第63話 特訓

 翌日、ライラの声で目が覚めた。眠気まなこで目蓋を開ける。すると、眼前にライラの顔があった。わしは思わず「きゃっ!」と情けない声を上げてしまった。その拍子にお互いに頭をぶつける。



ライラ「痛たたたた……おはようございます」



ライラは頭を押さえながらも、挨拶をする。わしは少しムッとしたが挨拶を返した。そして、バルもいつの間に隣で寝ていたのか、すやすやと睡眠している。



ライラ「今日はお仲間の皆様とご一緒に学園内を回るなんてどうです?色々紹介したい所がございますのよ」



確かに、初日はゆっくりと学園を探索するのも良いかもしれん。すぐに支度をすると、まずは同じ女子寮のカナの所へ向かった。しかし、カナは同室の生徒達に連れられて不在だった。仕方なく男子寮へ向かう事にした。男子寮は女子寮のすぐ隣だから時間は掛からなかった。



デスタ「ん?あそこにいるのは…」



男子寮の入り口まで来ると、女子達が誰かを取り囲んでいる。よく見ると輪の中心にラッシュがいる。しかし、相変わらず女が苦手なのか、顔が赤くなり、石像のように固まっている。ラッシュはこっちに気づいたのか、助けを求めるよう、ぎこちなく手を振っている。だが、あの人混みをかき分けるのは面倒だ。適当に手を振り返して立ち去ろう。ラッシュの視線を無視してさっさと男子寮に入った。



ライラ「師匠、あの方は放っておいていいのですか?」


デスタ「ああ、問題ない。アイツはもう少し女に慣れさせておかねばな」



男子寮は女子寮ほど綺麗ではないが、そこまで酷いわけでもない。寮長にフェインとピノの部屋を訊き早速、二人の部屋へと向かった。部屋へ向かう途中、男子生徒達に声をかけられたがデスタは軽くあしらいながら歩いていく。そして、最初にピノの部屋へとたどり着いた。部屋をノックする。すると、中から気弱そうな男の子が出てきた。見たところピノと同じくらいの歳だろう。



デスタ「この部屋にピノがいると聞いたんだが、いるか?」


男の子「あ、ピノ君の友人でしたか……ちょっと待ってて下さい、呼んできます」



気弱そうな男の子は部屋の奥に戻っていった。少しして、ピノを引き連れて戻って来る。ピノはまだ眠たそうだ。寝癖で髪がボサボサになっている。だが、デスタはそんな事お構いなしに用件を伝える。こうして、ピノは半強制的に学園案内に付き合う事になった。その際、ピノと同室の気弱そうな男の子も連れて行く事になった。彼の名前はソハヤ。筆記試験は学年トップらしい。しかし、実戦になると学年最下位のようだ。



ソハヤ「と言う事で皆さんよろしくお願いします」


デスタ「そうだ、お前も鍛えてやろうか?」


ソハヤ「鍛える…ですか?」



デスタとライラは事情を説明した。すると、ソハヤも喜んでデスタの特訓を受けたいと言ったので、めでたく二人目の弟子を獲得した。



ソハヤ「よ…よろしくお願いします先生」


デスタ「ああ、任せておけ」


ライラ「失礼、この方の呼び方は先生ではなく師匠ですのよ」


ピノ「まあまあ、どっちでもいいじゃない」


ライラ「良くありませんわ。呼び名が統一されていないとややこしいでしょ?」


ピノ「なら姉御にしよう」


ライラ「姉御ですか……では、わたくしは今日からお姉様と呼ばせて貰いますわ。ソハヤ君もそれでいいですね?」


ソハヤ「は…はい!お願いします!姉さん」



この日、ライラとソハヤはデスタにみっちりしごかれた。

それから、一ヶ月と十日が経った。デスタ達は学園にもだいぶ慣れ、皆それぞれ強くなっていた。ライラとソハヤの二人も、デスタの特訓によって、強くなっている実感があった。これなら、そこら辺の冒険者より強いだろう。と言う事で、今日は近くの森に三人で特訓しに来ていた。

しかし、この辺りには前々から奇妙な噂がある。なんでも、動物達が跡形もなく消え去る事が多々あるらしいのだ。そう言えば、アルカランドに来る途中に通った山でも似たような事があった気がする。



ライラ「お姉様、この辺り妙に静かではありませんか?」


ソハヤ「確かに変ですね」


デスタ「二人共、この不気味な静けさは何か嫌な予感がする。気をつけろ」



デスタの言った通り、森の中だと言うのに虫の鳴き声ひとつ聞こえないのはかなり不気味だ。風も吹いていない。草木も一切揺れていない。まるで、この森だけ時間が止まったようだ。三人が身構えていると、森の奥から紫色の虎が現れた。その虎の瞳は青く輝き、見る物を凍りつかせるようなオーラを醸し出している。虎はこちらを見つけると、ゆっくりと近づいて来る。すると、一匹のリスが虎の前を横切ろうと現れた。虎はリスを発見すると、その青い瞳で強く睨みつけた。その瞬間、リスは光のように消え去った。



