第10話 開発部

 紅葉先行で向かったのは桃幻狭内の端にある横穴。そこに入ると階段が姿を現し、薄明りの中で下へと降りていく。


「あの、開発部というのはどれほどの規模なんですか?」


 果てしなく続くように感じる階段を降りながら問い掛けたススキに対して、その後ろを歩いていた森が口を開いた。


「規模という意味では大きくはありませんね。アンノウンな部分が多いので敢えて地下に作業場を置いていますが、開発部自体はりゅう楼華ろうふぁうという兄妹二人だけです」


「二人だけなんですね……」考えるように首を傾げていると、薄明りの階段から作り掛けのような武器が雑多に置かれている工房に出た。「中国の方なんですか?」


 前を行く紅葉が無人の工房を見て疑問符を浮かべていると、三人の背後に立った二人の気配に気が付いた。


「両親共に中国人だが生まれも育ちも日本だヨ。服の具合は良さそうだネ」


 初めて感じる気配に振り返りつつ警戒して距離を取ったススキの目に入ったのは長身細身で糸目、パンツ型のチャイナ服を着た男と、その横には頭に二つのお団子を付けたチャイナドレスの少女がいた。


「ススキちゃん、紹介するな? 劉くんと楼華ちゃん」


「初めまして。越葉雪です」


「やぁ、よろしく。こっちの妹は喋らないけど紅葉と一緒に仲良くしてくれると嬉しいヨ」頷くススキを見て、隣にいる森に視線を向けた。「なんだか珍しいのもいるネ」


「私はただの付き添いです。お気になさらず」


「フンッ――まぁ、いいヨ。そっちの新人ちゃんとの交流もしたいけど、まずは紅葉だネ。新しい紙はどうだった?」


「ちょっと水への耐性弱くなった気がするんやけど、気のせい?」


「気のせいじゃないヨ。火への耐性を上げたらそっちが落ちたから、また新しいのをいくつか作ってみた。楼華と一緒に試してみてくれ」


「相変わらず仕事が早いなぁ」


 感心するように呟いた紅葉は楼華と共に工房の奥にあるテーブルのほうへと足を進めた。


 残されたススキが興味津々に工房内を見回していると、離れたところにいる森に劉が近付いていった。


「あの娘、鬼灯が連れてきたって?」


「ですね。成り行きで、ということらしいですが」


「話には聞いていたがあの白髪……魂と器が合ってない証拠だネ。体内に鬼を飼ってるってのは事実?」


「事実です。姿は見ていませんが、燥の気配は忌人よりも鬼に近かったのは確認しました」


「へぇ、それは調べがいがありそうだネ」言いながら開いた眼でススキに殺気を飛ばせば、気付いたように振り返った。「やぁ、ススキちゃん。ボクら兄妹は忌人の武器や装備を作るのが専門なんだが、そのためには力を把握しておく必要がある。見せてくれるカナ?」


「えっと……」問い掛けるようなススキの視線に森は頷いて見せた。「じゃあ――」


 躊躇いがちにしゃがみ込んだススキが影の中から鎖を取り出すと、劉は興味深げに近寄って行った。


「ほうほう。直接的な攻撃型の武器でないのは珍しい。鎖にしたのには何か意味があるのカ?」


「意味とかは特に……ただ、鬼灯さんに私の中にいる鬼を制御するイメージを、と言われたので鎖かな、と」


「なるほど。理には適っているネ。武器を持つことは考えてないのかい?」


「訓練場で色々と試してみたんですけど、経験上素手のほうが戦い慣れているので武器を持つよりも翆で体を強化するほうが良い、と鬼灯さんに助言をいただきました」


「あいつは武器を使わないからネ。でも、あいつの言うことは大抵正しい。グローブはどうだ?」


「ん~、できれば素肌が空気に触れている感覚があったほうが動き易いのですが」


「ふむふむ」考えるように頷く劉はジャージの上からススキの腕や脚を触れていく。「良い筋肉だネ。それなら翆に反応して強化される服を作ろう。やはりジャージがいいのか?」


「ジャージが動き易いというのは確かにそうですね」言いながら気が付いたように工房内を見回すと違和感に気が付いた。「あの、この場所……服とか武器を作る材料が見当たらないのですが」


「ああ、それについても教えようかナ。ボクらが武器などの装備を作るとき、は必要ないんだ。ボクの燥はイメージした物をそのまま出現させることができる力だ。例えば――」掌を合わせて翆を行った劉は、手の中にナイフを出現させた。「こんなふうにネ。簡単な物なら数秒で作れるが複雑な物は時間が掛かる。基本的に燥で作った物は作った本人にしか使えないのだが、そこで妹の登場。楼華の燥は物が持つ翆の性質を別物に変えることができる。言わばチューニングのようなものだネ」


「チューニング……専用の武器になるってことですか?」


「そうそう。まぁ、他の人でも使えはするけど十二分に力を発揮するのは本人が使った時だネ。ちなみに紅葉みたいな特殊な武器は別で、剣とか弓とか物体として存在しているものだけネ」


