第9話 評価
和室で巨大な水晶を囲む三長老と鬼灯の間には険悪な空気が流れている。
「……まぁ、事実としてススキが死ねばどちらにとっても利点になる。あの鬼が解放されれば鬼側にとっての戦力となり、ススキと共に鬼が死ねば協会にとっての危険因子が減る。今回の試験に関して俺はノータッチだったせいもあって誰があそこを指定したのか知らないが、少なくとも忌人か協会の中に鬼と通じている奴がいるのは確かだ」
「根拠もなく語るべきではない。我らとて全てを把握しているわけではないのだ」
呆れ口調の宝仙とは打って変わって、彼我は険しい顔をしていた。
「悪性腫瘍に繋がるネタだ。忌人にとって有益でないなら徹底的に調査しよう。ただその場合は鬼灯、お前も調査の対象だぞ?」
鋭い眼光を向けられながらも鬼灯は煙草を燻らせる。
「それは構わねぇよ。ただ、もしも俺が裏切っていたとしたら鬼に襲わせるなんてまどろっこしいことはしない。わかっているだろうが、俺はこの場からでもススキを殺すことができる」
「だからこそ、ではないか?」
「お前にだけには言われたくねぇな、宝仙。政府側との衝突を避けたいお前にとって起爆剤に成り得るススキの存在は、殺そうとする理由には十分過ぎる」
鬼灯と宝仙の翆が威嚇し合うように膨れ上がると、その間を割るように佐久良は大きく溜め息を吐いた。
「どちらの言い分も間違ってはいないだろうが、決定打に欠ける。故に、今話すべき論点をずらすべきではない。禁忌の娘を忌人と認めるか否か――まずはそこだ」
軌道修正。そこに乗ってくるかどうかでも多少の判断材料にはなる。が、駆け引きなど関係ないように振る舞う者にとっては意味が無い。
「俺は――」
鬼灯が口を開き掛けたのを彼我が掌を向けて制した。
「事実だけを見よう。まず翆の操作は問題なく実践投入できるレベルだ。訓練を始めて二週間で悪鬼を相手にあれだけ立ち回れるのなら白雀に置いて管理及び監視、利用する。というのがどの立場にとっても及第点になるのでは?」
「それは生かすことを前提に考えればの話だ。殺せば、問題を抱え込むことは無い」
いずれはなんらかの役に立つことを考える強硬派の彼我と、政府側との問題を避けたい穏健派の宝仙。そして、中立にいる佐久良は静かに息を吐いた。
「ならば、こうするのはどうだ? 禁忌の娘には監視として赤鷲以上の忌人を付け、体内の鬼が暴走したら即時拘束、場合によっては処刑。そこらの基準は鬼灯に任せるとして――儂らは調査を進める。今は少しキナ臭い動きもあるからな。そちらについても同様に」
窺うように三人を見ると、宝仙と彼我は顔を見合わせ渋々ながら頷いたが、鬼灯だけは苦い顔をして煙を吐き出した。
「……一つ、条件がある。ススキの鬼が暴走した場合、拘束するのは良い。多少手荒でもな。だが、殺すのは無しだ。もしも感知できないところでススキを殺せば、俺がお前らの敵になる。それだけは肝に銘じておけよ」
そう言って吸い掛けの煙草を投げると、空中で破裂し殻すら残らなかった。新しい煙草に火を点ける鬼灯を見ながら、代表して佐久良が口を開いた。
「監視する忌人の選定はお前に任せよう。そうすればその条件を満たせるだろう」
「決まりだな。じゃあ、あとは老人共で謀略策略好きにしろ。若者は仕事に勤しむとするよ」
銜え煙草で部屋を出て行く鬼灯を見送った三人は言葉を交わさない。
漂う疑心暗鬼の空気感は仕方が無い。立場が同格とはいえ立ち位置が違い、互いが互いを信頼し切れているわけではないことを思えば、当然と言える。
それぞれの思惑がぶつかり合う中――桃幻狭に戻ってきていた森とススキは談話室にいた。
「――十二年前の戦争について、ですか」
反芻するように呟いた森は缶コーヒーを口に含むんだ。目の前に座るススキの手元にはココアが握られているが、プルタブすら開いていない。
「はい。何か知っていることがあれば教えていただけないかと思いまして」
