第20話
ここ数日、俺が俺である状態が続いている。
過去には一週間ほども交代しなかったこともあるから、特に心配すべきことじゃないけれど、なるべく良太の状態であることが好ましいと考えている俺としては、やや気がかりではある。
それに、隣で弁当を食っている女が、「またあなたなの、もう飽きたわ」みたいな顔をするから、心苦しいというか、腹立たしいというか……。
「いつまであなたなの?」
俺の脳内で放たれた言葉よりは、幾分マシな椎名の問い掛け。
多分これには、昼食を邪魔しに来る俺への牽制が含まれている。
「迷惑と言ってるんじゃないわよ?」
あれ? 牽制じゃない?
「あなた達の事情に詳しくないから、このまま片方が消えちゃったりするのかも知れない、とか考えると、少し落ち着かないのよ」
そんなことを言われると、俺の方が落ち着かなくなる。
「えーっと、まず、入れ替わりは不定期だし心配はいらん。それから、良太から俺へは意図的に代われるが、俺から良太へは代われん」
「そう、理不尽ね」
「あ、まあ、そうだな」
コイツは優しいのか冷たいのか判らん。
……。
「これは彼よりあなたに訊いた方がいいと思うことなのだけど」
ややあって、躊躇いがちに椎名が口を開く。
「なんだ」
いつもコイツが弁当を食う場所。
目の前には鳥居と祠があって、その背後には照葉樹の森。
「この村に、神社が無いのは何故?」
椎名は、その目の前の祠に目を向けたまま、予想外の質問をしてきた。
「……よく気付いたな」
思わずそう答える。
だが答えながら、何故そんなことを、という疑問が当然生じる。
コイツの探しているものと、何か関係があるのだろうか。
「ほとんどの地域では、小さな集落でも一つくらいは神社があると思うけど、ここはそれなりに大きな集落なのに一つも見当たらないわ」
少しばかりの警戒心が芽生える。
「お前の目の前にあるじゃないか」
「これは、神社というより祠でしょう?」
「同じようなもんだろ」
「だったら、この学校が出来る前から、この祠はあったっていうの?」
「……いや、祠は学校設立時からだ」
嘘は言っていない。
学校設立以前から、何か意味のある場所であったとしても、祠自体は無かった。
「それ以前の信仰はどうしていたのよ」
根古畑の歴史、習俗、信仰、積み上げられてきたものや、溜まった澱のようなもの。
コイツは、何を探している?
「そんなもの、知ってどうする」
「……判らないわ」
「はあ?」
「何をどう調べていいのか判らないから、とにかく疑問に思ったことは一つずつ解決していこう、って」
ひたむきな目だ。
大切なものを失くしたときの、何かに縋るような目でもある。
「地図に載ってない神社だって、数え切れないくらいあるのは知ってるか?」
「ええ。でも、それこそ地図に載っていない道まで歩いたのに見つからないから。あなただって、よく気付いたなって言ったばかりじゃない」
「いや、俺が言ったのは、実際にあるかどうかじゃなく、とりあえずは表面上は無いことによく気付いたなってことだ」
「毎日、お昼にお弁当を食べているときに、この鳥居と祠を目にしていたら、嫌でも気付くし気になるわ。学校にまで存在する信仰の対象が、それ以外の場所に無いのはおかしいと思うのが普通でしょう?」
普通の高校生なら、そんなことに関心は向けない、なんて理屈は、椎名には通用しないのだろう。
「寺が無いことには気付いてないのか?」
「お寺に関しては、一見したところ民家と変わらないようなものもあるようだし、墓地に関しては、鉱山跡の近くで見かけたわ。ちょっと普通の墓地とは違う雰囲気を感じたけれど」
やはり鉱山跡も知っていたか。
「ネットで調べた限りでは、神道式のお墓であるように見えた。学校にある信仰対象のことも含め、この地では仏教は根付いていない、少なくとも、大勢では無いと感じたわ」
「お前は、根古畑の歴史も調べたのか?」
「図書館で調べてはいるけど……」
「まあ、文献は少ないよな」
椎名が不敵な笑みを浮かべる。
「そのことを知っているなら、祠に祀られている祭神も、神社が無い理由も知ってるわよね? そもそも、あなたはさっき、表面上は無いことによく気付いたな、と言ったわよね? それって、表面上でないところには、神社と呼べる存在があることを意味してるんじゃないの?」
誘導されたつもりは無いが、椎名は頭がいいな、と思う。
「アメノマヒトツノカミ」
素直に、そう言ったのは何故だろう?
神社の有無はともかく、この地に根付いた信仰対象を口にすることで、何か得られるものなどあるのだろうか?
「製鉄神?」
「!?」
「どうして驚くの?」
「アメノマヒトツノカミを知ってる高校生がいたら驚くわっ!」
「でも、ここでは普遍的な存在なんでしょう?」
「……まあ、少なくとも、この学校に通っている生徒なら知っているかも知れない」
「彼も、知っているの?」
「いや」
「どうして?」
「あいつは、そういった事柄から隔絶しているんだよ」
「どうして?」
「……お前さあ」
「何よ?」
「良太に興味があるのか?」
「……否定はしないわ」
「まあ、興味といっても千差万別だよな」
「少なくとも、悪い意味では無いわ」
「それなら、まあいいんだが」
「あなたも含めて」
照れも迷いも無く、どうしてコイツはこんな真っ直ぐな目を向けることが出来るのだろう?
警戒を怠ってはいけない、そう言い聞かせながらも、俺はこの先もコイツと関わっていくであろうことを確信する。
良太が思うように、椎名はどこか澄埜の姿と重なるのだ。
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