第5話
目を覚ますと、まずは最初に枕元にある連絡ノートを開く。
「規理乃ちゃんと話した! 学校に来たゴローが、規理乃ちゃんにとても懐いて嬉しかった!」
踊るような文字で書かれている文章に、小さく溜息をついてから起き上がる。
そもそも連絡ノートは、俺から良太に向けて書くために用意したものだ。
良太は俺の行動を認識できないが、俺は良太の言動は概ね知覚しているからだ。
なのに書くってことは、それほど嬉しかったのか、あるいは、俺が椎名のことを気に入ってないから、ぶち壊すようなことをするなと牽制しているのか、なんてことを推し量る必要も無いくらい、良太のことは手に取るように判る。
この文章を記したときの、良太の胸の高鳴りを、俺は自分のことのように感知しているのだから。
六月とはいえ、まだ梅雨には入っておらず、朝は爽やかだ。
ただ、今は晴れているけれど、風向きからすると、午後には天気が崩れそうな気配。
そんな風を感じながら、タロウ達を連れて散歩に行く。
隣家の庭先で、ばあちゃんが草花の手入れをしている。
「ばあちゃん、おはよー!」
いつも通りの挨拶をするが、いつも通りに無視される。
それでも、ばあちゃんがいい人なのは知っているので、俺と良太の、毎朝の習慣みたいなものだ。
良太が辿る散歩コースは当然知っているけれど、俺が俺であるときには、タロウ達は違うコースを進む。
コイツらは俺と良太の違いを明確に把握しているようで、コースだけでなく、良太のときは右目が極端に悪い良太をサポートするように歩くし、俺の時は比較的自由に歩き回る。
菊崎商店の前に出る。
根古畑の中心地にある、パンやお菓子、生鮮食品から雑貨まで扱っている、根古畑随一の小売店だ。
と言っても、普通の民家と大して変わらない規模だけど。
この時間だと、もちろん店は開いていない。
店の前は、道路が広くなっていて、その真ん中に楠の大木が立っている。
根古畑ではいちばん大きな楠で、その木陰には鎮魂碑がある。
日清、日露、大東亜で、この根古畑から出征して亡くなった者達の名前。
こんな小さな村から、これだけの人が、と思える数。
俺は、何なのだろう?
もう幾度も繰り返した疑問。
石板に刻まれた名前を指でなぞると、ふっ、とかつて見た笑顔が甦る。
朧気ながら、この楠のまだ小さかった頃の姿さえ、思い浮かべることが出来る。
そんなことは、感傷と自己嫌悪を連れてくるばかりで、俺は暫し、力無く立ち尽くしてしまうのだ。
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