第3話 談話室

談話室にはとカイン、そして当屋敷の当主サミュエルとセスティーナがいた。

久しぶりに家族三人が集まった訳だが、離婚後のセスティーナが日本から、しかも見たこともない髪の色をした少女を連れてきたので、出迎えよりも今後屋敷でどうやっていくかの話し合いが行われていた。

要するに、家族会議であった。

カインは大きなガラス製の鏡が上に立てかけられ、今は使われてない暖炉の側面に、身を預けながら腕を組んでいた。

「俺は、絶対にあんな日本人から教わりませんから」

この強い主張に、当主のサミュエルも幾分かは賛成の様だった。

「カインもこう言ってるし、セスティーナ。何も見世物小屋で売られてた日本人を連れてこなくても・・・」

だが、セスティーナは頑として反論していた。

「何言ってるのよ、だからこそ、安く仕入れることができたんじゃない。お父様のために作ったお葬式代金だって、多額の費用が掛かったっていうのに・・・。お兄様は、まだそんなことを言うのね。我が一族が繊維業で経営しているとはいえ、我が家の没落が、少しでも外に洩れたら、大変な恥ですのに。私たちにお金がたやすく使えない今、安く日本人を買える場所を私が探したのよ」

「お前の気持ちもわかるが・・・・、肝心のカインは嫌だと言ってるんだぞ?」

「次期当主として育てるからには、家族の一人である私の意見も取り入れて欲しいですわね。あと、今後の事業の鍵が日本だと、お兄様に前にも伝えたでしょう?なんとか、事業拡大していかないと。ああ、それと、ずいぶんと使用人たちの数を減らしたんですのね。その分、以前よりもホコリ臭いのがイヤですけど」

セスティーナはサッと扇を優雅に開き鼻や口元を隠すと、椅子から立ち上がって部屋の窓を開け、換気を行う。

「仕方ない。経費削減だ。だが、本当に日本という国との事業がお金になるのかね?たしかに、新聞で新国の国が不平等条約でむりやり輸出事業で経済を潤してると聞くが・・」

「きますわ。殿方である、お兄様には私達淑女の長い話なんて理解できないんでしょうけど、これでも、良妻賢母を目指している者は、最近の流行にとても敏感ですのよ。現に、”ホクサイ”などが描いた浮世絵や、版画が流行る兆しを見せていますわ。流行に遅れては、それこそ、我が一族の存亡に関わるというものです」

セスティーナは、はっきりと兄のサミュエルに強気のまま言い放つ。

カインは、言い組められている叔父と、叔母のやり取りを見ていたが、とうとう口を挟んだ。

「叔母さん、異国の子供に言葉を教えてもらうなんて、俺はまっぴらごめんですよ」

カインは今でさえ、ただ一人雇っている社交ダンスの家庭教師にもうんざりなのだ。それは、過去に他人と嫌な経験があったことが原因だと自分でもわかっている。だから、気安く人と関わりたくはなかった。

