第8話 帰るべき場所



「はあ、はあ」

ガサガサと、影が過ぎ去るたびに揺れる草木。

時間経過と共に、呼吸するスピードが速くなることと反比例して足の動き、走りが遅くなっていく。

月夜が照らす光を頼りに、動く影達。

「はあ―――――。もうここらへんでいいだろう。あ、足が、もう動かないよ」

人影の一つ、両膝に手を添えながら情けない言葉がでる。

「あと少しだ!ここを抜けたらとりあえず森の平野があるはずだ。頑張れ、ライナー!」

少年達の先頭を走っていたジョルジュという少年が後方を走る仲間に声をかける。

そしてジョルジュが言ったとうりに、少し進んだところで長く、無法に生えていた草木はなくなり、少し平面になった草原が見えてきた。

「ここで休もう、もう大丈夫だろう」カインが肩で呼吸しながら草原に腰を下ろした。

「そうだな、もう追ってこないだろう」

少年の一人、ジークが賛同する。

「おーい、ライナー!!頑張れ、ここで休憩できるぞ!!」

「ちょっ、待ってよお前ら・・!早すぎ!」

ライナーは足、腕をへの字に曲げながら呼吸荒く小走りで来て、ようやくみんなが休んでいる野原へ着き、力尽いての仰向けになった。

一緒に走った少年たちと、カイン、セレナは、その動きを見ながら「疲れたー」と言って座り込んでいる。

「マジしつこかった、自衛団ども」

「俺、もう歩けねーわ」

皆、好きに言いたいことを話して身体の力を脱力させる。

「ところで、ホント、みんな久しぶりだな・・」

草原で休憩しているカインは呼吸を整えながら呟く。

「ほんとだな。けど、さっきはカイン助かったよ!サンキュー!」

黒い羽の衣を被っている少年たちは口々にお礼を述べる。

「ところで、カイン。この人は・・・?」

少年の一人ジョンがカインに眼で訴えながら、カインの傍にいる少年の恰好したセレナを見ながら尋ねた。

セレナは暗闇の場所を選んだのか、木の暗い影の下で地べたに座り休んでいた。そのため、カインと少年たちからは顔が見えなかった。

「ああ、セレナって言うんだ。セレナ、顔見えないんだから、こっちだよ」

カインはセレナの手をグイッと、引っ張る。

すると、セレナの隠して入れ込んでいたはずの銀髪の髪が、腕を引っ張た拍子に帽子から取れ、帽子が草原の上にパサッと風に揺れながら落ちる。

帽子が取れたことによって、顔をおおっていた影が消え、一瞬で月に照らされた光が当って顔がみてとれた。

少年たちから見ると、男の恰好に、大きなグレーの瞳、白い肌の可愛い少女が出てきたのだ。けれど、少女の髪は白髪で。辺りは暗闇の森が広がる場所ということもあり、顔だけを見れば血の気がない人外にみえていた。

「ギャアー―――!!幽霊―――――!!」

「わ、わ、逃げろー!!」

さっきの疲れも何のその。

急に出てきた白髪の少女、セレナを幽霊だと思った少年たちは座っていた身体を俊敏にして一目散に草むらへと走りだす。

「おい、違う!!幽霊じゃない、お前ら戻ってこい!!」

カインが慌てて帽子を拾って、セレナに頭へ被せながら旧友たちに声を上げる。

長い草陰に隠れた少年の一人が、恐る恐る顔を出して聞いてきた。

「・・・・・ゆ、幽霊じゃないの?」

次に別の少年、ライナーも草むらの上から顔を出した。

「だって、・・・髪の毛白いじゃん。俺そんなの見たことないぞ」

「違う、人間だ。とりあえず、それも含めて説明するから。戻ってこい。お前ら、モグラみたいになってるぞ」







少年たちはカインに悟らされてセレナの周りを囲っていた。

「え!日本って国の見世物小屋から連れてきた!?」

「お前んちの屋敷にいるメイド!?」

カインが一言、二言話すごとに驚く少年達。

「って、日本って、どこ?」

「初めて聞く国なんだけど」

「ここから海を渡って、遠い国だ。」

「そんな国からきた子と何で屋根の上にいたんだよ?」

「屋敷でセレナと街の景色見てたら、異変に気付いてな。街にいるお前らが、何かしでかしてそうだったから行こうとしたんだ。そしたら、セレナが「一緒に行く」って聞かなくて、俺と同じ男の格好をしてもらったんだよ」

