ももたろう

悠生ゆう

1

 なぜ私が?

 名前が呼ばれた瞬間、目の前が真っ暗になったような気がした。

 私はチームワークなんて信用していない。

 「仲間」「協力」「チームワーク」「コミュニケーション」そんな言葉を、学生時代にもこの会社で新人教育を受けている間にも繰り返し聞かされてきた。

 しかし、人間とは所詮個人でしかない。それぞれが己でやるべきことを完璧に遂行すればそれで良いと、私は思っている。

 そんな私が急きょ決められたチームの代表に選出されてしまったのだ。

 これまでチームを代表する立場になったことはない。仲間をまとめたり、結束力を謳って檄を飛ばしたりするのは私のスタイルではない。

 そもそもそんなことは時間の無駄だと思っている。だからいつもは輪の端で自分がなすべきことだけを淡々とこなしてきた。これからもそうしていくつもりだった。

 私は仮初のチームメートの顔を見渡す。

 チームメートは期待や不安、疑念など様々な感情を持って私を見つめている。その視線を受け止めて私の悪い癖がうずき出した。

 負けたくない。馬鹿にされたくない。

 私は唇をキュッと結んでチームメートの視線を背に受ながら静かに登壇した。

 他のチームの代表者も動き出している。私は他の代表者を横目で観察しつつ、自分に出された課題を確認した。

 私はしばし目を閉じて、出された課題を遂行するためのイメージを思い描く。そしてそれを頭の中で繰り返しシミュレーションをしながらチームメートに背を向けて仁王立ちをした。

 他のチームの代表者も準備を終えたとき開始の合図が放たれる。それと同時に、私はグッとひざを曲げた。そしてそのまま右に少し移動してひざを緩める。間髪を入れず元の位置に戻ると、少しだけ膝を曲げて右へ移動。さらにひざを曲げてもう一度右へ移動する。

 そこまでの動作を終えて私はチームメートに目を向けた。

「じ!」

 叫んだのは眼鏡をかけた茶髪の男性だった。名前は憶えていない。

 私は天を仰いだ。

 首を横に振り、さらに大きな動作で先ほどの動きを繰り返す。

 諦めるわけにはいかない。「負けたくない」その想いが私を駆り立てていた。

 『も』『も』『た』『ろ』『う』の五文字をチームの仲間に伝えきるまで、私は尻で文字を書き続ける。


   おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ももたろう 悠生ゆう @yuk_7_kuy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