気付けば、お皿の中は空になっていて、僕は再びカレーをよそう――
「どうしたんですか?」
「え?」
――としようとした手を、彼女が掴んでいた。自分でも驚いたように、すぐに離してくれた。けれど、変だと思う。
「え、えっと、ごめんなさい」
そう謝り、彼女は僕の分のカレーをよそってくれた。その姿を見ながら、僕は少しの確信とともに告げる。
「何かありました?」
「……」
僕の言葉で、言い訳できないと気付いたのか、彼女は俯く。何だかすごく居心地が悪いし、すぐにでも笑顔になってほしいけれど、どうしようもない。
彼女が何かに悩んでいるのに、僕が知らないことは世界の終わりと同じだと思う。うん、多分だけどね。
「……君が悪いんだもん」
「……」
――?!
可愛い。凄い可愛い。もう語彙力が皆無とかそういうレベルじゃないくらいに低下したけど可愛い。何がって全部が可愛い。とにかく可愛い!
何だこの天使は……! と言いたいのを我慢して、僕は悶える。この可愛すぎる光景を写真で撮りたいけれど、生憎先ほど置いたバッグの中だ。悲しい。
そんな見当違いの感想を抱きつつ、僕は静かに息を吐いた。
とりあえず――
「きゃっ……!?」
「(大好きですよ)」
「!? ……はぅ……」
抱きしめて、囁いて、キスをした。甘く甘く、何よりも幸せな時間。彼女が可愛くて、僕が愚かで、彼女が優しい。
何よりも、向けられたその素直な好意が、不安が、全てが、僕の心を幸せで満たしてくれる。だから僕も、それを返す。
「すみません、明後日の仕事は、少し休憩しましょう。それで――」
「!……え、で、でも……えっと……」
「(ダメ、ですか?)」
「あぅぁ……! ……うん、私も、ね?」
「はいっ」
満面の笑顔で返す僕に、彼女はもう我慢できないように顔を手で覆った。恥ずかし過ぎて、何よりも嬉しくて。
彼女の小さな、小さな美味しそうなモチは、溶けかけている。とっても甘いミルクに包まれたみたいに……。
――僕と、デートしましょうね。
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