第17話 イヴァルアスvsメガリザード! 〜地底湖の決戦〜

 竜は境界を押し開いて現れ、ハリボテのような巨大蜥蜴と相対する。

その威風堂々たる姿こそ、三頭六眼の黒竜、悪竜イヴァルアス。悪名高き伝説の存在。


 私は多くの方は知ってはいない。

だけども今、目の前のデカブツを倒しうるような存在は他に考えつかなかった。


《さあ、この馬鹿騒ぎもおしまいの時間だ》


 もっと大きな存在、力のあるものは想像できるかもしれない。

でも私が"本当に"見た事があるのはこいつだけだ。


「やっちゃえイヴァルアス!」


《クハハハ!よかろう!『我が声に従え、迷宮を満たす水よ!』》


 イヴァルアスを見た大蜥蜴は緩慢な動きで襲い掛かるが、湖から噴出された水流に絡め取られる。


《獲物を無駄に甚振るのは趣味ではないのでな!早々にご退場願おう!『穿て、水よ!』》


 螺旋を描いて殺到する水が大蜥蜴の腹を貫く。

やったな、いくらファンタジー生命体とは言え、あんな一撃を食らえばひとたまりもないだろう。

あっけないものだ。


 大蜥蜴の腹に穿たれた穴から、凄まじい量の液体が溢れていく。

魔力光は濁り、色は判別できないような状態。

強いて色で表現するならあれは……黒とでも言ったら良いんだろうか。


《所詮は張り子よ、真なる竜たる我輩に掛かれば…何ッ!》


 イヴァルアスはほんの少し後ろに下がった。

立ち尽くしていた筈の大蜥蜴が腹から液体を垂らしながらも、動き始めたからだ。


 まるで目覚めたかのように、身体の表面に目があらわれ、ギョロギョロと蠢く。


 そして自身を縛り付けていた、紫色の魔力を帯びた水が大蜥蜴の体に染み込むように消えていく。

魔力光も同じように吸い込まれて行った。


 うわ気持ち悪っ、なんだこいつ。

まだ生きてるんだ……というか、魔力を吸ってるし…


 零れ落ちた液体が、映像を逆再生したように大蜥蜴の中に戻っていく。

そして腹に空いた穴は塞がっていき、元の通りになる。


 大蜥蜴の身体中の目が光を放ち、魔力光の輝きが充填されるように集まっていくのが見える。

集まりきったのか一瞬だけ光が止む。


「来るぞ!」


《身構える程でもないわッ!》


 大蜥蜴の顎門から凄まじい光線が放たれた。

イヴァルアスはそれに対して真っ正面から受け止める。

衝撃の中、私は吹き飛ばされそうになりながら、何とか腕をよじ登って背の棘の間に隠れる。


「死ぬって!そっちが大丈夫でも他の物が耐えられないでしょ!」


《クハハッ!お前は慣れろ!この街もそんなにやわではあるまい!》


「無理言わないでよっ!」


《……仕方ない》


呆れたような様子で、光線の中で右腕を突き出した。


《『開け、闇の門』》


 空間に亀裂が入り、光線がその中に吸い込まれていく。

門というより裂け目だと思うけど、まあ助かるなら何でも良い。


 大蜥蜴の光線が止む。

イヴァルアスは無傷、疲弊した様子もない。

魔力使った攻撃はこれだとお互いに千日手になりそうだ。


 生まれた隙を縫って、先に仕掛けたのは大蜥蜴の方だった。

先ほどの光線が無駄だと分かったのだろうか、突進してきたのだ。

そこには魔術も魔法も何もない。

単なる本能的な暴力だけだ。


《ほう、そういう事か。直接殴り合わないければならないか!望むところだッ!》


 重量のある突撃を真っ向から迎えるイヴァルアス。

相手の勢いに、ビクともせず、その場で大蜥蜴に摑みかかる。


《舐めるなこのハリボテがぁぁ!!》


 大蜥蜴は身をよじって、イヴァルアスよりも大きな顎で三つあるうちの一つの頭に食らいつく。


《それで、噛み付いているつもりか?噛み付くというのはこのようにやるのだぁぁ!!》


 残った二つの頭が大蜥蜴の喉元を噛みちぎる。

グラリと揺らいだ隙に、噛み付かれていた頭は抜け出し、その際におみあげとばかりに大蜥蜴の腹の肉を抉り取る。


《不味い、不味いすぎる》


食いちぎった肉片を放り投げるイヴァルアス。


《◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎!!》


 大蜥蜴は欠けた首を気にする事もなく、尚もイヴァルアスへ噛み付く。

こんどは頭ではなく首の根元を狙いに来た。

私の隠れている辺りに。


「や、やめ、くんなくんなっ!!」


 慌てて、肩から腕の上まで走って何とか逃れる。

死ぬかと思った、私はモンスターなハンターじゃないんだ、勘弁して。


 大蜥蜴は食い付いたまま、魔力を瞬時に集中させ、あの光線を放った。

衝撃が走る、だがイヴァルアスは身じろぎもしない。