「へぇ……」


 話を聞きながら紙を折る紅葉を眺めていると、音もなく三人の背後に鬼灯が現れた。


「とはいえ、忌人には武器を使わねぇ奴も多いけどな」


「毎度のことながら、といった感じですね。鬼灯さん」呆れ口調の森は静かに溜め息を吐きながら振り返った。「何か言うことがあるのでは?」


 その言葉と共に振り向いたススキの横で、劉は持っていたナイフを鬼灯に向かって放り投げた。


「まぁ、そう怖い顔するな」二本指でナイフを受け止めた鬼灯はススキに視線を向けた。「とりあえず、今日からお前は忌人だ。試験は合格。実力的には緑梟以上だが、階級は白雀だ。ススキの場合は事情も特殊だから常に赤鷲以上の誰かが付いて仕事をすることになると思うが、まぁ白雀はツーマンセルが基本だからな」


 煙草を燻らせる鬼灯にススキが口を噤んだまま頷いていると、工房の奥から紅葉と楼華が戻ってきた。


「ススキちゃん! どうやった?」


「あ、一応合格したみたいです」


「お~、おめでとう!」


 不意に抱き付く紅葉を受け止めるススキの背後で、鬼灯と森は肩を寄せ合って言葉を交わしていた。


「伝えなくて良かったのですか?」


「余計な負担を掛ければそれだけ不安定になる可能性も高まるだろ。重荷を背負うのは俺たちだけで良い、が……実際のところどうだ? が暴走したとしてお前に停められるか?」


「難しいですね……赤鷲以上であれば殺すことは容易いでしょう。しかし、不殺となれば話は変わります。大抵の忌人の力は殺すほうへ特化していますし――それらを差し引いても今回の悪鬼襲撃。中立の立場にいる私諸共、雪さんを殺そうとした者がいるのもまた事実。人選には注意したほうが良いかもしれませんね」


「なんだ、気が付いていたのか」


「計画がザルです。同行したのが私じゃなく猿だったとしても気が付いていたでしょう」


「生き残っていればこそ、だがな。まぁ、試験に同行したのが中立派の中でも森で良かったよ。ちなみに誰かおすすめいるか?」


「何人かはピックアップできますが、知っての通り私は人間関係に疎いのでなんとも」


「俺のほうも本当に信頼できる奴は数人しかいない。味方を増やす、というより勢力図を知っておく必要がありそうだな」そう言った鬼灯の視線は、手話ではなく身振り手振りで意思を伝える楼華とそれを読み取ろうとする劉に向いた。「劉! ちょっといいか?」


 呼ばれた劉は疑問符を浮かべながら楼華に向かって頷くと、鬼灯たちのほうへとやってきた。


 片や楼華は腕を広げて紅葉とススキに抱き付きに行った。


「何かナ? ドサンピン」


「お前なら忌人の立ち位置を把握しているだろ? どうなっている?」


 軽いジャブのような悪口を聞き流した鬼灯が問い掛けると、劉は考えるように腕を組んだ。


「そうだネ……大まかな割合で言えば佐久良さんや森さんのように行く末を見守っているのが四割、鬼灯さんのように殴られたら殴り返すという考えが三割、殴られても穏便に済まそうと画策している宝仙さん率いる穏健派が二割。そして残りの一割が殴られる前に殺そうと考える彼我さん派閥ってところかナ」


「派閥ねぇ……忌人の絶対数が少ない中でそんだけ割れてるってのもどうなんだかな」


「それが人間関係ということでしょうね」


 森が雑にまとめている視線の向こうではじゃれつく楼華と紅葉を見てススキが疑問符を浮かべていた。


「楼華さんと劉さんは忌人なんですか?」


 その問い掛けに楼華は胸の前でバツを作り、紅葉が代弁するように口を開いた。


「忌人ってのはな? 翆を使って鬼退治をする人のことを指しているんであって、戦えない劉さんや楼華ちゃんは忌人や無いんやで」


「なるほど。忌人というのは力を使える者ではなく戦える者のことを指しているんですね」


「そうそう――」納得したようなススキを見て紅葉が頷いていると、不意に聞こえてきた鬼灯の言葉に反応して振り向いた。「御前会議? 今、御前会議って言ったよな!?」


 声を上げて近寄ってくる紅葉に、鬼灯は片眉を上げた。


「ああ、言ったな」


「いつあるん?」


「三日後だ。現状、色々と立て込んできているからな。一度集まって情報共有をしておきたいんだと」


「ほんまに? やった~!」


 喜ぶ紅葉を横目に、ススキは疑問符を浮かべながら森に近付いていった。


「あの、御前会議とはなんですか?」


「忌人の中のトップ――三長老をはじめとして黒鴉の三人、関西地方を纏める百合さん、九州地方を纏める仏さん、そして鬼灯さんの六人が集まる会議のことです。大仰な名前が付いていますが、年に一度か二度不定期で行われる会議ですので基本的に我々には関係ありません」


「そう、ですか……」


 言っていることを理解しながらもススキの視線は紅葉に向かっていた。


 疑問は一つ――何に対してそんなに喜んでいるのか、と。

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