第40話 絶無

 夜の闇に紫の魔力光が爆ぜる。


「え、私って強すぎ!?」


 倒れ伏した私達の前に立つ、私……私の体を使っているイヴは、手で口を覆ってそんな事を言う。


《ふざけるのも……大概に……》


「ふざけるも何も。私が、我輩が、本気を出したら、三行でこの話は終わるからね!」


 余裕綽々に、ケラケラ笑う。


 なるほど、外から見るとここまでイタいものなんだ。黒歴史を見させられている気分。


「フーカ……ちゃん……なんでこんな事……」


 ボロボロのミケの悲痛な声。


「なんでって決まってるじゃん、私の魔力を"君達"から回収する為だよ?」


 手杖をクルクルと回し、外套をはためかせ格好つける姿は、正直、イタくて見ていられない。


「君達……?」


「眷属食べちゃったでしょ?アレ、私の分身。本当ならそこの"デュラハンさん"の代わりに生徒を攻略させたりする予定だったんだけどさぁ」


《いつまで私のフリをしてるんだ、お前!》


「フリって……別の体に意識が乗り移ってるとでも思った?そんなの出来るなら、先ずここから逃げ出すだろ、常識的に考えて」


《じゃあ……お前は》


「薄まっても、私は私」


 左目を手で隠すフーカ。


「まあ、補助として"我輩"が間借りしておるがな」


 払うように手を広げると、紫色に変わった瞳が爬虫類のように縦に割れる。


《乗り移ってるやん。数秒で設定矛盾してるじゃんか……》


「説明はここまで。"悪しき魔人デュラハンとそのお供"は英雄の孫娘である私に討伐されましたとさ、来た、見た、勝った!第3部完!」


 ふざけた調子のまま、構えるフーカ。


「『さあ!即興劇を始めよう!』」



◆◇◆◆◆◆◇◆



「『台本無けりゃ、筋書きもない、あるのは照明された舞台だけ!』」


 どこからかスポットライトのような光が、私達を照らす。


「なに……これ……」


 戸惑うミケ。


「『おおっと、台詞に気を、言葉に愛を!』」


「うわぁっ!」


 ミケは突然床が跳ね上がって弾き飛ばされた。


《おっと》


 私の方へ来たので受け止める。


「あ、ありがとうございます……」


「『素晴らしい……感動的だ、だが無意味だ』」


 重力が消え、私達は空へ浮かんでいく。


「わ、あ、な、何ですかこれ!」


《やりたい放題すぎるな……》


「『さてさて、私の相手にゃ、役者不足、立てよ端役、舞台に立てても15分!』」


 暗闇から現れる影。


「お呼びとあらばァ、何とやらってなァ!」


 ニタニタとしたニコラス。


「ミケケケッ!今宵の刃は血に飢え……ん、あれ、なん……何でもないミケ!忘れるミケ!」


 急に呼び出されたように、寝癖のついたまま鏡像のミケ。


「あらー?やかんちゃんどこー?」


 既に紅蓮の剣を解放しているアリシア。


「『よろしく、ニック、キョウゾウ、アリシアさん』」


《何だそりゃ……無理ゲーやん……》


「そんな……これじゃ、為すすべも……」


 諦めかけた--その時だった。


「うぉぉぉぉ!!」


 轟音と共に地面がぶち抜かれ、"黄金の風"が吹き抜ける。


 凍えるような冷気を伴って、白銀の毛並みが駆ける。


 土塊の騎士達が砂煙と軍勢を率いて現れる。


「間に合ったようだな」


「……どっちが敵ですか?」


 土塊の馬に跨ったネーデル、巨大な秋田犬に乗ったモモ。


「私、参上!」


 そして異形の鎧を半身に纏ったレモナが、私達の前に降り立った。



◆◇◆◆◆◆◇◆



「『みんな、来てくれたんだね!そこのデュラハンと魔人を倒すの手伝ってくれない?』」


 闇の魔力光を全身から放つフーカは、当然のように言う。


「なるほどな、だいたいわかった」


 ボロボロのミケと私、ニコラス達とフーカを見比べるネーデルは、何か得心したようだ。


「ネーデルさんが正しかったですね」


 ネーデルに追従するモモ。


「『どうしたの?端役を舞台から降ろさないと、そいつら倒してよ』」


 動かないネーデル達に、首をかしげるフーカ。


「….…とりあえずー」


 ポカンとしたレモナはフーカに振り向き。


「フーカをぶっ飛ばせばいいのね!」


「『は?』」


「あぶねェ!」


