第7話 夜の少年達
前回のあらすじ:屋敷の屋根から眺めていたところに、急に青い炎が街に灯った。
その光景を見ていたカインとセレナだったが、何故かカインは、セレナを部屋へ戻らせ、屋敷の外へと出ようとするのだった。
セレナを自分の部屋へと戻したカインは、異変が起きている街へ向かおうと体を反転させた。
だが、セレナにとって、夜、しかも大人になっていないカインを外に出すのは、躊躇われることだった。
セレナは、カインの服の裾を掴み、
「ダメ、危ない!」と引っ張りながら言うのだった。
「危なくない、絶対に帰ってくるから!」
「青い炎は幽霊、妖怪がいる
「お前がここで見たことを話さなければいいし、あの二人は俺が怪我してきても驚かないって。それに、あれは人が生み出したものかもしれないんだ、ちょっと、見てくるだけだから」
部屋の窓で、服を引っ張るセレナとそれにかまわず出て行こうとするカインの綱引き、—―押し問答が始まっていた。
「ダメ、カイン様、泣いてた。だから、行くんでしょ?それはダメ!」
「お、お前、やっぱり・・・・、見てたのかよ・・・」
部屋の中を紙が飛び交う、顔が見えない状況でまさか、見られているとは思っていなかったようである。みるみるカインの顔が朱くなっていた。
だが、セレナにとって、特に驚くことではなかった。
カインの部屋に入った直後、泣いてる姿を見ていたのだ。
そして、お互いに過去の話をして、自分の境遇を嘆いていたカインが、一人屋敷の外に出るのは危険だと思うのだった。
外のことを詳しく知らないけれど、夜出歩くことは危険なことぐらいはセレナも知っていた。見世物小屋で悲嘆にくれた人間が夜中自ら命を落とすこと、自暴自棄になるような
だから、カインを一人にするわけにはいかなかった。
「妖怪が出す青い炎は人を殺す。だから、カイン様、死に行くんでしょ?」
「違う、違う、セレナ。死に行かないから」
「本当?」
「ああ。街の様子、青い炎を確かめに行くだけだ。だから、必ず戻る」
「・・・・」
「だから、ここでお前は大人しく待ってろよ」
「いや」
「え・・・」
意外な言葉だったようで、カインの眼は点になりそうだった。
「危険だから、わたしも行く!わたし、舞台で沢山いろんな事してた。わたし役立ちます」
セレナは、たどたどしい英語で、だがハッキリと言う。
ここでようやく、カインはセレナが使用人としてではなく、身の危険を案じていると伝わったようである。
「・・・・セレナ、お前屋根に登ったことは?こんな高い屋根だぞ?」
カインは両腕を大きく動かし、屋根の高さを指し示す。
「あります!一本綱渡り、失敗したらご飯ない!」
「女の子が行くようなとこじゃないぞ!」
カインは思わず声を大きくして言った。
「見に行くだけ。カイン様言いました。危なくないと!」
「あ――――、言ったけど、それは男だからで!」
どうしたらいいかと、カインは頭を抱えるのだったが、意を決したかの様に言うのだった。
「わかった。じゃあ、その寝間着の上から服を重ね着しろ」
カインは自分の部屋へと中へ入ると、クローゼットの中から奥の服を掻き出した。そして渡された服を、セレナは急いで寝間着、ガウンの上から着こむのだった。
「あと、帽子だな。お前の髪は目立つから隠さないと」
セレナの髪は肩以上伸びているので、カインは帽子を探しだすとセレナが髪を帽子に入れるのを手伝うのだった。
こうして、帽子を被った普通の子供が出来上がった。遠くからだと、女の子とはわからない装いだ。
服装を整えると、カインとセレナは再び窓の上に立っていた。
まだ、街中では炎は上がっているが、誰かの声がするのだった。
「よし。セレナ行こう!俺の傍を離れるなよ!」
「うん」
いま、ここにある屋敷には微かに光が見え隠れする星の光と雲にかかった月。その夜の中、屋敷から子供二人が窓の近くの木から飛び降り、庭を駆けながら門の方へと走るのだった。
♢
「セレナ、もうちょっとだ。頑張れ!」
カインは、セレナが無事に塀からこちら側に降りれるか、心配しながら見上げていた。
あのあと、二人は庭から門の傍にある木をつたって登っていた。このルートは遠回りになるが、屋敷の門が閉まっているので、屋敷の塀から出るしか方法はなかった。そして、男であり幾分歳が上なカインは塀を登りっきっていたのだが、セレナの場合は、塀の外へ身体を反転することに苦戦していた。
「あと少し・・・」
セレナは、英語ではない母国語の日本語を、思わず口にしながら身体をなんとか塀から外へと移動できたが、自分の身体を持ちこたえる手の力は弱く、その拍子に塀の端を掴んでいた手が離れてしまった。
「きゃあ」
塀から地面へと落ちたセレナだったが、寸前で何かとぶつかるのだった。