「それに、叔母さんが思ってるよりも、日本語は少しは出来ますよ。俺はど、」

独学で、と言おうとした時だった。

「独学――、なんて、時間がもっとかかるわ。語学には母国語を使う教師が結局は一番なのよ。何度も言わせないで頂戴」

セスティーナが羽のついた扇をパチンと閉めながら言葉を遮って言うと、談話室の扉の方からノックする音がした。

「お取込み中、申し訳ありません」

執事のセインだった。

「日本からお連れした少女のメイド服への着替え、終了いたしました」

その言葉に、当主であるサミュエルが応じた。

「あ、ああ。わかった。とりあえず、連れてきてくれ」

「はい。さあ、こちらへどうぞ」

執事に促されてツバキはゆっくりとした足取りで談話室の中へとチョコンと入ってきた。

そこには薄汚れた東洋人ではなく、髪が乱れていた白髪をクシで綺麗に通し、一瞬で異国人とはわからないほどの可愛い少女が扉から出てきたのだった。

玄関ホールでみた東洋人の細い身体に、黒いメイド服は合っていたようで、思ったよりもこの少女、ツバキには似合っていた。

「まあ、意外だこと。ツバキ、日本人にしてはメイド服似合ってるんじゃない、この子」

「こりゃ、驚いたな。おばあちゃんの白髪に見えた髪が銀糸に見えるなんて。うちのメイドたちは、よっぽど優秀らしいな」

サミュエルの言うとおりだった。

皮肉なことに、自分が売られた理由の一つである白髪の髪が、このメイド服を着ることによって黒とは対照的に際立つ銀色に見える髪だった。

だが、この中で一人最初から態度を一貫として崩さない人物がいた。

――カインだった。

「異国の汚れを落としただけじゃないか」

この少年にとっては、この少女の見た目が良くなってもどうでもよい事だった。

人がよさそうな顔をしていても、内心はどう思っているのかはわからないものだ。

利用できるものは利用して、後はポイっと捨てる輩を多く見てきた。いや、見過ぎていた。

カインはこの少女を最初から警戒していた。そして、ツバキという少女と距離を置くのだった。

「さ、自分の名前を言って自己紹介しなさい。船で練習させてた言葉よ。あなたはこのシュバイツア家で働くんだから」

「はい。日本から来ました、ツバキです。よろしくお願いします」

「ツバキか・・・・。メイド服着てると我々と同じ人種に見えるし・・なんか和名だと、この国では発音しづらいな」

当主のサミュエルがふと口にする。

「そうね、日本人だから違和感は感じなかったけど、言われてみればそうね」

セスティーナもその言葉に同意する。

「発音しにくいなら、思いっ切って、呼び名をつくろうか!」

「そうね、それがいいわね」

カインは唯一の肉親である二人を黙って視ていた。

(叔母叔父たちは、本人そっちのけで話をしているが、本人の気持ちは聞かないのだろうか?)

さすがは生粋の貴族様といったところだろう。半分平民の血が入った自分とは違うと思いながら、カインはいぶかしげに聞いていた。

「呼び名を変えるんですか?」

「なによ、いいじゃない。ペットみたいに名前を与えるだけよ。ツバキ、貴方もいいわよね?”新しい名前”?」

少女は言っていることがわかったのか、コクッと頷いた。

「どうやら私たちの言っていることが、わかったようね」

「そうと決まれば、名前だなあ。ここの国の感じで・・・、名前を付けるとしたらな」

「そうね、貴方の髪は銀糸のようだから・・・」

ツバキの周りをクルクルと回りながら、叔母は細かいガラス細工を見る様に眼を細めて言う。

そして、急に立ち止まり、

「”セレナ”!!セレナはどうかしら?」と振り返りながら言う。

「セレナ・・・。いいんじゃないか?その子に合ってそうだ」

「そうでしょ?この子、こんなに銀色の髪に見えるんですもの。”月”っていう意味でもこの子の名前で言いやすそうだわ」

セスティーナは、少女に「セレナ貴方の新しい名前はセレナよ」と教えていた。

少女はわかったのか、コクリと再び頷いている。

(貴族にいいように言われて誇りとかはないのか、東洋人は)

カインが、そんなことを黙ってみていると、急に叔母のセスティーナがとんでもないことを言ってきた。

「カイン、貴方は明日の朝から日本語の勉強も開始させなさい!セレナから日本語を教わるのよ」

「勘弁してくれ、叔母さん・・・・身なりを整えたとはいえ、奴隷に、しかも自分よりも年下の女から勉強を教わるなんて・・・」

まだ言いかけていた言葉を出そうとしていると、新しくやってきた少女は、

「よろしくお願いします。日本から来ました」と、セレナは自己紹介を始めた。

だがカインは挨拶をすることもなく、少女から眼をそらしていた。

(ここは一旦引くか・・・)

その態度こそがカインの判断だった。

「もういいですよ、叔母さんの言いたいことは。分かりました、この者から教わりますよ。僕はまだ今日の勉強があるので、失礼しますよ」

「カイン」

「・・・何ですか?」

「この子を忘れてるわよ?あんたはこの子に屋敷の中を案内するといいわ」

セスティーナはツバキ改め、名をセレナに変えた少女を指さしながら言う。

「なんで、俺が・・!」

「あんたが生徒として日本語を教えてもらうからに決まってんでしょ。生徒らしく先生に屋敷を案内したらどうなの?」

「俺は今日気分が悪いんですよ。他の者に案内させてください」

そう言って、カインは談話室を出てようとしたが、叔母は「ああ、それとカイン。みんなの前で叔母って言うなと、何度も言わせないで頂戴ね?いつか痛い目に合うわよ?」と、こちらに向かってヘビのごとく睨めつけることを忘れずに言ってきた。

長い沈黙が二人の間に流れたが、幕を引いたのはカインだった。

流石に年長者の本気の注意は直したほうが賢明だ。そう思ったのである。

「わかりましたよ。姉さん」そう言って、カインはセレナを連れて談話室の扉から出て行った。

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