第16話 敵は巨大化するもの

 噛み付いてきた蜥蜴達は服を噛んで持ち上げるだけで、私を傷つけはしませんでした。

そのまま私を運んで行きます。

視界の端に蜥蜴の波の上で運ばれているルルが見えました。


 一体どう言う事なのでしょうか?

あの大きな蜥蜴の所まで運ぶのでしょうか。

でももうどうでもいい事ですね。

どう足掻いたところでここで人生は終わってしまったのですから。


「モモっ!良かった!無事だったんだな!」


--終わりませんでした。

訳のわからない事続きで頭が混乱してます。

目の前の光景が信じられません。


「え、あ、はい…」


 私の目の前にいるのは牢屋の中で干からびていた筈のフーカさんで。

運び出された先は悪夢のような屋敷の外でした。


 フーカさんは何やら服が茶色の絵の具でも被ったように汚れていますが、それ以外は健康そうな様子です。

全くの無傷とは言えませんが、私の知っている姿です。


「な、なんで、生きて…う、いぎでだっ、ふーがざんっ」


よくわかりません。

泣いてなんかいません。


「どうしたんだ?誰に泣かされたんだ?よし、私がそいつを倒してやるっ」


意気込んでますけど、自分じゃ自分を倒せませんよ。


「よがった、あえだ!」


 フーカさんが何処かに行かないように捕まえます。

あくまでも何処かに行かないようにです。


「おーよしよし、そんなに私に会えたのが嬉しかったかぁーああ〜嬉しくなっちゃうぞおじさん、よーしお布団を敷こうか!」


「ひぃっ!!」


 何故か悪寒が全身を駆け巡りました。

まるで悍ましい何かに抱きしめられているような感覚になったからです。


「あ、いや、ちがうからね!感覚的な話であって!」


「……よかった」


「なんでモモがここにいるの?あとはレモナだけど…どこにいるのかわかる?」


「あ……」


そうです、置き去りにしたレモナさんはどうなったのでしょうか。

レモナさんのことだから無事だとは思いますけど……


「多分まだ、この建物の中にいると思います」


「そっかー、じゃあまた"探してきて"貰わないとなぁ」


 もう何でここに来たのか何て思い出せません。

考えるのも嫌です。探してきて貰う?誰に?


フーカさんの口からよく分からない音が出るのを聞きました。


《◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎》


そして私の後ろから蜥蜴がやって来て同じような音を出します。


《◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎》


「ひっ!」


「驚かないで、モモには何もしてこないから」


「もしかして、その蜥蜴さんたちはフーカさんが?」


「え、ああ、そうだね」


 という事はこの惨劇を作り出したのも殆どこの人なのでは?

魔術無効化を使えるのですから召喚術なんて……いえ、やめておきましょう。


 元を辿ればあのおじさん達は私たちを捕まえようとしてましたし、やってた事は非道な事でしたから。

……今は無事にここから帰れる事を喜びましょう。


「あの、今までどこに…」


「これが話し始めるとながく--」


話し始めた私達の後ろで凄まじい轟音が響きました。激しい光が迫ってくるのが見えます。


「わっわっ…」


「捕まってモモ!ねえ!盾とかないの!?」


「任せてくれ!」


何とかフーカさんの袖に捕まります。

側でずっと黙っていた人が、何か詠唱しています。


「《地竜よ-その強靭なる盾を》!」


実物を見たのは初めてです。

竜級の盾魔術です。

見た目は小さいですが、きっと蜥蜴の群れをふくむ私達を守ってくれるでしょう。


--というか"竜"級の魔術師!?

なんでそんな人がこんな所に?

それにフーカさんの従者みたいになってません!?


そんな事よりも、竜級の魔術すら揺るがす衝撃で焦りの方が大きくなりました。


「大丈夫か!?そんな盾で!」


フーカさんは若干馬鹿にしたような口調で話しかけています。

竜級で大丈夫じゃないなら何が大丈夫なんですか!


「大丈夫だ問題ない!」


 すごい笑顔ですが、信じきれない私がいます。

フーカさんの方が信じられるかと言われると怪しいですけども。


「うぉぉぉぉぉぉ…」


--そして光は収まりました。

私達は無事です、無事ですが…はたしてこれを無事と言っていいのでしょうか…?



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ご覧ください、あの使いにくそうな屋敷もいまや完全にフラットな平面。スーパーなフラットへ。


完璧な整地です。やたらと入り組んでいた通路も、湿気の篭った部屋も、今では涼しげな風が吹いています。


 そしてその上に匠の技が光ります。敷地を覆い尽くす巨大な影、これは一体なんでしょうか?

そう、これは巨大化した大蜥蜴が光を遮っているのです、どうでしょうかこの変化。


レモナはどうしたんだろ。

やばくね?むりちゃずけ?

