第25話 『こだわりと趣味と』

 先日のシミュレーター演習以来、郷志への候補生たちからの信頼度はものの見事に高まっていた。




「あの学長、ここまで計算してシミュレーターに乗せたのかねぇ」


『流石にあれは成り行きであると推測します』




 あれから郷志が担当する事になった戦技教練――授業という名のシミュレーターによる候補生たちとの演習――は好評を博していた。


『皇国の双剣』と名高い近衛櫻子や竹内文子と言う、極めて優秀な奏者が行う教練と同様の、非常に高い評価を得るに至ったわけだが、郷志にとってはゲームセンターでちょくちょくやっていた、騏体操作には慣れたが今ひとつ戦闘がうまくいかないと悩む、ヘビーユーザーに成れるか成れないかの瀬戸際と言ったあたりのプレイヤー達との共闘モードによる戦闘指南と然程変わりがなかったため、申し訳ない気持ちで一杯なのであった。




「評価自体は嬉しいし、慕ってくれるのもありがたいんだけどねぇ」


『奏者としてはともかく、軍人としては彼ら候補生のほうが遥かに上ですし』


「そりゃそうさ」




 ゲームとは言え、長年ほぼ同型の筐体で培ってきた郷志の騏体操作技術は、現実においてもそ遺憾無く発揮され、この世界の奏者の頂点とも言える櫻子や文子にも引けを取らない、遜色がないどころかある意味上回ってさえいるのだ。




「まさか『完全手動操作フルマニュアルコントロール』を候補生たちから一斉にダメ出しされるとは思ってもいなかったし」


『ですが彼ら候補生の言うことは的を射ています』




 先日のシミュレータ演習の後、候補生たちから幾つもの質問を受けた郷志はそれらを嫌がることなく事細かに説明しつつ全てに答えていった。


 以前なら「ヲタ趣味全開の解説とかキモいって思われるんじゃね?」などと少々気が引ける内容であるが、目の前に居並ぶ者たちは彼の口にする一言一句を聞き漏らすまいとむしろ郷志が引く勢いで矢継ぎ早に質問攻めにしたのである。


 郷志の語る内容には、少々どころではないゲームと現実との齟齬があったはずであるが、そのあたりはすべて質問者側が良い方向へ変換してくれたようである。


 そして、前述の手動操作に関して、郷志にとっても得るものがあったと言う点であろうか。


 その一因となったのが、小柄で銀髪をショートカットにした少女、乙小雪きのとこゆきからの質問であった。




 ☆




「鴫野教官、質問があります」


「ん ?あ、はいはい。なんでしょう」


「シミュレーションの中で、騎体がこう、気持ちわ……やけに変わった動きをしていたのですが、あれはどういった操作をなさっていたのでしょう」




 いま絶対気持ち悪いって言いかけたよね君!とツッコミかけた郷志であったが、彼女の質問にハテ、と首を傾げた。


 どういった操作も何も、郷志にとってはいつも通りの完全手動操作の賜物である。


 後で戦闘のリプレイを見るなりすれば別だが、リアルタイムで自分の騎体の動きを見ることはできない。


 初期の頃なら頻繁に自身のプレイを何度となく見直した経験はあるが、熟達した頃には結果にしか興味はなかった。


 無論改装した自騎の動作確認や新規に装備したネタ系魔導兵装の発動エフェクトなどは事細かに確認していたが。


 それはさておき、奇妙な動きとは?と自問した郷志に答えをくれたのは、記憶力という点に関しては人間よりも優れている電子世界の住人、大和であった。




『マスター、おそらくは手動操作による各部の個別稼働が彼女をして「変わった動き」と言わしめているかと推論されます』


「ん?あー、あーなるほど」




 それは当然のごとく候補生たちの前で行われた会話であるが、大和の声は郷志のイヤホンマイクにのみ届けられているために、周囲の面々には一人で納得しているかのようにしか見えなかった。




「そっか、普通はC.A.M.コンピューターアシストモードだもんな、そりゃなー」


「普通は、って何を言って……」


「いやなに、俺、騏体操作は全部手動でやってるからね。そのせいで変わった動きに見えたのかなって」


「はぁっ!?」




 その郷志の言葉に、周囲の候補生たちは一斉に声を上げた。




「教官っ! 全部手動ってどういうことですか!?」


「わざわざ操作を煩雑にしてどうするんですか!」


「ていうかそれでどうしてあの結果が出せるんだ?」




 非常識だ、ありえない、馬鹿かお前、等々。


 郷志への異論反論は多岐にわたった。


 彼もそれは重々承知ではあったため、はいはいどうもと流していたのだが、その異論の一つがはたと意識に引っかかったのである。




「せっかくコンピューターに学習させた効率的な動きを使わないって、何考えてるんですか?」




 その言葉に、郷志は衝撃を受けたのである。




 ☆




「そうだよなぁせっかく学習型コンピュータが搭載されてるんだから、有効活用しなきゃだわ。某連邦の白い奴とかも動作を繰り返すことで最適化してくって設定だったはず……多分」


