第15話セレナとカイン



お互いに交換日記を行わなくなってから1週間が過ぎた。

セレナは仕えている主人たちが朝食を食べ終わるのを部屋の隅で待っていた。

以前は、当主サミュエルと甥のカイン、そしてセスティーナがこの部屋で一緒に食事をするのだが、セスティーナが再婚によって出て行ってからは、朝食中はいつも静かだった。

ナイフやフォークを動かして黙々と食べるだけのカインを見て、セレナは彼がどんな生活をしているのかさっぱりわからなくなっていた。馬で頻繁に屋敷の外へと出かける姿を目にするので、街の友人達の元に行っているようだったが、それ以外は知らない。

これまで授業や交換日記で相手の近況を知っていたのが、授業を止めてからはカインと接する機会が少なくなったせいもある。

それよりも、今まで接する距離が近すぎたのを実感するのだった。

セレナがぼんやりしていると、食事の席ではサミュエルが口を開いた。

「今日の新聞はやけに騒がしいな」

そう言って、彼は新聞をテーブルの上に置く。

「何か街であったんですか?」

「盗賊団が捕まったらしい」

その言葉はセレナ達、給使きゅうじの耳にも届き、皆ざわつき始めた。

カインがすぐにその新聞を手に取って読む。

「盗賊団の下っ端が自衛団に捕まっただけじゃないですか。捜査はまだ続きますよ」

「それでも、危ないことは自衛団たちに任せるんだぞ。お前は、どうも危なかっしくていかん」

「すみません、育ちが悪いもので。あ、そういえば、チャリティー用のセレナのカツラと眼鏡だけど、ライナーに頼んだら、すぐに出来上がるそうですよ」

突然自分の名前を耳にして、カインを見ると、微笑んでいる彼の顔があった。

それを静かに見つめるサミュエル。そんな当主様の視線を感じていると、横にいるメイドに肘でつんつんとつつかれ横を見ると、「良かったわね」と小声で囁かれた。

「うちでチャリティーを行う分だと、人手不足だからな。セレナ、今回は君も、他のメイドと同様に扮して手伝いなさい」

サミュエルがこちらを見て言った。

突然の話に内心驚きつつも、セレナは「はい」と言って頭を下げる。

「それにしても、お前の友人は何でも作れるのだな。ライナーという名だったか」

「普段は変なものばっか作ってますけどね。セレナの変装道具を作る報酬の代わりに、この屋敷でのチャリティーを手伝いたいと言ってきたんですが、よろしいですか?」

「お前の友人が来るのは構わんが、それなりの格好で来てくれるのか?汚れた格好だと貴族から疎遠されるぞ」

「布を沢山頂ければこちら側で新しく服を作ると言ってるので、大丈夫だと思います。なので、今日はお針子の部屋失礼しますよ」

そう言って、カインは最後の紅茶を飲み切って、席を立つ。

「お、ちょっと待ってカイン。チャリティーで出品する物を出すジャンルを作ったんだ」

そう言ってサミュエルがテーブルに出した紙を、カインは見た。

「各自、よく使っている者がチャリティーで出す物を決めてくれ。簡単な場所は早く終わるからな、早めに作業に当れよ」というサミュエルの言葉の元、カインの周囲には割り当てられた表を見に、メイドたちが群がった。

「あ、そうそう。書庫の当番になった者は、整理のついでに、本の紙を喰らう虫よけに天日干しもしてくれ」

サミュエルはにこやかに言った。






結局、書庫担当にはカイン、セレナになった。

語学学習の為、よく書庫にいる二人の方が本の管理がしやすいだろうということで、使用人の多数決によって選ばれたのだ。

「セレナ、この本とこの本を頼む」

「はい」

二人は書庫で黙々と作業を行っていた。いや、はかどり過ぎていた。

カインは集中したら口数少なくなる性格だったし、セレナはというと、カインに何も言わないまま屋敷を去っていくことに罪悪感を感じて、どうしても話すのをためらってしまう。