「なるほどなー」

カインの知り合いということで、あの時は手伝ったが、助けた相手が不躾に自分を見てくるので、セレナはすっかり気分を害していた。

(カイン様の知り合いって聞いて、助けるの手伝ったけれど・・・・・・やっぱりコレなのね)

久しぶりに味わう好奇な眼。やはり自分は異質なのだと嫌でも思い知らされた。

日本でもこの視線は多く受けてきたが、やはり慣れるものではなかった。人間ではない、何かを見つめるような視線を投げかけられるからだ。

ライナーは興味深いのか眼鏡を動かしながらジロジロ見てくるのが、堪らなく嫌で、思わずカインの後ろに回って顔を隠すが、どこを向いても少年達ばかりだ。

結局、カインの背中でセレナは顔を隠す形となっていた。

「セレナ、こいつ等、口は悪いが怯えなくていいからな」

自分の後ろに引っ付いて、ジーと見てくる少年たちへ険しい表情のセレナに、カインは言った。

「あ、ゴメン!俺たちそんなつもりじゃないんだ!ただ、ビックリして言っただけなんだ」

「うん、ごめんね?まさかほんとに幽霊現れたのかと思っちゃって・・・本当にゴメン!あ、俺、ライナーって言うんだ」

「あ、俺はジョンだから!」

「俺、ジーク!」

「俺、ジョルジュー!」

少年四人がにこやかに自己紹介をしてきた。

ちょっとはマシな人間達のようである。

たまに、侮蔑の眼差しだけで去ろうとする人間もいたのだ。そんな悲しい経験がセレナにはあった。

「あの街で俺達一緒に煙突掃除夫してんだ。見ての通り、な?悪いやつじゃないから」

コクっと、頷くセレナを確認してカインは少年達に向き合った。

「次はお前たちの番だぞ。なんで、あんなことになってるんだよ?自衛団に追いかけられてまで」

「ああ、それはだな・・・・・」

ジークが話そうとすると、今度はジョンが口をはさんで説明した。

だが、セレナはその先の少年達の話がサッパリわからなかった。英語を完璧とまで習得していないのに、知らない単語が続出なのだ。母国語として英語を流暢に話す彼らに、ついていける訳がなかった。

(なに?なんの話をしてるの?)

セレナはカインの傍で座りながら話が終わるのを待つしかなかった。

「—――で、最初は自衛団のメンバー全員のハゲ似顔絵を街中にばら撒こうと思ったんだよ」

「けど、そしたらさ、オッサンどものハゲが至るとこにあるのも不気味って、寸前で気づいたんだよな俺達!」

「良かったな、悪夢にうなされる前に思いとどまって」と、カインが言う。

「しょうがないから、見回ってる自衛団に向けて、幽霊を思わせる白い布を被って周りには青い炎出してみたんだよ」

「そしたら街の人もみんな、思いっきりビビるもんだから、すぐに幽霊が出たって噂が広まっちゃったんだ」

「どうせだから、自衛団たちに喧嘩ふっかけるために、別の地域でも幽霊騒ぎして、今日は最後に、ド派手にしよう!ってことで、こうして黒い衣と怖いお面をつけて、小さい火をたくさん起こしたんだ。もちろん、レンガ壁で燃え広がらないことを計算してね」