『動作データ最適化開始』




 候補生の言葉に衝撃を受けたとは言っても、郷志の心を動かしたのは候補生が言った言葉の真意からは随分とずれていた。




「某ロボ騎兵の死なない人だって、対戦相手に合わせて動作を特化させたプログラム組んでたりしたし、うんこれは正しい流れ……」


『動作データの最適化を完了。以後、コントロールはC.A.M.を選択。作業終了しました、マスター?』




 そう、効率的な動き云々よりも、過去のアニメ作品において「学習するコンピューター」を利用した機体や「専用の動作設定をプログラムした」為に動きが良くなった機体を思い浮かべたのである。


 完全手動操作もこだわりとしては悪くはないが、コレから先はシミュレーションだけではない可能性もあるのだし、と方針を転換したのである。


 そして本日。


 候補生たちとのシミュレーションを終え、本日の業務が終了した郷志は、半ば日課となっている『グラン・パクス』の起動チェックを行うと共に、C.A.M.をより快適に利用するためのセッティングを行っていたのである。やるのはほぼ大和であるが。


 それに伴って、騎体制御のプログラムを更新、自身の操作による完全手動から、これまでに貯めに貯めた戦闘記録から騎体制御の動作データを抽出、それによるC.A.M.の最適化を行っているのである。




「ん?ああ、案外早かったな」


『本体のプロセッサを使用しましたから』


「なるほど……って事はだ。お前も本体に繋いどくと、タブレット状態よりもハイスペックになるのか?」


『単純な計算速度であるならば肯定です。マスターとの会話に於ける文章構築に関しては否定』


「ふうん? ファジーな内容だから、とか?」


『会話にはリズムとタイミングと間が必要だと、初期設定時にレクチャーしてくださったからです、マスター』


「……んな事言ったっけか」


『マスターの記憶力は私の万分の一にも及びませんね、これだから童帝は』


「やかましいわ! 童帝は関係ないだろう童帝は!」


『それはどうでもいいとして、マスター?』


「どうでもよくないからな! ってなんだ?」


『いつも通り高倉正六位がお見えです』




 グラン・パクスは現在、ここまでの移動の足に使用したエアランダー小型飛行揚陸艇に格納されたまま、駐機場に置かれている。


 その郷志の使うエアランダーであるが、実は皇国から下賜されたもので、なんと私物である。


 むろん、維持できるだけの資産がなければそもそも下賜されたりしないものだが。


 それだけの功績を上げたと認められての所有であるため、断るわけにも行かず、かと言って『グラン・パクス』をその辺の格納庫に放り込んでおくのは心細いのも確かなため、移動格納庫兼トレーラーハウス的に便利に使っている郷志である。


 そんな所にやって来た高倉正六位。


 本来郷志の世話役としてここまで付き従ってきた彼女であったが、今現在本来の業務に差し障りが出るほどに忙しい状態となっていた。


 何故ならば。




「あーもう、こんなに遅くなっちゃうなんて。全く、何が嬉しくて私なんかに引っ付いてくるんだか。M.F.A.の事なら近衛従三位か竹内正四位に聞きなさいよ……。私は教官として赴任したわけじゃないんだってば」




 郷志の評価が高まったあのシミュレーター演習。それに巻き込まれて参加していた彼女も、候補生達から一目置かれ、しかも見目麗しいと来たものだからその扱いは下にも置かぬものとなった。


 その上で、同じく美貌を誇る『皇国の双剣』であり『坩堝の戦乙女』近衛櫻子や『格闘妖精』竹内文子に比べると、非常に取っ付きやすいというか親しみやすいというか。


 要は敷居が低いのもあり、候補生達から一番人気となってしまっていたのである。


 愚痴と言うか何というか。郷志が指導を行っている間は実質手隙なため、順番待ちの候補生らと気やすく会話を行っていたりするのがそれに拍車をかけているので、ある意味自業自得の部分もあるのだった。


 ぶつぶつと言いながらここまで移動の足に使ってきたバイクのような浮揚車を脇に停め、郷志のエアランダー搭乗口へと足を進めると、開閉スイッチに触れる前に扉が開いたのである。




『いらっしゃいませ、どうぞお入りください』


「あ、ありがとう」




 グラン・パクスのみならず、エアランダーの制御まで行うようになった大和によるお出迎えであった。




「いつもすいません、高倉正六位。あ、そこ座ってください」


「いえ、これも仕事のうちですから」




 ですよねー、と内心苦笑いの郷志である。


 若い女性を自宅に招いたことなど無い郷志にとっては、相手が好意で行っているのかどうかなど、言葉のニュアンスで理解できようはずがなかった。


 高倉としては、郷志に変な心の壁を作らせないように、あくまでお仕事の一環ですという建前であったのだが、逆効果にしか成りはしなかった。


 なお彼女は上司から、特にこれと言った指示は与えられていなかった。


 あくまでも、皇国にとって非常に有益な騎体の持ち主とその奏者であると言うことしか知らされておらず、ハニートラップだとかそういった事を行えと言い含められている訳でもなかった。




「それでは今日も始めさせてもらいます」


「はい、お願いします」




それなりの広さがあるリビング的な部屋で、二人は向かい合って床に腰を下ろしたのである。


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