 フーカの前に転移したレモナの回し蹴り、ニコラスがその間に割り込む。


「ぐぉぉぉぉ!?俺の出番がァァァ!!」


 食らったニコラスは光になって消えた。


《一撃……!?》


「す、すごい」


 私がギリギリで倒した奴を。


「邪魔しないでもらえるかしら!」


 レモナに渦巻く風が、強く周囲へ吹き付ける。


「キョウゾーはトンズラするミケ《開け、虚空の門》」


 キョウゾウと呼ばれた偽ミケは石門を召喚して飛び込む。


「『な、どこに--』」


「召喚、謝謝ミケ、でもデュラハンさんや、本物には手を出せないミケ」


「『我に従--』」


「時間切れミケ~、ギュレギュレ~」


 フーカの詠唱前に石門は閉じ、キョウゾウは何処かへ消えていった。


「あらー?ネーデル君?守護者ごっこはもういいのー?」


 状況が分かってなさそうなアリシアさんがネーデルに尋ねる。


「ああ、"遊びは"終わりだ」


「そー、じゃあ、お仕置きー?」


「ちょっとばかりキツイのをな」


「りょーかいー、てーわけでー。フーカちゃん、お仕置きだよー《砕けよ第7の戒め、黒曜の鎖よ!》」


 歩けないはずのアリシアが、ネーデルの横へ平然と移動した。


「『うわぁ、一瞬で形勢逆転とか。しかもアドルノ寮勢揃い。これじゃあ、私が悪者みたいじゃない!』」


「フーカさん。みたい、じゃなくて、悪者……ですよ?」


「『え、ちょっと、モモ!? モモは事情わかってるよねぇ!?なんで!?』」


「信じてたんですよ……?こんな酷いことする人じゃないって……!」


 泣きながら憤るモモ。


「『え、や、その、不可抗力で』」


 今だ!ここで畳みかけよう!精神攻撃は基本だ。


《あー、怖かったなぁー、死ぬかと思ったわー、ミケもいじめられて辛かったなぁー》


「は、はい、フーカちゃんにこんな酷い事されるなんて……思ってませんでした」


「『ぐ、ぐぬぅぅ!私は何も悪くないのに!私は何もやってないのに!』」


《さあ!お前の罪を数えろ!》


 流石私、いい歳してぐぬぅぅ、とか言ってんなよ。



◆◇◆◆◆◆◇◆



「『……なんて、人数が増えた程度で私に、我輩に、勝てるとでも思ってるのか?』」


 狼狽した様子から急に切り替わったように言葉を紡ぐフーカ。


「この人数相手には、奇跡でも起こさなきゃ勝てやしないわ!」


「『クハハッ!奇跡……笑わせる!』」


 フーカは背から機械のような翼を生やし、いかにも魔術師然とした三角帽子を被る。


「『お前らは六ならば、"我輩"は千を数える悪竜!たった1人で貴様らの全力を遥かに凌駕する魔力を見せてやろう!』」


「な、なんだその魔力光は!?」


 ネーデルは驚愕に眼を見張る。


 闇の魔力光だけでなく、様々な色の光が溢れ出し、ステンドグラスのように輝く。


「『水蒼、火赤、風翠、土褐、木緑、光白、闇紫 、金銀、氷青』」


 フーカは人差し指以外の指に、それぞれ魔力光を灯していく。


 暗闇に灯る9つの光。


「『そして……絶無』」


 揺らめく炎のような光は互いに混ざり、日蝕のような黒い影がフーカの人差し指にの先に浮かぶ。


「『遍く導け、虚無の光よ』」


 フーカが指差す先の空に、巨大な日蝕のような影が出現し、その場にいる生徒達の魔力を瞬時に吸収していく。


「う、動けん」


「これは……欠乏……症?」


「ありゃー……」


 崩れ落ちる生徒達、それぞれ展開している魔術も、かき消えて行く。


「だ、大丈夫ですか!?」


 倒れた彼らに駆け寄るミケ。


 私とミケだけは、動けるらしい。


「『忌々しい端役だ、貴様らに宿った魔力を返せ!』」


 フーカが腕を振るうと、黒い魔力の奔流が私達へ向かって流れてきた。


 流石私、主人公なだけはあるわ、黒いのとか使っちゃって、こんなの勝てるわけないじゃん。


「--端役ですって?」


 黄金の光、威風堂々と佇むその姿は、黒い奔流を正面から防いでいた。


「言ってくれるわね!」


 影を振り払ったレモナは、腰を落として構えた。


「ミケも……えっとそこの……まあいいわ!後は任せなさい!」


 レモナが、ここまで頼もしく思えたことは初めてだった。

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