「お前ら、よく大人相手にやろうと思ったな。けど、どうやっって青い炎出したんだ?」

「このガリウムって物質だよ」

ライナーがカバンの中から小さな銀色の鉱物を取り出して見せた。

「これを燃やしせば、化学反応って現象で青く燃えるんだよ。これはまだみんな知らない人が多いから、簡単に騙されたんだ。ホラ、この炎だよ」

そう言って、ライナーという少年は鉱物に火をつけ、青い炎を飛ばして見せた。

「危ないことすんなよ」

カインの言葉に、ジョルジュは眉をひそめた。どうやらムッとしたらしい。

「なんだよ、どうしたらよかったって言うんだよ?大人相手に真正面からどつけってか?」

「はー?そんなことは言ってねーだろ!」

「じゃあ、なんて言ってるんだよ!」

カインとジョルジュはお互い顔を近づけて火花を散らす。

「あー、お前ら、こんなところでケンカすんなよ」

二人の顔の間にジークが仲裁に入るが遅かった。

「貴族の坊ちゃん面すんじゃねー!」顔の口元が引きつりながら、カインを見ながら言う。

「んなの関係ないじゃないか!余計なこと思い出させるな!!お前こそ、その短気相変わらずじゃねーか!いい加減なおせよ!!」

カインもひるむことなくケンカ腰で言う。

それを見ていたセレナはすっかり困惑していた。

(え、待って。会ってすぐ喧嘩!?さっきまで仲良かったのに!)

何で友達同士ですぐ喧嘩するのかがサッパリわからなかった。

今までイジメっこに苦労させられたが、男とはすぐに武力で解決させる生き物なのだろうか。そんなことを考えている間にも、彼らの口調は益々激しくなるばかりだった。

「お前こそ!急にいなくなっちまったと思えば、貴族になってるなんて皆知らなかったんだぞ。どうして俺たちに一言教えてくれなかったんだよ!お前がいなくなって、皆探したんだぞ!!」

「こっちにも事情があったんだ!!」

「どんな事情だよ!ふざけたこと言ったら殴ってやる!」

と言い合いながらとうとう、手を出すケンカに発展してしまった。

足やら、拳やら、野原の上で二人はお互いに身体を駆使して相手を攻める。

「カイン様!やめて!ストップ!!危ない!」と言って、少年二人の止めに入ろうと動いたが、誰かが服を引っ張ていた。

「あー、大丈夫だから。アイツら、ケンカ仲間っていうの?久しぶりに会って、お互い懐かしく喧嘩してるみたいな感じだから」と言ってきたのはジークという少年。

「しかも、最近ジョルジュは運動あんまりしてなかったし、暴れたいだけだよ」

「そうそう。カインもあんな綺麗な顔してるくせに、ケンカ早くてなー。ジョルジュとよく、街の隅でどっちが勝つか勝負してたんだ」

「ジョルジュが一番心配してたんだけどね。カインがいなくなった時・・・。ただ、危ないことをする俺らを叱るカインが許せなかったんだろう」

(私を止めたのは、そうゆうことだったんだ・・・・・。)

きちんと、お互いの気持ちを踏まえてこの三人の友人たちは、暴れる二人が技をくりだすのを止めないのだ。

「セレナちゃん、アイツややこしい性格してんだろ?」

ふと、カインの友人の一人、ジョンがセレナにいてきた。

「親が死んだとかで俺たちの街に来たときは、貧しい乞食こじきがいたら食べ物あげたりしてたんだよ。自分の食いぶちも厳しいっていうのにさ。冗談で、俺たちにも恵んでくれって言っても、”ダメ”の一点張りだったけどな」

「まあ、それで俺達は知り合ったわけだけど」と、ジークは小さい声でポツリと話してくれた。

「俺達、親がいなかったり、孤児院から出たばっかで仕事しながら生計立ててるんだ。街に来たカインとは、同じ境遇の仲間として入れたわけ。カインと話してみたら、曲がったことは嫌いなくせに俺たち不良の煙突掃除夫とケンカしても強くて勝つわで、アイツ滅茶苦茶なんだよ」

