片耳の穴は29年目の春を迎える

みやふきん

第1話

高校三年生の春休みに私はピアスを開けた。

電車で30分かけて買いに行ったピアッサー。私は自分の部屋でひとりきり。先端の尖ったピアスが仕込まれた、ホッチキスのようなものを耳たぶに挟んで力を込めた。一瞬の衝撃。

私は自由を得たような気がした。

校則で縛られることなく、自由に着飾ることができるようになった。


脈打つ痛みがしばらく続き、同じように消毒を繰り返し、くるくる回して固まらないようにしていたはずなのに、いつのまにか左耳の穴は膿んでしまって、私は左耳の穴を諦めることにした。

残った片方の、わずか0.数ミリの右耳の穴が塞がらないように、私はせっせとピアスをつける。

はじめて買ったのは憧れの真珠のピアス。漫画の主人公のように強くなりたかった。やはり漫画の登場人物に憧れて、翡翠のピアスが欲しかったけれど、高価すぎて買えるわけもなく、どこか似ているクリソプレーズを買ったりした。


大学生になってはじめての夏、ピアスを開ける友人に便乗して、整形外科に行って再び左耳の穴を開けてみた。しかしやはり調子が悪くなり、私は二度も左耳の穴を諦めた。

もはやこれはさだめと思い、以後左耳に穴を開けようとはしなくなった。


片耳だけのピアスの意味を調べると出てくるのが、女性の場合、左耳はレズビアンで、右耳は「優しさと成人女性の証」なのだそう。

男性の左耳のピアスの意味なら良かったな。「勇気と誇りの象徴」

守られる人より、守る人になりたい。


もらったり、時には失くしてしまったりしながらも、少しずつピアスは増えていった。買った時のこと、もらった時のことをよく覚えているものも、もう忘れてしまったのも混ざっている。今は職場の規則でまた縛られて、仕事中はつけられないけれど、休みの時はせっせとピアスをつけている。


体は傷を治していく。私はそれに逆らって右耳の穴が塞がらないように、ピアスをつけようとする。たぶんそれは、好きなものを好きな時につけられる自由を得た時のことを、意思を守ることなんだろう。私の意思が続く限り。




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片耳の穴は29年目の春を迎える みやふきん @38fukin

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