虚空塔事変中編

第12話 アスフィア・リンドブルム・デール・ウルファ・シムクロティ・サドル

「わかったぞ!」


 サドルは突然そう言って立ち止まる。

触手から逃れた彼らは迷宮を進んでいた。


「なにがですぅ?」


 取り巻きの少女、ハルシィがサドルの顔を覗き込む。


「この迷宮の攻略法だ!」


「流石ですわぁ!」


 もう片方の取り巻き、マルスィがサドルをいつも通り賞賛する。


「良いか、よく聞け!"壁に手を当てて壁を伝って行くのだ"時間は掛かるが迷う事はない!」


「すごいですぅ!」


「なるほどですわぁ!」


 取り敢えず褒めてみたが、少女達はどうやったら出口へ辿り着くのかは分かっていなかった。


 ハルシィはマルスィの顔を見る。


 姉のしたり顔。

おそらく理解しているのだろうと思い頷いた。


 妹の頷き。

それを見た姉のマルスィはおそらく妹は理解しているのだろうと信じた。


 そうして彼女達は考える事を放棄した。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 冗談かと思った。


 同じ場所をずっと回ってる映像が生中継だったからだ。


 あの子達は何してるんだろ。


《わからぬ、壁を伝って回っているが何なのだろうか》


 古典的な攻略法だけど……でも壁途切れてたら駄目やんそれ


「人族はここまで愚かになったのですか?」


(元)肉塊ちゃんが死んだ魚のような目で言う。


「いや、彼らだけだと思うよ、うん。子供達だし、まあ、大目に見てあげよう」


「あのような者共は守護者にはできません、即刻排除しましょう」


「い、いや、もう少し様子を見てみよう。何事も慎重さが大事だ」


「わかりました……冷静、慎重……」


《本当にわかっておると良いな》


 不穏なこと言わないでよ、フラグになったらどーする。


「別にそのままの意味だからね、他意なんてないから、どう連絡するつもりだったか教えてくれるかな?」


「はい、わかっております、冷静に慎重に始末……」


「うん、聞いてないね」


「ち、違いましたか……?」


 上目遣いで首をかしげる肉塊ちゃん。

ネバネバの眷属達と全く同じ所作。

しかし、今は薄紫色の髪の幼女。

これは……。


「くっ……!!」


 何だこいつ、本当に元は肉塊なのか?

なんだこの保護欲は……?


「ね、ね、肉塊ちゃん、ちょっとこっちおいで?」


「は、はい」


 トテトテと寄ってきた肉塊ちゃんを捕まえる


「ひゃっ!クドゥリューさま、な、なんです、かっ」


「暫く辛抱、必要な事なの、私の魔力を高めるのに必要なのっ!」


「な、なるほど……?」


「ぐへへ、曲解した罰だぞー、ほれほれー」


 人間の体だからできる、くすぐりの刑だ。


「ふ、ふへっ、ふふ、」


 あまり笑わない肉塊が微妙に笑った。


《何をやっとるんだ!この馬鹿者!》


 頭を引っ叩かれた。


 ああ!私の絶対時間えんぺらーたいむは失われた!