巨大化怪獣ってなんやねん、作品違うよ。

公害とかそんな謎のメッセージ性を求めてない。


「光の戦士が欲しい、ウルトラなやつ」


《光の戦士とやらは知らんが、手助けが必要か?小娘》


やっと起きたのか!

私を助けないと消える呪いはどうした!?


《フン、何も知らん小娘はいい気なものだ》


主人公だからね、なんせ異世界転生ファンタジー物!

無双しなきゃいみないだろぉ?


《人生を物語のように言うのは、やめた方がいいぞ?少なくとも我々は自らの生の主役だが、世界の中心では無いのだからな》


勝手に言ってなさい、誰がなんと言おうと私は主人公なんだっ。


《まあ、いずれ訂正する時が来るだろう。さて、見ろ、このデカブツ、中にあの娘の魔力光が見えるだろう?》


 イヴが勝手に目を繋げたらしい。

怪獣と化した大蜥蜴の腹のなかにレモナの魔力光が見える。


《眷属殿!イヴァルアス様の気配を感じますが!いずこに!》


《ここにいるけど》


《何だ貴様ら、"地を這う者"が我輩に何の用だ?》


《我々はデジュラトでございます、いえ、デジュラトでありました》


《そのような貧弱な姿であったか?我輩の記憶とは程遠い》


《封印が解かれたのはつい先程、我々も困惑しております。して、なぜ人の形をした者を眷属に?》


《……逆だ》


《まさか!》


《我輩がこの者の眷属にされておる。もし貴様らが真実、デジュラトだとして、従うべきはこの娘だと言うことだ》


《なんと……ではあの後……》


《いずれ全て語ろう。今の我輩は単なる使い魔に過ぎん。行くぞ》


イヴは私を掴んで大蜥蜴の前まで飛翔する。


いきなり何すんじゃ!びっくりするじゃん!


《いきなりも何もあるまい。レモナを連れて帰るのだろう?ならばこいつを片付けなければな》


そりゃそうだけどさ、どうやって?

まさか口の中から入って腹から出るなんて言わないよな?


《そんなまどろっこしい手は使わん。正面から倒す》


私は下手に魔術使えば記憶なくなるし、そっちの魔法は殆どダメなんでしょ?


《"今"は気にする必要がない。お前から無理やり引き出す必要もない。誰かが"拾い食い"してくれたおかげでな》


……信じていいんだね?私はどうすればいい?


《想像しうる中で最強の存在を思い描け、あのハリボテに魔法とは何たるかを見せつけてやるのだ》


魔術ではなく魔法か。

……いや、モチーフや発想が似通ってしまうのは言語が同じなら仕方のない事。


《何を言ってるんだお前?》


電波状況が悪かったみたい、変なのを受信してしまった。


《早くしろ、あれが暴れ出す前にな》


 想像しうる最強の存在。

光の巨人?でもそんなのは無粋。

他の星からやってきて平和を守るなんて何様。


というか私の知っているリアルな化け物は一つくらいしかない。


《決まったのならその名を叫べ!》


クジラとゴリラを混ぜたやつよりよっぽど適任だ。

イメージを込めて叫ぶ。


『来い!イヴァルアァァァス!』


 自分の中から黒々とした魔力の流れがイヴに流れ込んで行く。


 やっぱり私の魔力光は黒か……ピンクとかよりはいいか、流石にこの歳で……今はいいのか。


《クハハッ!そうきたか!いいだろう!この悪竜イヴァルアスの真の姿を再び貴様に見せてやるとしよう》


 イヴは魔力に包まれ、黒い魔力の塊のようになり、私を置き去りにして、何処かへ飛び出し、突如として消える。


「置いてくなぁぁぁぁ」


何も起こらない。

なんで進化しないのとか騒いだ方がいいかな?

腹を貫かれるのは嫌だけど。

……失敗した?この流れで?


 浮力を失った体はどんどん速度を増して地面へと向かっていく。

なんか落ちてばかりだな私。

魔法使いなら、浮かぶ程度の能力は欲しかったな。

まあもう遅いかもしれないけど。


《貴様に翼は必要あるまい!》


 落下する私を巨大な何かが受け止める。

それは空間に走った亀裂から伸びた腕だった。


空間に空いた隙間をこじ開けるようにしてその姿は現れた。


 空を割いて現れし異形。

地下街の暗黒に覆い隠さんばかりのその黒翼。

眩い闇の魔力光を宿し、燃え上がるようなその双眸。いつか私が、見た強大な力そのもの。


《クハハハッ!ここに翼はあるからだ!》


私がこの世界で一番最初に見た化物がそこに立っていた。

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