「だよなー。顔もよくて、位も伯爵様って、どんだけ良いとこどりなんだよお前。って感じだよな。せめてもの救いが、カインのあの貴族らしくない性格だけだな!」

「そうそう。ところでさ、アイツ、屋敷でどんな感じ!?」

カインと仲間の一人が、すぐそこで取っ組み合いのケンカをしているのに、少年たちはお喋りに花を咲かせる。

「あ、俺も聞きたい!やっぱ、貴族のおぼちゃまらしくパーティーで女の子に甘いマスクしてんの!?」

「あんな不機嫌な面しながら、令嬢に”一緒に踊りましょう”とか!?」

「それいいな!」

セレナがまだ何も話してもいないのに、カインの友人たちは次々に妄想話を笑いながら繰り広げ訊いてきた。セレナがどう対応したらいいのか困っていると、頭上から声が響いてきた。

「お、ま、え、ら。何こそこそ話してんだよ!」

戦いに勝ったカインだった。

「あ、カイン。もうケンカは終わったんか?って、ジョルジュ!もっと頑張れよ、また負けてんじゃねーか!今回で15勝負中カイン10勝か?」

ジョンは草むらで大の字に伸びているジョルジュを見て大声で言う。

「12勝目だ!それよりも、お前ら、セレナに何話してるんだよ」

「何って、お前は不器用だから(ひとり)ボッチでいないか、心優しい俺たちが心配してんだよ、なあ!」

「ああ、そうだぞ!お前、猛突進タイプだから、貴族様たちから白い目で見られてないかなっと、思ってだな!」

正午を超えているはずだから昨日の出来事なのだろうが、カインは確か別の貴族の屋敷で乱闘騒ぎを起こしたばかりだ。そのことを思い出したのか、カインの顔色が曇ってきたのを少年達は見逃さなかった。

「お前・・・、やっぱり、しでかしてるな??」

「・・・・・・・・言うな。」

「あははははは!!やっぱりお前も変わんねーな!!」

「うるさい!お前たちも同じだろう!」

笑う友人たちを前に、カインはムキになって怒った。

(カイン様、楽しそう・・)

少年たちの会話を途切れ途切れ英語を理解しながら聞いていた。

「いやー、けど相変わらずで安心したのは本当だからな。お前が貴族様に貰われていったって噂で聞いたときは、ビックリしたよ」

「ガサツな奴だなと思ってたけど、まさかお貴族様になるなんてなー。お前が遠くに行っちまったようで、俺たちこれでも寂しかったんだぜ?」

しんみりとジョン、ジーク、ライナーは口々に呟く。

「・・・・そうだったのか?」しんみりとした口調でカインが尋ねた。

「そうそう。だから、今度なんか奢れ」

「あ、屋敷に招待してくれてもいいぞ!」

「おれ、フルコースってのが食べたい!」


ポカ×3.



「セレナ、帰る準備だ。青い炎の正体も、こいつ等の無事もわかったし、早く戻ろう」

カインは汚れた服の個所を払いながら、セレナに声をかける。

カインに頭を叩かれた友人達は、みな頭頂部を抱えて悶絶もんぜつしていた。

「痛てて。頭叩かなくてもいいじゃねーかよ」

「可愛い冗談なのになー。ちーーとも変ってねーなーコイツ」

「うるさい。それよりも、早くしないと夜が明けるぞ」

夏は朝日が昇るのが早い。カインは、屋敷の人間が自分の部屋へと起こしに来る前にセレナと戻っていきたかった。

「はいはい、わかったよ。おーい、ジョルジュ、伸びてないで起きろ。帰るぞ」

ジークが、草むらで寝ていたジョルジュの身体を揺らしながら起こす。

「あ?」

ジョルジュも寝ぼけながらも眠りの淵から起きてきた。

「あ?、じゃない。お前また負けてんだよ。あと良かったな、ジョルジュ。今日は何かあったときの為にアレ持って来てるから、久々にできるぞ」

ライナーがそう言いながら羽ペンとインクを取り出した。

その言葉を聞いたジョルジュは眼を開き、「げ――!またかよー!」と叫び出した。完全に起きたらしい。

「仕方ないだろう、勝負に負けたらそうするって、みんなで決めたことだから」

セレナは後に聞いたのだが、こうやって何にでも勝負、かけ事をしてはカイン達少年は街で遊んでいたらしい。周りは建物ばかりで、それぐらいしか遊ぶ物はなかったからだと、教えられた。