《何が絶対時間だ!遊んでいる暇があるなら少しでも早く脱出できるように考えんかっ!》


 いいじゃん、どうせ迷宮には手を加えられないんだしさぁ。



◆◆◆◆◆◆◆◆




「疲れたですぅ、いつ次の部屋に着くのですぅ?」


「気のせいでしょうか、同じところを回っているような気がしますわ」


「よく気がついたな」


「えっ」


「あえて、同じ場所を回っている」


「なぜですぅ?」


「考えてみるがいい」


「わかりませんわ……」


「ではお前らがわかるまでそのまま回り続けよう」


「同じ場所を回るのに何の意味が……」


「サドル様のお心は難解ですぅ」


 そして少年少女は迷宮を同じルートで回り続けた。


「そろそろわかっただろう?」


「ええ、わかりましたわぁ!」


「どういうことですぅ?シィにも教えて欲しいですぅ!」


「《魔力感知》ですわ!」


「……"こんな"場所じゃ光り過ぎて見えないですぅ」


「サドル様はここを中心に魔力光を放ってこの階層の形状を測定していたのですわ!」


「……そうだ。この迷宮の壁は強い魔力光を帯びている。それこそ僕の魔力を通さないほどに。そして--」


「《水精よ、水球を放て》」


 放たれた魔術は壁にぶつかると、弾かれ跳ね返って来た。


「『除湿』」


 サドルは淀みなく水を消した。


「魔術、魔力に対して強い抵抗を示す。つまり、確かに俺たちには"光り過ぎて"見えないだろう、だが別の感覚なら--」


「お任せですわぁ!」


 マルスィが帽子を取って獣の耳を欹てた。帽子に隠されていた羊のような角が露わになる。


「スィは耳が四つもあって便利ですぅ」


「シィには翼がありますわ」


「さて、魔力の反響は"聞けた"か?スィ?」


「勿論ですわぁ!……ここには沢山魔物がおりますのね!」


「……ああ、そうだろう。……ん?魔物?」


「そうですわぁ!魔力光を辿ってこちらへ真っ直ぐに!」


「…………そうか」


 極めて冷静に努めながらサドルは思考を巡らす。


「なるほどですぅ!出口を探しながら魔物達を集めて一網打尽ですぅ!」


 ハルシィが勝手に合点する。


「そうだ!このアスフィア・リンドブルム・デール・ウルファ・シムクロティ・サドルはこの迷宮の魔物をまとめて倒し、かつ出口を探す策を打ったのだ!」


 嘘である。

彼は壁を辿れば先に進めるだろうとしか考えていなかった。


 マルスィが魔力感知と言った瞬間に思い付き、全力で魔力光を放っただけだ。


「流石サドル様ですぅ!一石二鳥とはまさにこの事ですぅ!」


「流石ですわぁ!」


「………して、こちらへ向かっている魔物の数は?」


「300ですわ!」


「それは本当か?」


 30の間違いと思いたかったサドル。


「この迷路の中にいた魔物が全てこちらへ向かっております!でもサドル様なら一捻りですわぁ!」


「…………よし!走るぞ!」


 まさか自分たちの位置が特定されるとは思いもしていなかったのだ。


「突撃ですぅ?行くですぅ!」


「どこまでもついていきますわぁ!」


 陽気な娘達はサドルの焦りには全く気がつかない。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「ねぇ、また殲滅指令とかだした?」


「へっ、いっえ、そんっなことっ……」


「じゃあ何であの階層にいる魔物がみんなあの子達の方に向かってるの?」


「さあっ、わかりませっん」


《あやつら雑な魔力感知をしおったわ》


 魔力感知?何で自分の位置がバレるの?


《馬鹿正直に魔力光なんぞ放てば大声で叫んでいるのと大差ない。人族以外は目以外でも魔力を感じる事ができるのだから》


 なるほど、だいたいわかった。


《人族にはわかりにくいものだ》


「抹殺しますか?」


「うん、ダメ。生かすように、勿論五体満足で」


「何故ですか?」


「利用価値がある。突入した生徒達は泳がしておいて」


 奴らの様子だと正直上まで来れそうにはないし、だったら迷宮をテストプレイさせて問題点を洗い出す方がいい。


 やはり天才だったか、私。


《起こったことに都合よく説明をつけているだけだろうが》


研究者や批評家というのはそういうものでは?


《先人に謝れ》



◆◆◆◆◆◆◆◆



「この僕に続け!」


 サドルは反転して走り出したが、その先にも肉塊のような魔物が大勢待っていた。


「くっ、もう来たか! 」


 円形に通路が繋がっていたのだから当然である。


「言わなくても最短距離なんて流石ですわぁ!」


「……ああ!そうだとも!」


 逃げるつもりしかなかったが諦めて抗戦する事に決めた。


「行きますわぁ!」


 マルスィの手から伸びる蔦が迫る肉塊を縛り、そのまま振り回す。


 しかし、いくら薙ぎ払っても魔物は次々に襲いくる。


「くっ、数が多いですわぁ」


「狭いから気をつけろ!」


「ならシィの出番ですぅ!《真に恐るべきものが誰なのか教えよう!》」


 暗い迷路の中に煌々と炎が燃える。


「こんなトコで火を使っていいのか?」


「燃えるのは罪深い者だけですぅ!」


「ところで、魔物に罪ってあるのか?」


「……さぁ?知らないですぅ」


 燃え盛る炎を身に受ける魔物達は最初こそ後ずさっていたが、効果が無い事に気がつくと、そのまま進んできた。


「シィ! 全然効いてませんわ!」


「無罪だったみたいですぅ」


「でもサドル様なら何とかしてくれますわぁ!」


「ふん、仕方ないな!僕に任せろ!」


 魔物達へ向かって駆けるサドル。


「出ますわぁ!サドル様の真骨頂!」


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「す、すごい気合いですぅ!」


「ぉぉぉぉぉ!!」


 そして魔物の群れに向かって拳を突き出すと、凄まじい魔力の波動が通路に吹き荒れた。


 魔物達は身構え、固まる。


「……フッ、決まったな」


「出ましたわぁ!サドル様の必殺覇王拳!」


「いつもながら凄い迫力ですぅ」


 魔物達は何が起きたのか理解できなかった。


「……よし、勝ったな」


「完全にサドル様の勝ちですぅ」


「これは勝ちですわね」


 彼らは戦いが終わったように颯爽と歩いていくが、自分達には傷ひとつないからだ。


「それにしてもサドル様はすごいですぅ、既に死んでいる事すら気が付かせない攻撃なんて」


「流石ですわぁ!」


 魔物達はどう対応したら良いのか分からなかった。


 なんと自分達は死んでいる事に気が付いていないらしい。


 確かに物凄い魔力の波動も感じた。


 人族にはそういう魔術もあるのだろうか。では、今思考している自分達は一体何者という事になるのか。だが、それを確かめる術はない。しかしそれを言い出せばそもそも我々が"生きている"とは一体なんであろうか。


 真剣に悩んだ魔物達は、混乱のあまり、死を受け入れたり、撤退したりした。


 多数の魔物を一瞬で倒せる相手では力にならないと判断したのだ。


「ふん、他愛なし」


 サドルが放ったのは単なる魔術にすらなっていない魔力の波だった、こけおどしである。


 だが、彼はその拳に必殺の威力があると思い込んでいた。自分で何を放っているのか分かっていないからだ。


 幸か不幸か、現にそれを裏付けるように魔物は去っているので、彼の空想はより強化された。


「流石サドル様ですわぁ!」


「かっこいいですぅ!」


「全てを解決してみせよう、何故ならばこの僕がアスフィア・リンドブルム・デール・ウルファ・シムクロティ・サドルなのだから!」

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