「カイン様、ごめんなさい!」
屋敷の塀の上から落ちてくるセレナをキャッチしようとしたカインだったが、セレナのおしりの下敷きになっていた。
「・・・いいから。どいてくれ」
まだ成長途中のカインも、まだ少女を抱えるほどの力が未熟だった。
「すみません」と何度も謝るセレナに、カインは
「大丈夫だ、セレナ。とりあえず、行くぞ!」と言って駆け出した。
カインが言うには、両親が死んで数年暮らしたことがある街だから、ある程度の街の地形はわかるという。カインは黙ったまま声がする方へと走るカインに、セレナもその後を追って走り出し、二人の影はまだ明るいガス灯が灯る街の一帯を駆けて行った。
「おい、そっちに奴ら、行ったぞ!!」
ロウソクの火が灯るランプを持った、自衛団達の影が住宅街の赤茶色レンガの壁に大きく映りだされていた。
その中で、事の詳細を報告する声がカイン、セレナ達の耳に届く。
「長官、予定どうり我々が作った行き止まり地区、ベルモンテ通り6番地へと犯人たちは向かっているそうです!」
「なに、そうか!よし、今日こそあの犯人どもをとっ捕まえるぞ!!消火活動は全部終わったのか?」
「はい、全部青い炎は消えてます!あとは犯人の身柄確保だけです!」
「うむ、全員犯人を捕まえに全力を注げ!!このバカげた幽霊騒ぎからは、おさらばするぞー―!!」
「はい!!」
物陰に隠れて自衛団たちが、バタバタっとかけていく姿を見ていたカインとセレナは、今後どうするか話していた。
「そういえば、他のメイドが言ってました・・幽霊が出るとか」
セレナはここの国に来た初日にメイドたちが話していた幽霊話を思い出していた。
「どうやら、噂されていた幽霊騒ぎは誰かの仕業みたいだな」
カインは自衛団達が会話しているのを見つめている。
「なあセレナ。高いところ大丈夫って言ってたよな?」
「はい、大丈夫です」
「よし、なら場所を変えるぞ。こっちだ!」
カインが向かった先は、街のゴミがたくさん置かれ場所だった。
「ここに・・あった、セレナ。他のゴミを脇の場所に置いていってくれ。この梯子を出して登るぞ!」
二人は、必死になってゴミの奥のところに置かれていた古びた梯子を、掻き出した。
そして、街一角の壁に梯子を架けて登り、二人は屋根から屋根へと移動していった。
二人が街へと出てきた頃には、街のガス灯の光は消え、屋敷から見えた幻想的さは欠片もなく、暗く沈んだ街に見え、同じ街だったと思えなかった。しかし、騒動が起こっているのを見つけるのは簡単だった。光が照らす場所を探せばいいからだ。
そして、カインは自衛団が追いかけている、道の先を屋根の上から見た。
「やっぱり、あいつらだったか」
騒動の先にあったのは、街の中を全力で走っている少年四人組だった。
しかし、その少年四人の姿は黒い羽を纏った衣を抱えており、顔だったりぶら下げてるお面には恐ろしい顔が描かれている。
カインにようやく追いついたセレナは、カインが見据える変な少年四人について聞いてみるのだった。
「あの人たちが、この騒動を起こしたんですか?」
「たぶんな。しかも、厄介なことに俺は、あの四人を知ってるんだ。ジョン、ライナー、ジークに、そしてジョルジュ。この街で何かとお騒がせな四人だよ」
――以前、街で一人暮らしていたカインは、ひょんなことからこの少年たちと知り合う仲となる。
カインは屋根を走りながらセレナに話すのだった。
「この青い炎の騒ぎを起こしたのは、たぶん、最後尾のライナーだ。どうやって起こしたのは知らないが、ライナーは何かと物を作ったり実験をするのが大好きだからな。未だにそうなんだろう」
会った当初からライナーは室内で何かと実験をしていた少年だ。
「とりあえず、本人たちと話をしないとな」
カインは少年たちとは違う方向を見つめた。
自衛団は四人組を捕まえようと走って距離を縮めていたからだった。更に自衛団の後ろからは馬車まで引っ張り出して、こちらに向かっていた。たぶん、この4人を留置所へと乗せるための馬車だろう。
一刻も早く助けなくてはいけなかった。
少年たちに追いついたカインは、
「おーい!!おまえら、上を見ろ!!!」と、大声で叫ぶが、道路で走っている四人には届かず、相変わらず街路時を懸命に走っている。
とてもじゃないが、屋根の上で追いかけているカインとセレナに気づく気配は全く見られない。
すると、カインはそこらの屋根に転がっている、やや大きめの石を2~3個拾った。
街に住んでいる子供たちの遊びとして石を屋根に投げて、石が落ちてくるかどうかの遊びがあった。屋根の上には、そんな遊びの残骸、小石が散らばっている。その小石で、カインは少年達に向けて思いっきり投げるのだった。
ガン!
