第41話 残像


「『やはり天に連なる者か』」


 腕を組んで珍しがるフーカは、宙に立つ。


「起きなさい!《竜族の具足!》」


《戦いは無益……ってそこにいるのは悪竜?久しぶりだなぁ、よし、ちょっと本気出すか》


 異形の鎧の目が開き、レモナの身体を覆って行く。


「変……身……!!《侵食……完了》」


 異形の鎧はレモナの全身を覆い、金色の粒子を放出し始めた。


「『この真剣な場面でッ!!』」


 黒い氷塊が放たれる。


「《鎧袖、一触!》」


 しかし、真っ直ぐぶち破ったレモナが今度こそフーカを打ち据え、吹き飛ばす。


「『ぐぉぉッ!?何故だ!?』」


 ふらつくフーカ。


「《これが愛の鞭よ!!》」


 堂々と意味不明なレモナ。


「『何故そこで愛!?』」


「《殴れば私も拳が痛い、殴られた貴女よりもぉぉ!だからぁぁぁ!》」


 レモナは拳を大きく振りかぶり、接近する。


「『嘘をつけェェェ!』」


 もはや魔法や魔術ではなく、拳で応戦するフーカ。


「《私の土俵に上がったなぁぁぁ!!》」


 しかし、かかった、とばかりに蹴りを放つレモナ。


「『ぐぅぅっ!!汚い!汚いぞ!』」


 フーカは呻きを上げ、腹を抑えた。


「《拳闘に綺麗も汚いも、ないわ!そこにあるは、勝敗のみ!》」


 構え直し、見得を切るレモナ。


「あれが、レモナさん……?」


《れ、レモナってこんなに強かったんだ……》


 ミケと私は驚くばかり。


 ただのアホの子だと思ってた……。


「……腐っても序列戦第4位だからな……」


 ネーデルは、何かを砕きながら呟く。


 彼が13位だったって事は、その数倍は強いって事だろうか。


 ……入学して間もないのに、一体いつ4位になったんだろう……?


「《さあ、"お話"を続けましょう!》」


「『こんな物語があってたまるかよ!』」


 影の魔力光を纏った拳を振るうフーカ。


「《そっちじゃないわ!》」


 しかし、拳はレモナの残像をすり抜ける。


「『何……!?』」


「《目が良すぎるのも損ね!》」


 背後に転移したレモナが、踵落としを決める。


「『ぐぁぁぁああ!!』」


 強かに打ち付けられたフーカは、訳もわからず落下していった。


 そう、レモナの姿は確かに、フーカの攻撃した場所にあったのだ。


「なんだアレは、僕の記憶にないぞ……!?」


 《頑張って解説のネーデルさん、推測でもいいからなんか言って》


「任意の転移……僕の領域と似ているが、自分の制御下でもない空間で……?いや、魔力化して再構成しているのか……?」


《……難しくてわかりません》


「魔族の本体は魔力らしいです、レモナさんが似た状態なら、魔術を発生させるように、魔力だけが転移して、そこで体を作り直してる……という意味では?」


 翻訳してくれるミケ、しかし。


「………」


 無反応のネーデル。


「あ、あれ……?違いました?」


《いや……多分ミケの事、認識できてない》


「……ミケ君!?ここにいるのか!?」


「僕は最初からいましたよ!」


「……! すまない気がつかなかった」


 今更ミケに気がついた様子のネーデル。


「魔族のように……魔力が本体と考えれば魔力になって移動できる、という事ですよね?」


 モモが同じように確認する。


「そういう事だ……信じがたい事だが」


「《そんな難しい事してたのね私!》」


《わっ》

 

