第10話 神出鬼没な後輩ちゃん

「しかし、人助けになると話は別です。この言葉には、補うという言葉がありません。つまり、相手のことはどうだっていいのです。」

「別に誰もそこまで言ってないと思うのだが…」

「たとえば、さっきのおばあちゃんがその荷物で筋トレをしていたら、荷物を持ってあげたらむしろ迷惑ですよね?」


「うーん…」首をかしげてみたものの、いまいちわからない。

「でも、端から見れば、行為としては同じなので、助けるにあたります。これが人助けです。」


「そこまで思ってるんだったら、なんで間違えたの?」

「私がしていることは、人の幸せとかはどうでもいいので。」

 チョークを元の場所に戻し、手をパンと叩き、粉を払って近づく。

「というと?」

「真実を知るというのは、必ずしも幸せとは限らないのです。」

「まあ、本当のことを知って、傷つくこともあるからな。」

「でも、知らないということは立場的には弱いのです。」

「立場的に、なあ。」

「知っているということは、言っちゃえば神に一歩近いということです。全知全能の神に。」

「そうなるのか?」時折見せる中二病的発言にドキッとする。


「いや、幽霊がいるんですから、神様だっているでしょ。」

「なぜ、いるって言えるんだい?」

「私、分かるんですよ。先輩を見てれば、何となく。」


 顔を近づける後輩。さっきまであえて言わなかったが、黙っていればかわいいのである。それこそ、姫というだけあって。前髪を作り、後頭部でまとめてあり、まとめてある髪の下がまた何とも言えない魅力があるのだ。


「この髪型は、ハーフアップっていうんですよ。仲のいい女の子もいない先輩は知らないでしょうけど。」

「いや、幼馴染いるから。彼女は、その髪型しないだけだから。」

「…は?な、なに言ってるんですか?私に人生の補助をしてほしいんですか?」

「いやいやいや、別に幼馴染くらいいてもいいだろ?」

「じゃあ、信用ならないようなので、正直に人生の補助をします。」

「…は?何言ってるの?」


「その子」もう一度、チョークを持って黒板にどうやら名前を書き始めた。

『和泉弥生』

「ど…どうして。そ、その名前を…」


「だって、知ってますよ。あなたのことも。だから、最初にあなたに話しかけたんじゃないですか。入学式を終えて、最初に見かけたらあなたから興味深いものが見えたので。」

「意味が分からないよ、冴姫ちゃん。」


 時計を確認して、「あと5分。」とつぶやき、今までの黒板に書いた文字を消し、振り返って右手を腰に当て、左手で俺を指さした。


「あなたの、その幼馴染とやらは、死んでいます。あと、ついでに言うならその妹である皐生ちゃんも。卯生ちゃんは…大丈夫みたいですよ。」

「私はこれで」とドアを勢いよく開けて颯爽と出て行った。

「何だったんだ?」

 すると、1秒もたたずに、帰ってきた。


「言い忘れていました。15年前です!それでは!」


 15年前?皐生ちゃん?誰だ?15年前ということは、10歳だ。その時、弥生さんは12歳。卯生ちゃんは、6歳だな。皐生ちゃんは…?


「俺が知らないということは、産まれてないってことになるな。」

 しかし、名前が挙げられたということは、産まれるという事実はあったのだ。ともすれば、皐生ちゃんは、おなかの中にいたのかと推察できる。


「いやいや、雰囲気に流されたけど、もしかするととんでもない嘘かもしれない。」

 それだと、とんでもなさ過ぎて、神経を疑う。精神科でも紹介するべきか?幸いにも俺の知り合いに元医者がいる。ツテがあるかもしれない。


 その後、何事もなく授業を終え、サークルの部室に向かった。俺の所属するサークルは「霊界研究会」。まんまである。

 この研究会には、俺を含めて3人いる。まずは、教授の如月大和きさらぎ やまと。さっきの医者というのはこいつのことだ。


「おいおい、こいつ呼ばわりとは、ご挨拶だね~」

 実は、同じアパートに住んでいる。

「まあ、俺は3階で、よみ君は2階だけどね。」


 そして、もう一人。摂津文水せっつ ふみである。彼女はすでに死んでいる。議論の余地なく、メモ書きのスペースもなく。何をどう解釈しても死んでいる。


「何もそこまで言わなくてもよいではないか。」

 そして、この部屋が部室。10畳の部屋で、荷物はほとんどない。机やいすくらいだ。

「それで、何か用かい?こよみ君。」

「いい加減にしてくれ!俺の名前はよみかずだ!…まったく。河内冴姫って知っているか?」

「…冴姫か。もしかして、今後ろにいる子かな?」

「…え?」いやいやいや、そんな事あるわけがない。え?ほんとに言ってんの?

 少し振り返ると、

「せんぱーい!また会えましたね!」

 ニコッと輝く良い笑顔だった。


「な、何で…ここに?」

「何でって~先輩がいるからですよ!もしかして、私の話ですか?困ったなあ~」

 にやにやが止まらない後輩。

「でも、大和さん。私はもうこよみ君の物ですから!」

 一応教授である人に向かって堂々と指をさして、仁王立ちになった。


「おやおや、まだ一言もしゃべってないのに振られちゃったよ、こよみ君。」

「だから、よみかずだって言っているだろうが!」

「こよみ君もマナーに関しては人のこと言えないと思うなあ。年上なのに名前呼び捨てだし。」

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