第24話 『結果』

「自騎を囮に、とはな」




 モニター画面に映る、多数の敵性体を引き連れて飛び回り続ける剛志の騎体を見つめながら、学長の小倉正三位は眉間に皺を寄せた。


 同様の状況に部隊がおかれたと仮定した際の戦術シミュレーションで、その方策も一考したことはあった。


 だがしかし、それは早々に選択肢から外されることとなった。


 囮となった騎体の生存率が著しく低い……いや、間違いなく損耗する為である。




「……おいおい今のを避けるとか」


「なにそれ、なんでいまので命中あてられんの?」




 背後で同じ画面を覗き込んでいる生徒たちの言葉が、彼のそれを裏付ける。




(たとえ初めから自騎を囮にする前提で騎体を調整していたとしても、ここまで避け続けられるものなのか?)




 M.F.L.に限らず、騎体は全て出撃前にその状況にあわせた調整が行われる。


 出撃してからでも行えるが、専門の知識がなければバランスが崩れてしまい、かえって悪影響となる事もある。


 だがしかし、郷志は飛行しながら、それを行ったのである。


 そしてそれは、今現在目の前で繰り広げられている電脳世界で、ではあるが、確かな結果が示されようとしているのだ。


 確かにこれはあくまでも、電脳空間においての仮想訓練である。


 実際に敵性体がこの通りに動くとは限らない。可能な限りその習性・行動パターンを再現してはいるが、あくまでもそれは再現なのだ。


 けれど、限りなく現実に即して行われるシミュレーションは、習熟しさえすればそのまま実機においても同様の機動が行えるのと同義であり、それは取りも直さず現実にこの状況が起こった場合であっても、彼・は対処しうるということでもあった。




「うわ、なにあれ。なんか騎体が気持ち悪い動きしてる」


「なんなんだ?あんなのどういう射撃管制させたら出来るんだよ」




 避け続けながらも折を見ては追いすがる敵性体に射撃を行い、僚騎へと向かうのを阻止、そうして更に逃げを打ち避けまくる郷志の騎体。


 これにより、敵性体への攻撃に集中することが出来る櫻子らケラスス隊の面々は、無駄弾を撃つことなく、余裕を持って敵を磨り潰して行けることとなった。


 そうして、小一時間ばかりが過ぎた頃、郷志からの通信が櫻子へと届いた。




『ケラスス5よりケラススリーダー』


「どうしたケラスス5」


『誰か俺と同じことできますか?そろそろ魔導炉が稼働限界ガス欠に近づいてるもんで、出来る人がいるようなら交代して魔導炉を休ませてやらないと……』


「ふむ、では――」


『ケラスス2よりケラススリーダー。私が行きます。ケラスス5、下がりなさい』




 できるだけ節約してぶん回して――矛盾した言葉だが――はいたが、郷志の搭乗しているスメール級の魔導炉が流石に限界に近づいてきていた。


 魔導炉――マジス・コア――は、魔宝珠と呼ばれる魔素を魔力へと変換する性質を与えた魔晶結石の別名であり、機導魔鎧や様々な現代魔導技術の根幹を成す品である。


 空間に満ちる魔素を魔力に変換し、人だけでは成し得ない大規模な魔法を行使する為の、魔法動力炉。


 流石のそれも、戦闘稼働を、しかも常時レッドゾーンの回転域で息つく暇もなく全力稼働を行う郷志の求める変態機動に追従した結果、過負荷を長時間かけられたエンジンの如く、オーバーヒートとも言える状態に陥っていたのである。




【本体グラン・パクスでしたら、何日稼働しようがこんな状況には陥らないのですが】


【しゃーないしゃーない。デフォルト騎体でここまでやれたんだから、十分だって】




 櫻子へ、囮役を交代しての作戦継続を提案した郷志は、そんな事を大和と会話しつつ、文子の騎体が迫ってくるのを接続された騎体からの感覚情報で感じ取っていた。ゲームの時だと流石にここまでの再現は無理だったよな、などと思いながら。




『ケラスス2よりケラスス5。ポジションに付いたわ。後はこちらが惹きつけるから、随時離脱しなさい』


「ケラスス5、了解」




 そう郷志が答えると、文子が操るケラスス2は腕部に魔法陣を形成、標準装備の速射魔導砲――ではなく、近接防御用の多砲身魔導砲を顕現させると、直ちに射撃を開始したのであった。




「おお? そう来るか」


【アレならば細かい照準をする手間も省けますし、敵性体の気を引くだけの威力も十分と言ったところでしょうか。射程の短さが気になりはしますが……】


「その辺は心配いらんみたいよ?ホレ」




 引き付けなければいけない敵性体との距離が開いているなと見受けられたその次の瞬間、多砲身魔導砲が顕現している腕の肩部に自由継ぎ手で固定された速射魔導砲が現れ、射撃を開始したのである。




