第39話 干し柿の頃

ススキの穂が白くなり、食堂に舞い込む風もすっかり冷たくなった11月。


本格的な冬ももうすぐそこで、静かな空気が山に囲まれた村を包んでいます。


いらっしゃいませ。


今日も、あたたかいお料理をご用意しておりますよ。


ゆっくりしていってくださいね。


あつあつの土鍋の蓋に布巾を当てて開けると、ふわりと白い湯気が一気に溢れ、ごはんの甘い香りと共に、艶々のお米が姿を現します。


自家製梅干しを、ごはんで丁寧に包んでおにぎりに。


麦からできる田舎味噌は、甘くて優しい香りと味で心がほっとします。


濃く色づいたオレンジ色のカボチャの煮物は、甘辛く柔らかく煮てあるので、少し角が取れてトロトロ。

この食堂では、この時期お馴染みの料理。


今日はデザートに柿もご用意しております。


あら。今日のお料理は、かぼちゃも柿もオレンジ色ですね。


でも、イチョウや夕暮れ空も、黄色やオレンジに色付く秋ですから、ぴったりではないでしょうか?



「おじいちゃんすごいー!千鶴もやる!」


「いいよ、やってごらん」


今日の食堂は、元気な声でとても賑やかです。


「すみませんハルさん、騒がしくて・・・白井さんも初対面なのにすみません。ありがとうございます」


「構わないよ。孫と遊んでるみたいで楽しい。お、千鶴ちゃん上手いじゃないか」


どんぐりに爪楊枝を刺して作ったコマが、テーブルの上でくるくると回ります。


「子供の元気な声は、こちらも楽しい気持ちになれますから。お料理ももう出来ますから、お待ちくださいね」


今日のお客様は白井さん。


そして昨年の冬に来てくださった、下野 千鶴ちゃんと、そのお母さんです。


千鶴ちゃんは、白井さんが作ったどんぐりのコマを夢中で回して遊んでいます。


「昨年の七五三の時から比べると、また大きくなりましたねぇ」


私がそう言うと、隣でお味噌汁をお椀によそいながら、「着物姿可愛かっただろうなぁ。私、風邪引いてて部屋に居たから見れなかったです~」と、残念そうに口を尖らせて言いました。


「写真ならありますよ。携帯で撮ったものですけど」


「わぁ!見たいです!」


葉子さんは人数分のお味噌汁を用意してから、下野さんの元へ駆けていきました。


「可愛いー!」


写真を見た葉子さんは、白井さんと千鶴ちゃんが遊ぶテーブルで、一緒になってはしゃいでいました。



「はい、お料理が出来ましたよ。どうぞ、ゆっくり召し上がってくださいな。千鶴ちゃんには、リクエストのチーズハンバーグよ」


「わー!おばちゃんありがとう!これ好き!」


「無理言ってすみません・・・ありがとうございます。千鶴、良かったね」


下野さんがそう言うと、千鶴ちゃんは「うん!いただきまーす!」と真っ先にハンバーグを大きな口で食べました。


千鶴ちゃんとお母さんは、焼きたらこのおにぎり。


白井さんには昆布のおにぎりです。


大人は、おかずにカボチャの煮物。


「ママ、これおいしーよ!ほら、どーぞっ」


「本当だねぇ、美味しいっ」


千鶴ちゃんはお母さんの口にハンバーグを入れ、喜ぶお母さん顔を見ると、嬉しそうにニッコリと笑顔になりました。


「そうだ、ハルさん。以前教えていただいた、肉じゃがに味を染み込ませる為に、一旦ゆっくり冷ますってやり方。私も上手く出来ましたよ。千鶴も美味しいって言って食べてくれました」


「まぁ、それは良かったです」


千鶴ちゃんは「ママのご飯好き!美味しいんだよ!」と嬉しそうに言います。


「1人でこの子を育てるようになってから、中々ゆっくり料理をする余裕が無かったんですけど・・・意識して、そういう時間を作るようにしてみたら、不思議と心に余裕が生まれるようになりました。焦らずに一つ一つをやってみたら、少し物の見方も変わった気がします」