「それは私よりも鬼灯さんに訊くべきではないですか? 彼は当時も前線で戦っていたはずですよ」
「もちろん鬼灯さんにもお話を聞きました。けれど、なんというのか……鬼灯さんの話は武勇伝的な……あまり詳細なところまでは及ばなかったので」
「それはまぁ……鬼灯さんらしいと言いますか」呆れ口調の森だが、どこか面白そうに笑みを浮かべながら缶コーヒーを置いた。「当時の私は二十三歳。忌人ではなく教職に就いていましたが――始まりは一体の神鬼と十体の剛鬼でした。宣戦布告もなく始まった虐殺と、それに触発された全国各地に潜んでいた悪鬼邪鬼も追随し、戦争へと発展しました」
「ん? じゃあ、森さんも途中から忌人になったんですか?」
「途中から、というのは少し違いますね。学生の頃からバイト感覚で鬼退治はしていましたし、教員になったときの階級は緑梟でした。現在でも忌人と別の仕事を兼業している方は多くいますし、珍しいことではありません」
「そうなんですか。森さんは今は……?」
「今は忌人だけですね。それこそ戦争が起因しているのですが、私の赴任した学校に邪気が二体、悪鬼が三体攻めてきまして――行き掛かり上致し方なく鬼退治を」
「緑梟で悪鬼が倒せたんですか?」
その疑問も当然のこと。基本的に、悪鬼以上に派遣されるのは赤鷲以上だと森自身が語っていた。
「当時は今よりも忌人の数が多かったんです。まぁ、単純に私が実力を隠していたというのもありますが、戦う意志のある忌人は鬼のランクに拘らず戦っていました。その結果、戦争により忌人の数は半分以下になりましたが」
「……その神鬼や剛鬼は誰が倒したんですか?」
「私も伝え聞いただけですが、その当時に最強と呼ばれていた黒鴉が三人と現在の三長老、他にも数名の赤鷲で倒した、とのことです」
「その方たちは今は何も忌人を?」
「いえ、三長老と現在の黒鴉である三人以外は全員が戦争で命を落としました。まぁ、忌人の
その言葉に大きく息を吸ったススキは、森の発言に首を傾げた。
「あの、黒鴉は鬼灯さんを含む三人で、三長老は……?」
「三長老に階級はありません。基本は桃幻狭内から出ることがありませんし、階級という枠組みの外にいます」
「鬼灯さんよりも強いんですか?」
「難しい質問ですね……鬼に対しては相性などもあるのでなんとも言えませんが、仮に忌人同士で戦ったとすれば不意打ちでもない限り鬼灯さんに勝てる忌人はいないでしょう」
「そんなに、ですか?」
「ええ、そんなにです」
話もひと段落付き、缶コーヒーを啜る森とココアを開けたススキのいる談話室に紅葉が這入ってきた。
「おっ、ススキちゃん! 無事やったんやねぇ」
「はい。なんとか無事に帰ってこられました」
「森さんもお疲れさん。初仕事がどんなんだったか聞きたいとこなんやけど、開発部に呼ばれててなぁ」
ススキと紅葉が話していると、森は懐で震えた携帯を取り出して画面を確認している。
「開発部……私の服を作っていただいたのも開発部ですよね? どこにあるんですか?」
「あ、まだ行ったことなかったん? やったら一緒に行く?」
「行っていいんですかね?」
「今なに待ち? 鬼灯?」
「そうですね。評価待ち、でしょうか」
「ほんなら大丈夫そうやね。ええやろ? 森さん」
問い掛けられた森は携帯を仕舞って頷いて見せた。
「そうですね。丁度いい機会ですし、挨拶しておきましょうか。私も付いていきます」
「森さん、開発部苦手って言ってへんかった?」
「得意ではありませんが雪さんについての決定が下るまでは同行する必要がありますので」
「あ~、そっか。まぁ、桃幻狭内にいればこっちの居場所はわかるやろうし、うちらは地下へ行こ~」
そして、三人は談話室を後にした。
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