【なるほど、流石は『皇国の双剣』。模倣だけでなく応用も恙無いですね】


「まあ俺みたいなバッタモンとは一味違うって話だわ。ふむ、ひのふのみのよの、と」


【パチモンとは言わない当たり、自己評価自体はそれなりなのですね】


「うるさい黙れ」




 郷志が引っ張っていた敵性体を、一匹も逃さず惹きつけ続けつつ、新たに出現した敵性体への射撃やそれら全ての敵からの攻撃を無理なく捌いている。それを郷志は漏れがないか数を確認しつつ離脱を始めた。なおバッタモンは本来非正規流通商品の隠語であり、パチモンは模倣品という事らしい。




【非常に的確で効率のよい射撃ですね。勘とその場の勢いとノリ重視のマスターとは段違いです】


【うっさいわ。マジモンのプロと比べるのがおかしい。俺なんて所詮は騎体操作がちょっとうまい程度のエンジョイ勢なんだからな】


【エンジョイ勢かっこわらいですねわかりますん】




 できるだけこちらに敵性体の意識を向けさせないように、魔力推進による推力を落としてほぼ無動力の滑空状態でケラスス2から離れつつ、郷志は傍らのタブレットから伝えられる無駄話を続けていたりする。




『ケラススリーダーよりケラスス5。よくやった。魔導炉の回復を優先して、部隊の中央で退避行動に専念しておけ』


「ケラスス5りょーかい」




 櫻子からの指示に従い、残る三騎の元へと合流を果たすべく移動を行う郷志であった。




 ☆




「ふう……」


【お疲れ様でした、マスター】


「まさかここまで保つとは思わなかった……」




 動きを止めたシミュレーター内部で、凝り固まった身体を解しつつ、郷志は大和の労いの言葉に応えた。


 結局、あれからおよそ2時間。囮役に限界が来るたびに役割を入れ替えて継続、を繰り返していたのだが、飛島飛鳥と高倉紀都の二人が体力と騎体の限界を訴えて終了と相成ったのである。




【近衛従三位と竹内正四位の能力はマスターに勝るとも劣らないレベルでしたが、流石に学生と第一線に立っていない方ですと見劣りします】


【いやいや、初めに会ったのがあの二人だからって、比較対象にするのは可哀想だろう】




 国家単位でトップに立てる櫻子と文子の二人と、優秀とはいえ未だ学生の飛島飛鳥少初位に、奏者適正があるからとりあえず資格を有している高倉紀都正六位とでは、較べるのですら可哀想というものだ。




【ですが戦場に出るのであれば】


【そだな、敵の攻撃は平等に飛んで来るだろうな】




 大和の言葉に、郷志は神妙に頷いた。そして――。




【今回のタイムは二時間三六分二九秒です。同等の難易度で行われたと推測される、元の世界でのネット上の累計最高記録は八時間三九分二秒でした】


【うん、やっぱ廃人は廃神だわ】




 この記録を達成した廃神チームは、各自サポート人員を用意した自宅接続組であったという。


 飲食、排泄はもとより、全体を俯瞰して指示を与える早期警戒管制機AWACSと同様の役割を担う人材まで用意した上で、集団戦闘のために演習を繰り返した上でのチャレンジだったとか。




「まあ、それなりの結果は出たんじゃないかな、っと」




 そう言って大和の入ったタブレットを取り外してシミュレーターから出ようと腰を浮かした郷志は、開き始めた扉の向こう側から、異様な雰囲気が漂ってくるのを感じ。


 次の瞬間、それが爆発した。




「鴫野教官!」


「素晴らしいお手並みでした!」


「次の実習の際には是非ご指導を!」




 開ききったシミュレーターの扉の向こう側、稼働中は立入禁止となっている柵の向こう側には、シミュレータールームから溢れんばかりの候補生たちがひしめき合い、郷志や櫻子ら他、この仮想戦闘に参加した奏者全員に賞賛の言葉が向けられていたのである。


 そんな人垣を割って進み出てきたのは、学長の小倉であった。




「いやいや、実に見事。正に言葉も無いとはこのことだな」




丁寧に揃えられていた頭髪を撫でつけながら、小倉は感心しきりといった態度でシミュレーターから出た五人を出迎えた。


候補生たちの歓声を背に、その高得点を叩きだした主因たる郷志を真っ直ぐに見据えながら。


そしてこう言い放ったのである。




「候補生諸君、この素晴らしい腕前を持つ鴫野従四位が、近衛従三位、竹内正四位らとともに今後君らの奏者としての技術を指導してくれる事となる」




その言葉が響き渡ると、候補生達からの歓声が一際大きくなる。


見渡せば、笑顔を浮かべて候補生らに手を振る櫻子に文子の姿。なお高倉紀都正六位と飛島飛鳥少初位の二人はどう反応したら良いのかと戸惑うばかりであった。


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