 直接叩き込めばどうにかなると思ったのか?とでも言いたげな顔で軽く受ける。


《温い、温い、温いわッッ!!》


 そのまま飛び上がるイヴァルアス。

羽ばたきはゴウッと旋風を巻き起こし、尚も牙を突き立てる大蜥蜴を掴み、持ち上げていく。


「落ちるッ!もう少し気を使えぇぇ!」


街が小さく見えるまで高く飛び上がると、旋回し、地底湖に向かって急降下しはじめる。


《クハハッ!大丈夫だ!落ちないと思えば掴まっていられる!》


「うぉぉぉぉおぉお」


風を切る音が高音を通り越して暴力のように耳に響く。


 一直線に地底湖へ落下する。

小さく見えていた街はあっという間に目の前に。

街へ突っ込む寸前にイヴァルアスは地底湖へ大蜥蜴を投げ捨てた。


 大蜥蜴は地底湖に叩きつけられ、凄まじい飛沫をあげる。その飛沫は雨となって街に降り注ぐ。


 降り注ぐ雨の中、イヴァルアスは商館の跡地に悠然と降り立つ。


一撃は地を揺るがした。

食らえば何者も砕け散ったであろう一撃だった。

しかし、それを受けて尚、異形は立ち上がる。


《◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ー!!》


《依り代風情が、まだ立ち上がるかッ!よかろう!貴様のしぶとさに賞賛を送り、我輩の全力を持って消し去ろうではないかッッ!》


イヴァルアスの全身が紫光を放ち、魔力が集束していく


「魔力使っても吸われるんでしょっ!余計デカくなるだけじゃない!?」


《ならば破裂するまで注ぎ込むだけだッッ!》


 迷宮街の暗い空を覆い尽くす莫大な魔力の奔流が放たれた。


大蜥蜴もまた光線を打ち返すが、規模は遠く及ばず、光に塗りつぶされていった。


 光が収まった後、大蜥蜴がいた場所に残ったのは、蒸発し、割れて底が見える地底湖。

もちろん大蜥蜴の姿は影も形も残っていない。


《我輩こそが、"千の魔術"悪竜イヴァルアスであるッッ!!》


降りしきる雨の中、轟砲のような勝鬨は迷宮街に響き渡った。




◆◆◆◆◆◆◆◆




「フーカさん…?」


 フーカさんは何か蜥蜴さん達と話した後、イヴちゃんに掴まって飛んで行ってしまいました。


 その後の光景は訳がわかりませんでした。

街よりも大きな怪物と竜が戦いあっていました。


 たくさんの光が瞬いて、弾けて、夢でも見ているような気分でした。

地面が揺れて、雨が降って、地底湖が割れました。


 まるでおとぎ話のようでした。

フーカさんは結局、怪物をあっさりと倒してしまいました。

でも、フーカさんが乗っていた竜は三頭六眼の黒竜です。


 私でも知っています、遠い昔にフーカさんの御先祖様のフェリドゥーン様が退治した、悪い竜も同じ姿だと言う事を。

絵本や何かで見た覚えがあります。


 確かにフーカさんはあの怪物を倒したかもしれません。

……でも、怪物って一体どっちなんでしょうか。今の私にはわかりません。


 あんなおとぎ話の竜を呼んだり、悍ましい瘴気を出したり、魔術を消したりする方が、怪物なのではないかと、そんな風に思えてしまうのです。


これから先、フーカさんには注意した方がいいのかもしれませんね。


……なんて、彼女はなんか私にそれなり好意を持っているようですから、態度には出せませんけど。


「モモ〜さあ、帰ろう!」


能天気な声で私を呼ぶフーカさん。

見た目だけは、普通の女の子なんですけどね。


「うう……あれ?あいつはっ!?」


イヴちゃんに運ばれていたレモナさんは漸く目覚めました。


「フーカさんが倒しましたよ」


「何ですって!まあいいわ!子分の手柄は私の手柄でもっぐえっ」


起きた途端、イヴちゃんに落とされました、痛そうです。


所でこの人は結局何をしていたんでしょうか?

トラブルしか持ってきてないような気がしますけど。


「みんな無事でよかったじゃない!さあ!帰りましょう!」


 先に歩いていくレモナさん。

もう逸れるのは嫌なので勝手に行かないで欲しいものです。


「待ってくださいってばっ!」


私は戦利品の鞄と何本もの杖を持って、ルルと歩きます。


明日から授業だなんて信じられますか?

私はもうかなり冒険した気分です。


「今回の教訓を教えてあげようか?」


 後ろから抱きついてきたフーカさん。

まあこのくらいは許しましょう。

一応命の恩人らしいですし。


「何ですか?」


「知らない人について行かないって事〜」


「上手いこと言ったつもりですかそれ」

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