ソハヤ「姉さん今の見ました?あの虎、リスを消しましたよ…」


デスタ「幻影虎ファントムタイガーか……今のお前達に丁度いい相手だな」


ライラ「あのモンスターを知っているのですか?」




幻影虎。このモンスターに睨まれた者の姿は消えると言われている。だが、死ぬ訳ではない。姿だけが消えるのだ。しかも、生き物以外も消せるらしい。前に戦ったドロマー教団の双子の実家も、このモンスターに襲われたのだろう。



デスタ「さあ、今こそ特訓の成果を見せるのだ!」



デスタの掛け声がかかると、二人は幻影虎に飛び掛かった。ライラは鞭を二本構えると、幻影虎に打ち込む。しかし、幻影虎は華麗に飛び上がり回避する。その隙にソハヤは刀に水の魔力をエンチャントすると、幻影虎の後ろに回り込んだ。



ソハヤ「白波の構え……水刃剣!!」



ソハヤの放った一撃は幻影虎に直撃した。しかし、ダメージは入ったが致命傷ではない。すかさず反撃の後ろ蹴りがソハヤを襲う。たまらず吹き飛ばされ、背後の木に叩きつけられた。幻影虎はソハヤの方向に向き直すと、青い瞳で睨みつけた。すると、ソハヤの隣にあった刀が姿を消した。



ソハヤ「し、しまった!?刀を消された」


ライラ「仕方ないですわね。ここはわたくし一人で片付けますわ。そこで見ていなさい」



ソハヤに飛びかかろうとする幻影虎を、ライラの二本の鞭が止めた。鞭は幻影虎にしっかり絡みついて動きを止めている。



ライラ「虎さん、覚悟はよろしいですか?」



ライラは両手に魔力を集中させると、鞭を伝って幻影虎から体力を吸い取り始めた。幻影虎は必死にもがいているが、しばらくすると動かなくなった。すると、消えていた刀やリスも元に戻った。



デスタ「どうやらお前達も戦力になるようだ……」


ライラ「ありがとうございますお姉様。わたくし達も足を引っ張らないよう頑張りますわ」


ソハヤ「姉さんのお陰でここまで強くなれました。僕もこの力で魔王や帝国と戦いますよ」



こうして、特訓を終えた三人は学園へ戻った。一月前と比べると全員強くなっているのを実感できた。学園に入学したのは正解だった。デスタはしみじみそう思うのだった。




ガルベルグ帝国.王座……


皇帝の前に五人の男女が立っていた。彼らは血の傭兵団。キング、クイーン、ジャック、エース、そして、リーダーのジョーカーと呼ばれる男。不気味な仮面を着けていて素顔が分からないが、他の四人とは格が違うのが雰囲気だけで分かる。帝国の四人の将軍達が見守る中、何かの報告が始まった。



皇帝「ここに来たと言う事は、アレは集まったのか?」


キング「ええ、全て集まりましたよ。多少想定外の出来事はありましたがね……」


皇帝「想定外?」


クイーン「ンフフ、ウチの若いのがちょっとね。でも何も問題ないでしょう?こうして揃ったのだから」



クイーンは紫色のクリスタルが沢山入った袋を皇帝に渡す。それを受け取った皇帝はニヤリと笑う。そして、手下の兵士達に何かを指示すると、クリスタルを渡した。



皇帝「これで、魔王に勝てる!帝国の勝利に揺るぎはない!!」



ついに対魔王軍へと何かの準備を進める皇帝。それを見た帝国四将軍の一人セレカは少し不安があった。



セレカ「レオニオル。この計画、本当にやるべきだと思うか?」


レオニオル「どう言う意味だ?」


セレカ「このまま上手く行けばあのお方が帝国の味方につくはずだが、私はどうも嫌な予感がしてならない」


バクア「セレカは心配しすぎなんだよ!そんなだから彼氏が出来ないんだぞ、アッハハハハ!」


セレカ「黙れ……お前の耳障りな笑い声は聞きたくない。死んでしまえ」


バクア「酷いぞセレカー!当たりが強いすぎだ!ラーダンもそう思うよな?」


ラーダン「私はセレカたんを舐め回せれば後はどうでもいい……はぁ…はぁ…」



今にもセレカに飛びつこうとするラーダンをレオニオルは押さえる。セレカは剣引き抜こうと構えている。



レオニオル「ま、待てセレカ!お前が冷静でなくなったら手がつけられない」


セレカ「レオニオル、そこをどいてくれないか?そいつを斬れないだろ?」


レオニオル「お前がいつも真面目に頑張っているのは知っている。ここは何とか抑えろ!」


セレカ「チッ……分かった。悪いが席を外させてもらう」



セレカは不機嫌そうに王座を出て行った。帝国側も色々と問題があるのだろう。レオニオルは深いため息を吐いた………………………

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