 金色の残像を残して転移してきたレモナ。


「あらー、きれーねー」


 寝転がったままのアリシアは寝ぼけたようなことを言う。


「《それほどでも--》」


 シャコンと、頭部の仮面が開き、髪がたなびき、黄金の粒子が風に舞う。


 その間隙。


「『--魔法を使わず転移をか、だがそんな小細工』」


 紫色の粒子、そして紫電が見えると同時に、転移して来たフーカが、レモナを気絶させていた。


「『千の魔術たる我輩には能わ--』」


「--そうでしょうか」


 モモは懐から黒い杖を取り出し、無詠唱でフーカの足元ごと、凍結させる。


「『黒鉄の杖!?まだ持っていたのか!』」


「……私が……山ほど持って……帰ったのを忘れたんですか?」


 足先から更にフーカを凍らせていく、モモ。


「『欠けた分の記憶かっ!だけど、そんな物で』」


「山ほどあるって……いいましたよね?」


 モモが鞄から取り出したのは真っ黒な筒、否。大量の黒鉄の杖が束ねられた一つの兵器。


「『そ、それはやり過ぎじゃ!』」


「やりすぎたのは、貴女です、フーカさん、甘んじて……罰を受けなさい」


 同時に放たれた凍結の魔術が、フーカの動きを完全に封じて行く。


「『ええい!この程度、簡単な詠唱で!!』」


「《静寂の守り手よ……その者の声を奪え》」


 モモの掌から舞う蝶の群れが、フーカを飲み込んで通り過ぎ、辺りを飛び回る。


「『……………!!』」


 詠唱は音に成らず、空気がただ抜けるのみ。


「メルセンさんからの贈り物です、ご堪能下さい」


「『……』」


 紫色の残像を残し、モモの前に転移し、パンっ、と音を立てて手を合わせた。


「ひっ……!」


 怯んだモモは反射的に集中を切ってしまい、蝶は消えていった。


「詠唱もなく《魔術の無効化》だと!?」


 驚いてばかりのネーデル。


「『……貴様らにはわかるまい』」


「はは……本当にフーカさん、なんですね」


 モモは確信したような顔をしていた。


「『少し寝て--』」


 フーカの指先に紫炎が灯る。


「《擬似領域:無名騎盤!》」


 ネーデルはモモと自分の位置を入れ替え、続けて詠唱した。


「《土塊よ!》」


 土の壁が生成されるが、容易く砕かれる。


「『邪魔を!』」


「取り柄が無くてね!《無名騎盤!》」


 何かを投げ、アリシアと入れ替わるネーデル。


「《--王の炎よ!心器権限:厄災の枝!》」


 ネーデルが投げた何かをつかみ、心器を振るうアリシア。


「『貴様ら何故魔力を!』」


 転移して逃げるフーカ。


「これのおかげー」


 アリシアの手には黒鉄の杖が握られていた。


「逃がさぬぞー《炎弾を放て!》」


「『面倒なものをっ!』」


 黒い濁流が現れ、炎を防ぎ、その水流は止まる事なく、此方へ襲い来る。


「《氷霊よ!凍結させよ!》」


 モモの魔術でそれらは凍りつき、停止した。


「『……邪魔しないで、私の相手はみんなじゃない』」


 フーカが掌を空へ向ける。


 日蝕のような影が更に巨大になり、空の闇は一切の光ない黒へと塗り替えられる。


「『そこでじっとしていろ!』」


「ぐっ……」


 ミケと私以外は、地に伏し、押さえつけられるように動きを止めた。


「『任せていれば、何の問題もなく終わるの、大人しく見ててよ!』」



◆◇◆◆◆◆◇◆



 暗黒を背に立つフーカ。


「『さあ、今度こそ、私の記憶を返してもらうよ、偽物』」


 杖の先を私達へ向ける。


《好きにしなよ……でもさ》


 これでおしまいか。


「デュラハンさん……?」


 ミケの声が聞こえた。


《元は同じだったのかもしれない。でも今残ってる記憶の殆どは、この塔の中の事、他の誰のものではない、"私"の記憶》


 立ち上がる。


「『構いやしない、魔力に変換されている分から充分に再生できる』」


《私は主人公じゃあ、ないからね。都合よく勝てるなんて思っちゃいない》


 まっすぐフーカを見る。


「『ならば、早くその身を差し出せ』」


《それでも、渡したくないものは、渡したくないんだよ》



◆◇◆◆◆◆◆◆



 全身の魔力を集中させる。


「デュラハンさん!ダメです!」


「『何を……』」


 簡単な事だ。できる事は同じなんだから。


『この街にこんな空は似合わない』


 真っ黒な空が快晴の青空へ変わる。


「『"我輩"の補助も無しにこれほどとは』」


 素直に驚いた様子のフーカ、いやイヴ。


『三文芝居に幕を下ろそう、最終章を始めよう、奈落へ帰ろう--大根役者』


 鎧の身に紫色の粒子が舞って、それは緩やかに赤みを帯びて行き、真紅の輝きに変わる。


「『それは--』」


 全身が熱い、焼き切れるような感触。


 赤熱し、赤光を放つ我が身。


『やっぱり私は、私だからさ』


「『悪あがきを!』」


 フーカの紫炎が迫る。


『そうとも、こんなのは悪あがきで--八つ当たりだから!』


◆◆◆◆◆◆◆◆


--"鎧の身のデュラハン"は、空を駆ける。

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