徒然に天啓を嘯き鍵盤の上に指を遊ばせ
宇多川ぎょくと
落下、須臾に視る
ふと1枚の写真を思い出した。
これはどこで見たのだったか。
夜気と強風に冴えた脳みそはすぐに答えを導き出す。今、脳の回転は人生での最高速度を記録しているだろう。くだらないことなのに。
半年と少し前の花冷えの頃。なんとはなしに眺めていたSNSでだ。
今まで記憶のどこに仕舞われていたのかわからないが、その投稿は細部まで思い出せた。
今は疎遠な友人がいいねしたのだった。ペイントとかで描いたのだろう、粗雑なうさぎのアイコン。カメラの練習と書いていた。
写真は4枚あって、そのうちの2枚目だった。綺麗だな、と思って、然しそれだけで流した。多分そのうさぎさんもそうだったのだろう。他の写真には言及していたが、その写真は完全ノーマークだった。
ただ何故かその日の夜、眠る前に脳裏に浮かんだ。それ以降もときたま気を抜いた時にフラッシュバックする。別に悪夢でもトラウマでもなんでもないからいいのだけれど、何故かはわからなかった。
多分それらの時と同じくらいの感覚で浮かんできたのだ。確かに眠る前ではある。
ただ、今私の脳は高速回転していて、だから今までとは違って焼きついたその理由も解き明かせる。いや、多分今の私が勝手に紡いだだけなのだろうけど。うさぎさんだってそんなことは考えずに撮ったはずだ。
芝生の上に落ちた花びらの写真。昼の陽光を反射して艶めく草たちの中、ひとひらの桜の花びらが可憐に輝く。緑とピンクのコントラストが鮮明だった。
綺麗で、でもなんの変哲も無い、どこにでもあるような写真。それが何故印象に残っているのか、無意識下の思考が表出して言語化されていく。
その写真において芝生は背景で主役は花びらだった。美しい花びら。
それは死んでいるのに。
すでに散った花なのに。
生きているものがそこにあるにも関わらず。
それに私は重ねていたのだ。
何をしても背景でしか無い自分に。
私含め人々に称えられる偉人達に。
その溝は、多分芝生と花びらくらい広い。私と彼らは同じ人間だが、同じ類いでは無い。そう、丁度いいではないか。
同じ植物でも超えられない壁がある。なら多分人間にもあるのだ。そう言ったら言い訳だと笑われるのだろうけど。でも、そこに差があることは私を笑う彼らも実感しているはずだ。見える差でしか物事を量りたくないだけだ。
私は芝生だったのだ。あんな風に写真にも映れないのだろうが。
何か高尚な評論みたいだと自分で思った。もしくは中学生の黒歴史ノート。らしくもなく気分が高揚しているからだろうか。
芝生と花びらのどちらかは、どうしようもなく無情で残酷なカミサマのくじ引きで決められるのだろう。別に親を恨むわけじゃない。皆が最尤の手を打って今の私がいるのは間違いない。でも最善ではない。そこはカミサマが決めているのだから。
そうだ、だからくじ引きをやり直すのだ。あの茫漠とした闇が塗りつぶす箱の中にもう一度身を投ずるべきだ。
黒い虚無が目の前に迫る。
満足だ。この短い思考は私に似合う結末だ。
その言葉は刹那のうちに赫く弾けた。
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