「おい、まだか?」

ジョルジュは草むらに座りながら腕を組んで待っていた。

最初は悔しがっていた彼だったが、「負けは負けだ」と言って、今となっては潔く身を喧嘩相手のカインに顔を差し出している。

「も、もうちょっとだ・・・」

「早くしてくれ、こっちはこそばゆいんだぞ」

「わかってるって。ここの眼に眼玉を描いて・・・」

カインは羽ペンでジョルジュの顔に何かをしていた。

それをカインの後ろで見守る少年少女は、必死に口を両手で押さえ、笑顔のまま声を押し殺している。

口から零れる、笑い声。

「よし、出来たぞ!!眼を開けていいぞ!」

「よし!どんな感じだ?」

ジョルジュは眼を開けて目の前の仲間に聞いた。

だが、反応は笑いの嵐だった。

「ぎゃはははははは!!最高だよ!」

「カイン、久々の傑作だな!ジョルジュ、おまえ、ほんと、サイコーだよ!」

「ぷ、ジョルジュ、おまえ、一回目を閉じてくれないか?」

ジョンが震える声でお願いする。

「こうか?」

ジョルジュのおでこには、絵で描かれた”チューリップ”、ほっぺたには可愛くグルグルの絵。唇は血糊で塗った赤い紅。極めつけに瞼には黒いインクで目玉が描かれていた。

「あははははは!!腹いてー!」

「やめてくれー、笑い過ぎて死にそうー!!」

草原の土やら樹木をバンバンと叩きながら少年たちは笑い転げまわった。

「くっそー!次の勝負の時は必ずお前にしてやるからな!」

ジョルジュがカインに指を向けて言うが、顔のペイントで迫力は微塵もなく、むしろ滑稽こっけいなものだった。

「ブッ、あはははは。バカ、こっち、向くな!どんな決めポーズでもおかしいんだからな」

「あのさカイン、チューリップの横にある文字って、なんて書いてんだ?」

ライナーが腹を抱えながら近くにいたカインに尋ねる。

「ん?ああ、日本語で”肉”って意味らしい。なんでも、日本じゃこう書くのが習わしだそうだ。な、そうなんだろセレナ?」

数分前、カインはジョルジュの顔で絵を書いているときにセレナにふと日本ではどんなラクガキをするのか訊いていた。

日本の眼の先から涙がこぼれるのを手でぬぐいながら、セレナはコクっと笑顔で頷いた。

「へーそうなんだな。異文化ってのは面白いな」

未だに笑い転げてるジョンとジーク、そして「はやく帰るぞ!水に落とさせてくれ!」と騒ぐジョルジュを眺めながらライナーは言った。

―――こうして、夜が明けないうちにカインの旧友たちと森の中で別れた。

ジョルジュの顔は別れ際までそのままだったので、セレナが「大丈夫ですか?」とカインに聞くと、「大丈夫。あのインク、水とかあれば落ちるんだ。家に帰れば落ちるよ」と、話してくれた。

そして、薄暗い夜道を二人は屋敷を目指して帰っていった。

――屋敷に着くころにはちょうど、長かった暗い夜が明け、月もすっかり空から消えていた。

今の空を占めているのは、寒いひんやりとした風、眩しく地平線から登ってくる明るい光だった。

小鳥たちも起き出し、人間たちの朝の目覚めを促す。

暫くして、カインの扉で普段どうりメイドたちがやって来て、扉をノックした。

「カイン様、朝の服をご用意し・・・・まし・・た?」

衣服を手にしながら、メイド二人が目にしたのは、寝間着のままの、新しく入ってきた異国の娘セレナと、その隣にいるのはカイン。

二人が眠る姿だった。

窓からは既に太陽が昇った暖かい陽射しを受けて、メイドに気づかず、すやすやと眠っていた二人だったが、この数分後にサミュエルから屋敷中に大声の叱責が飛ぶのだった。



              ♢

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