「わ、急に石が降ってきたぞ!」
カインが投げた石はちょうど四人組が向かおうとしていた目の前の通路へと当たった。
「自衛団のやつら、上にまでいるのか・・・・!?」
仲間の一人が走って上を見上げた。
少年たちは自衛団の誰かが投げた石だと考えたようである。
だが、屋根にいたのは月明かりの中立っている二つの影。
そのうちの一人は街で暮らしていたが、貴族に引き取られていった、彼らがよく知っている人物だった。
「カイン!!!」
「え、嘘!!わ、本当だ!カインだ!」
少年たちは走りながらレンガ居住地の屋根を見上げ、驚嘆の声を上げる。
「お前ら、この先行き止まりだ!!」
カインは、大声で少年たちに叫んだ。
「え、この先!?この先は森へと続く道が広がってるだろ!」
「自衛団が壁を立てたんだ!!通路が塞がってる!!」叫びながら指をさし示した。
それを聞いて、先頭にいた一番足が早い少年ジョルジュが、先にベルモンテ通り6番地への先へとつながるレンガの住宅角へと駆け出した。
ベルモンテ6番通りのこの角を曲がると、道の傍に木々があり、少年達の算段では、この通りを過ぎれば、道の先にある森が自分たちを隠し、逃げきれるはずだった。
「本当だ、塀だ!!」
ジョルジュは、後ろからくる仲間の少年達に振り向いて叫ぶ。
「このさき、行き止まりだ!レンガの塀ができてる!」
追いかけてきた少年達は、やっと目の前の、そびえたつ塀を目の当たりにした。
「ほ、ほんとだ・・・。先日まではこんなのなかったはずなのに!」
「どうする!?もう、そこまで追いかけてるぞ!?」
少年たちが、思わぬ誤算に焦燥の色を隠せないまま叫んでいるときに、
「お前ら、縄を投げろ!!もってるだろ!!?」
カインが何をするのかわからなかった。だが、今はそんなことを考えている暇はない。
「おい、縄だ、ジョン!」
何か突破口があるならば、たとえ、急に屋根の上からという変な場所で現れたカインの考えにすがるしかなかった少年たちはカインの言葉どうり、縄をバックから取り出した。
「それを、俺に投げろ!早く!!煙突に結んでやるから登ってこい!!」
ジョンが思いっきり縄を投げて、カインが煙突に括り付ける作業に入ったときに、少年たちより後ろから「待てー貴様ら!!!」と自衛団たちの声が叫ぶ声が聞こえる。
ゾロゾロと自衛団姿の男たちが、先ほど走っていた通りから出てきていた。
「ここから先は自衛団が作ったレンガ塀だぞ!お前たちは、これで袋の鼠だ!」
長官だけでなく、他の自衛団たちも今日こそ逮捕できると鼻巻いて走っている。
予算の関係上、削減されている人員をカバーするために罠として、逃げ道をふさぐ壁を作ってしまうことは、我ながら良いアイディアだった。
長官は、追いかけながら罠に引っかかって慌てふためく犯人たちを想像する。
「行けー、現行犯逮捕だ――!」
だが、犯人たちが向かった場所を追いついて目の前に映るのは、レンガの壁に吊るされた縄で登っている少年たちの姿だった。
「長官!!少年たちが縄でレンガの壁を登って逃げています!!」
「え――い、大声で言わんでもわかってるわ!!追いかけて、捕まえるんだ!!」
少年たちの後を大急ぎで自衛団たちは追った。
だが、自衛団たちの努力も虚しく、少年全員が屋根の上へと登りきっている。
(せっかく昼間に汗水垂らしながら作った塀で仕留めるつもりが!終盤で逃げられるとは・・・!!)
自衛長官は悔しく歯をギリギリと噛みしめるが、既に少年たちは闇夜の満月に照らされながら霧の中へと消えたのだった。
♢
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