寮対抗戦:前編
第53話 七道の始まり
「くっ……なぜ……なぜだ、なぜだぁぁぁ!」
私は人生最大の試練を前に、屈しかけていた。
《我輩もお手上げだ……これではもはや諦めるほかにあるまい……》
透明化したイヴは、そう匙を投げる。
「クソ、くそぉぉぉぉ!」
私の絶叫が部屋中に響く。
「……あの、試験中はもう少し静かにしてください、フーカさん」
試験監督のクリン先生に注意された。
「……これ、免除になりませんか?虚空塔止めたんだし」
教室で一人居残り授業と試験に苦しめられる日々。
「それとこれとは話が別です。大体、止めたのはあの正体不明のお爺さんでしょう?」
先ず、文字が読めない。かろうじて覚えた単語ではどうにもならない。
「ほら、あの人私のお爺ちゃんですし!」
「何言ってるんですか……貴女のお爺様にお会いした事もありますが、あのような筋骨隆々な方ではありませんでしたよ?むしろ……生きてるのが不思議なくらいお年を召されていたような……」
「えぇ……?」
《クハハッ!とうとうバレたな、哀れな奴よ》
どゆこと?
《あの筋肉の塊は全盛期の姿で、本来のものではないという事だ》
……というと、もしかしてマヌ爺って、初代になっちゃったキン肉星の大王とか、アンチの方が詳しい漫画の正義の象徴みたいに、ムキムキなのは本来の格好じゃない….…?
《ああ。いくら英雄とは言え、現世の生き物でない"アレ"が天界から降るというのは、相当に無茶な事だからな、身分を隠すなら年齢相応の姿に戻るだろうな》
……じゃあ、私がここにいるのもわりと無茶してる事になるんじゃないの?
《自分でも気がついているのではないか?我輩が補助してはいたが、魔力だけで復活できたのだぞ?そんな人間がいてたまるか》
我思う、我は人なり、故に人なり。
「あのー、フーカさん?手が止まってますが?」
こうなったら奥の手だ。
「……よし、大丈夫です。終わりました、それじゃあ!」
"適当"に書いて脱出だ。この手に限る。
答案を裏返して席を立つ。
「あら、何だかんだ言ってちゃんとやってたのですね」
「それじゃ、また明日!」
教室から走って逃げる。
《……良いのか?》
大丈夫、解読するのに時間がかかるから。
──全部日本語で書いておいたから。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「こらぁぁ!!フーカさーん!古代語で書かないようにと言いましたよねぇ!!」
遥か遠くから咎めるような声が聞こえるけど無視だ、無視。早く逃げないと荊で拘束されかねない。
「これから大事な用事がありますのでー!」
別に何にもないけども。
寮まで逃げればアカーシャに頂上まで運んでもらえるっ!
中庭へ抜けて全力疾走。魔術が使えないのが不便でならない。
《……む……こう言う時は止めた方が良いのだろうか……?先に文字を勉強させない教師を責めるべきなのか……?》
悩める保護者か。頑張れイヴ。
後は廊下を曲がれば寮前の広場まで一直線だ、今回は間違いなく撒ける!
《お前自身の事だぞ?いや……やはり文字を勉強した方が良──止まれッ!》
「え?ちょっ!」
イヴが首根っこを掴んで無理矢理止める。
そのまま私を咥えて飛び上がると、足元に深紫色の炎が燃え上がった。
「……ほう、流石流石、これを避けるか」
私の前で尊大に手を叩いていたのは、浅黒い肌の少女だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
《これは、これは、散々バラバラにしてやったのにまだ足りないと見える。久しいな──ヴィヴァフヴァント》
「せっかくこの世に蘇ったのだ、子孫の顔を拝みに来て何が悪い?」
ニヤリと笑う少女。
「し、子孫?」
まだ知らない親戚いたんだ。この子も英雄とかいう感じなのかな。
《貴様の遠い先祖だが、英雄ではない。あの筋肉爺さんの更に爺さんの舅、驕り高ぶった挙句に自分の事を神と勘違いし、我輩に滅ぼされた者だ》
舅ってこのなりで男?
ていうか、それって殆ど他人じゃないかな?
《そうともいうな》
「カカカッ!驕りとはな!同じく闇の存在であるお主には言われたくないのぉ!しかし子孫の使い魔をしておるとは、やはり我が子孫に滅ぼされたか!愉快愉快!」
《フン、関係あるまい。こやつの中身は別物だ。それが分からぬお前でもあるまい?》
「……どれ、儂の子孫はどの程度の闇の素養を……」
大きな目が深紫色に輝く。
「あの……それで何の用なの?」
歩み寄ってジロジロと見て来る。
「………うわぁ、なんじゃこれ、もう闇に堕ちておるわ……この歳で?最近の若者はそんなに辛いことがあるのか…….?」
少女はドン引きした顔でスゥーっと下がっていった。
「うわぁって何、子孫なんでしょ!?そんな言い方ある!?」
酷くない?しかも何、闇に落ちてるって、私、闇落ちした記憶無いよ!?
白髪にも、褐色にもなってないし、心の闇の存在にも負けてないし!
《お前、闇をなんだと思っておるのだ……》
「う、うむ。では術の程度を見ようかの!それ程の闇、さぞや優れた魔術師と見た!さあ!何処からでもかかってくるがよいぞ!お主の闇のを見せてみい!」
「え、あの……その、申し訳ないんだけどさ。私」
使えないんだよなぁ、何も。
「カカカッ気にすることはない、小娘の魔術程度──」
《こやつ、今は魔法も魔術は使えぬし、なんなら普通の魔術でも記憶を消費して暴発するぞ》
イヴが口を挟む。たまには役に立つ発言もしてくれるんだね。
「ほう、書板に手を加えられるのか。儂ですらやらんかったことを、流石儂の子孫じゃな!」
関心するように目を細める。
《恐らく、その使い過ぎだろうな、まるで魔術が発動せん、全くどうしようもない奴よ》
「書板の修正力か?いや、これは……うむ、わかったぞ」
《我輩に分からんことがわかるとでも?》
「ねぇ、何話してるの?もう帰っていい?」
完全に私の蚊帳の外なんだけど、老人会は好きにしてていいけど、ここにいたらクリン先生に捕まるから帰りたい。
「年寄りの話は、しっかり聞くものだぞ?魔術を使えん理由がわかったと言っておるのじゃ」
「え!ほんと!凄いね!ヴィヴァちゃん!」
「ヴィヴァちゃん……!?どうしよう糞蜥蜴、儂こんな気持ちは初めてじゃ!光界隈に復帰しようかの……あぁ、でも闇は最高なんじゃがなぁ」
どんだけ闇が好きなんだよこの人。闇の探求者かよ。
《至極どうでもいい、さっさと続きを話せ》
「さてと、フーカ・フェリドゥーン。お主が魔術を使えんのは、それは……7体の魔王を蘇らせたからじゃ!」
「はい?」
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