下野さんはそう言って、残ったお味噌汁を飲み、「美味しかった・・・ごちそうさまでした」と手を揃えました。



「さて、仕事しに行かんとなぁ」


午後3時。


食後に皆さんと柿を食べて談笑したあと、白井さんが「よいしょ」と杖を支えに立ち上がりました。


「ごちそうさま。今日も美味しかったよ。かぼちゃの煮物、ばぁさんもよく作ってくれてた。懐かしかった、ありがとう」


白井さんはそう言うと「千鶴ちゃん、元気でな。また遊びにおいで。お母さんも、身体壊さんようにな。娘さんの為にも、あんたが元気でないと」


「はい。娘とも遊んでくださってありがとうございました」


「おじいちゃん、ありがとう!これもありがとう!大事にするねっ」


千鶴ちゃんが、手のひらに乗せたどんぐりのコマを見せると「喜んでくれて良かったよ。じゃあね」と白井さんは帰っていかれました。



「おばちゃん!よーこさん!ごちそうさまでしたっ」


千鶴ちゃんは、足元に寄ってきたぽんすけをわしゃわしゃと撫でて「ぽんすけも、また遊ぼうね!」と言いました。


「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです」


「またいつでも来てくださいね」


私の隣で、葉子さんは千鶴ちゃんに「また遊びに来てね!」とハイタッチしていました。



食堂のドアを開けて外へ出たとき、千鶴ちゃんが「あ!そうだ!」と私のところへ走ってきて、「千鶴、明日パパに会うんだよ!」と、嬉しそうに言いました。


「まぁ、そうなの?」


「あぁ、そうなんですよ。別れて以来会ってなかったんですけど・・・千鶴はやっぱり会いたいみたいで。1度、外で会うことになってるんです。ほら、千鶴。行かないと電車間に合わなくなっちゃうから」


「はーい!またね!」


そうして親子は帰って行きました。



「千鶴ちゃん、あのお父さんに会うんですねぇ」


秋の夕空を眺めながら、隣で歩く葉子さんが言いました。


「そうですね。千鶴ちゃん、嬉しそうでしたね」


私はぽんすけのリードを持ちながら、ゆっくりと村の方へと歩いていきます。


「どうなんですかねぇ・・・実際。良いことなのか・・・あ、白井さんだ」


葉子さんがそう言った先には、家の前ではしごを片付ける白井さんが居ました。


「こんにちは。何をなさっていたんですか?」


「おや、また会ったね。これだよ」


白井さんが見上げた軒先には、沢山の柿が吊るされています。


「まぁ、干し柿ですか」


「橘さんや栗原さん家もやってるよ」


白井さんがそう言って「ほら、あそこ」と指差した先の栗原さんのお宅にも、柿が横一面に綺麗に吊ってありました。


「ほんとだぁ!干し柿って美味しいですよねぇ。買ったら良いお値段するんですけど、甘くて何個も食べちゃう」


葉子さんが目をキラキラさせています。


「干し柿好きなのか。出来たら食堂に持っていってあげるよ」


白井さんがそう言うと「やったー!ハルさん、良かったですねぇっ」と、葉子さんは大喜びです。


「まぁ・・・宜しいんですか?」


「勿論だよ。1人で食べてもつまらないが、人が食べてくれるなら苦労して吊った甲斐があるよ」


そう言って、杖を付かないと歩きにくいらしい足をトントンと叩きながら仰いました。



「干し柿っ干し柿!あーまい干し柿っ」


帰り道、葉子さんは終始ご機嫌で歩いていました。


秋の空は高く、鰯雲が美しく広がります。


土手のススキは、夕陽に照らされて黄金色に輝き、とても幻想的。


出会ったお客様たちに、この美しい夕暮れの景色のように輝かしい未来が訪れますように。


千鶴ちゃんの人生が、この先もずっと笑顔でいられますように。


「千鶴ちゃんが大人になった時、今日あそんだ事が、子供の頃の楽しい想い出の1つになっていたら素敵ね」


そんな事を呟きつつ、ぽんすけと楽しそうに歩く葉子さんの後ろを、ゆっくりゆっくりと歩いていきました。

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