15/誕生日は何曜日?

「──あら。こんな所にいたのね、過咲くん。今日も昼休みに教室にいないからどこに行ったのかと思ったわ」


 現れたのは美丘先生。伊達の事件以来よく眠れないらしく、目の下には隈ができている。


「すみません、水見さんとお話していました。それよりも聞いてください、僕の机に手紙が──」

「──! 待って!」


 水見さんが僕の言葉を遮る。

 美丘先生は首を傾げ、「どうしたの?」と言った。


「先生、私から言います。昨日私、過咲くんにラブレター出して今日から付き合うことになったんです」

「──ちょ!」


 驚愕した。僕が、水見さんと──?


「あらあら。そうだったのね。…… お邪魔して悪かったわ」

「ちょっ、ちょちょちょちょ! ちょっと待ってください先生!」


 慌てる僕の姿を見て、美丘先生はクスッと笑った。


「隠さなくてもいいのよ、過咲くん。でもまだ子供なんだから、健全なお付き合いをしなさいね?」

「はぁーい!」


 水見さんはニッコリと笑う。そんな彼女の横顔を見て、僕は自分の顔が燃えていないか心配になった。

 熱すぎて、熱すぎて──。


「先生はちょっと外の空気を吸いたかっただけだから、気にせず二人で屋上にいてもいいわよ?」

「いえ、失礼します。先生も無理なさらないでくださいね? ……ほら、優くん行くよ!」

「……え? あっ、えーと……」


 何が起こっているのか理解できず、僕の視線は水見さんと美丘先生を行ったり来たりしていた。


「ほら! いいからこっち!」


 水見さんは僕の手を握り、半ば引きずるようして扉を抜けた。


 ──水見さんの息遣い……荒い。


 なんだか少しだけ、水見さんが大人っぽく見えた気がした。

 階段を踊り場まで駆け降りると、彼女はその手を離した。


「──優くん」

「ひゃい!」


 声が裏返る。彼女は僕と視線を合わせようとしない。


「……ダメだよ。まだ、誰も信用しちゃ……ダメ」

「──! 犯人は、先生ってこと?」


 水見さんは首を振る。


「わからない。でも、脅迫状が送られたことは……誰にも言っちゃダメ」


 振り向いた彼女の表情は鬼気迫るものがあり、僕は頷かざるを得なかった。

 そう、いつもの水見さんの顔ではなかったのだ。

 無言で頷くと、彼女はいつもの笑顔に戻った。


「……ゴメンね。怒ってるわけじゃないの」

「だ、大丈夫だよ! わかってるから……」


 僕はそれよりも、握られていた手の温度が忘れられなかった。

 水見さんの、冷えた──手。

 視線が合うと、彼女は照れながら俯いた。


「あ、えーと……。──これからも、ずっと友達でいようね、優くん」

「……あ、うん」


 さっきのは美丘先生を欺くための演技だったのだろうか。正直、女の子の気持ちはよくわからない。

 いや、今はそれよりも脅迫状だ。

 残るキーワードは【血塗られたマスク】。水見さんは「それは脅迫状と意識づけるための言葉かもね」と答えた。

 二階分の階段を降り、教室まで続く長い廊下を歩く。廊下には所々に生徒達が談話をしているのか楽しそうに笑っている。


「つまり、僕の誕生日に伊達みたいな大怪我負わせるぞ、ってことなのかな?」

「たぶんね。それにしても……ずいぶん余裕だね?」


 僕は首を振る。


「……うぅん、怖いよ。でも日時を指定してるってことは、その日を凌げばなんとかなるかなって……」


 殺されるかもしれないのだから怖いに決まっている。怖いものは怖いのだ。しかし、その恐怖を水見さんが共有してくれることで、ネガティブな感情は軽くなっている気がした。


「そうね。犯人もなんらかのルールを自らに課していると思う」


 そして彼女は、「ところで、誕生日はいつなの?」と僕に尋ねた。


「……五月──十三日」


 その言葉を聞いて、水見さんは立ち止まる。


「──あと一週間もないじゃない」


 彼女の不安そうな顔を見て、僕は苦笑いして頷いた。

 僕が原因で水見さんを苦しめることだけは、なんとか避けたかったのだ。


「まぁ、なんとか──」


 キーンコーンカーンコン。

 僕の言葉を遮るようにチャイムが鳴る。そして、廊下で会話していた生徒達が一斉に教室に戻ってゆく。

 廊下はしんと静まり返り、僕と水見さんだけがそこに残された。


「……なんとかなるよ、きっと」


 僕は一生懸命に笑顔を作り、彼女とともに教室に入った。

 教室は色を失い、僕の世界はまたモノクロに染まる。


 ──なにか、伊達の事件と共通点があるはずだ。


 今日も授業には集中できないな、と僕はため息をついた。

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