だから、こうして二人は授業が無くなってから、久しぶりに顔を合わせて作業しているが、何か話すこともなく静かだった。

今、この部屋から聞える音はカインがパラパラと紙をめくる音のみ。

カインは梯子に登ったまま、本棚の上にある書物の一冊を手にとっては本の状態を確認している。チャリティーに出してよいか判断するためだ。

セレナが古い本の束を外に出して書庫へ戻ると、カインが「セレナ、懐かしいものが出てきたぞ!」と梯子の上から言ってきた。

「何でしょう?」

「これだよ。俺たちが初めて学習用に使った本」

カインが見せるその本は浮世絵が多く挿絵としてあり、幼かったセレナが日本文化をカインに教材用として選んだものだった。

カインもある程度日本について学ぶと、この本を手に取ることは無くなっていたが―――。

パラパラとページを進めるにつれて、ぐしゃぐしゃの一枚のページも出てきた。

「あら、懐かしいですわ。カイン様が木から落ちてぐしゃぐしゃになったページも当時のままですわね」

「――そうだな。できればセレナ、その思い出は忘れて欲しかったんだが・・。思えば、木の上で読書してたのが寝てしまったんだよな。あの後、本に泥がついて叔父さんに怒られたしな」

セレナは思わずクスクスと笑い、「そのあとも懲りずに屋根に登っておられましたよね」と声を弾ませる。

「あれは、使用人や他の貴族たちの目線を気にしても仕方がないと開き直ったからであってな・・・、」

セレナは、久しぶりにカインとたわいない話、将来の話、子供のころの話をした。それが、自分の思い出を整理することができるだろうと考えたから。

沢山の思い出がこのお屋敷にはあった。

「本当に楽しかったですね、このお屋敷でみんなと一緒に怖い話したり、かくれんぼの遊びが懐かしいですわ」

これでいい。このままの関係でいい。どうせ実るはずない恋、身分違いの恋。それならば、私はこの方の幸せを願い続けるのが一番いい。この関係を壊すくらいなら――。

そう思ってたとき、カインがこちらを見つめて言った。

「—―なあ、セレナは五年前の自分の目標憶えているか?俺に日本語を教え終わったらどうするかっていう」

――それは五年前、カインと自分が初めて庭で語学学習をしたとき、子供だったカインが質問したことだった。確か、自分はこう答えたはずだ。


『日本に戻って、そこで生活したいと思っています。亡くなった両親と神父様のお墓もあるので』


あれは、まだ恋も知らなくて、ただ仕事が終えたら帰れるだろうと漠然と考えていた自分。

急にどうしてそんなことを言うのかと、考えていると、カインは言葉を語り始めた。

「実は俺も日本に行ってみたいんだ」

セレナは、自分の顔が驚いている表情をしているだろうと感じた。

「ほら、知れば知るほど愛着が湧くっていうだろう?そんな感じで、俺もジャポニズムに触れるたびに日本に行ってみたくなったんだ」

「そ、そうだったんですね・・・」

「ああ、それに、君が昔はなしてくれた村にも行ってみたいな」

「—―どうして、そんな風に思ったんですか」

自分の中で湧き上がってくる感情に、思わず訊いていた。

「セレナだから。だから行きたくなった、かな」

そこには優しい人の横顔があった。だから好きになってしまった。

「カイン様は使用人に対して優し過ぎます。もっと貴族として威厳を持って頂かないと」

ここに居ては危ないことを感じ取って、セレナは書庫から出るため、立ち上がった。

「カイン様、わたし用事があったことを思い出しましたので、誰かに変わって頂くようお願いしに行きますね」

だが、カインはこちらの気持ちに気づかず自分の手首を掴んできた。

「用事なら、俺がお針子の部屋に行くついでに行くよ?」

「大丈夫です!急ぐので、失礼します」

思わずそう言って、カインの手を払いのけ、走って書庫を出た。

自分がもうこれ以上好きにならないよう、この気持ちを諦めようとしているのに、

それなのに、あの人は優しい言葉を私にかけてくれる。もう、あの方の前で笑うこともできない。限界だった。

(――――叶わない恋だって、知ってるのに!)




            ♢






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