第4話
鞄を玄関に置くと真司達は商店街の服屋へと向かった。
歩きながら真司は星のことを菖蒲に尋ねる。
「星君は来ないんですか?」
「うむ。星は服には興味無いからの。なによりそこの店主に苦手意識を持っているんじゃよ」
苦笑する菖蒲に真司は首を傾げる。
「そうなんですか?」
「まぁ……これから行く服屋の店主は色々と濃くてのぉ」
珍しく真司から目を逸らし気まずそうな顔をする菖蒲。
真司はこれから向かうお店の店主がどういった妖怪なのか気になりつつも、菖蒲のその様子に少し緊張しゴクリと喉を鳴らした。
(い、一体、どんな妖怪なんだろう……? それにしても、濃いってどういうことなんろう?)
怖い妖怪なら嫌だなぁと思いつつ歩き続ける真司。
そんな真司にフォローを入れるように雛菊は真司に話しかけた。
「すごく個性的な方でしたよ。お花見の時のお洋服もそこで買ってもらったのですが、とても親切な方でした」
「そ、そうなんですか」
ホッと安堵すると真司はそのお店がどこにあるのかを菖蒲に聞く。
「そのお店って結構遠いんですか?」
「うむ。服屋は何店舗かあるんじゃが、これから行くところはちと遠いの。ほれ、小豆達が勝負した広場があるじゃろう? そこの広場を抜けて少し歩いた所にある」
真司は小豆と豆麻が勝負をし、それぞれの想いを打ち明けた時のことを思い出す。
お互いに素直になれなかった小豆洗いの小豆と豆腐小僧の豆麻は会えばいつも喧嘩や勝負を繰り返していた。だが、それもついに菖蒲達のおかげで収拾がついた。
お互いの『好き』という想いを込めたお菓子を作り、交換し、めでたく二人はハッピーエンドを迎えたのだ。その場所というのが商店街の途中にある広場だった。
あやかし商店街には多数な妖怪が住んでいるため、商店街自体もかなり広いものになっている。商店街の作りは、真司が住む大阪の道頓堀にある商店街に似ているかもしれない。
このあやかし商店街では、入り口から広場までを第一商店街。そこから先は第二商店街へとなり、その先にはまた広場ある。だが、真司は第一商店街までしか行ったことが無く、これから向かう第二商店街は初めてだった。
(菖蒲さんのお店は第一にあるし、買い物も殆ど第一商店街だけど……それでも会ったことない妖怪にはまだ緊張するだよね……)
「あの、これから向かう第二商店街ってどんなお店があるんですか?」
「服や小物、鞄等が多いの。おぉ、そういえば最近タピオカ屋という店も出来たらしい」
「タピオカですか!?」
「うむ。人間の世界では流行っているんじゃろう? タピオカジュースやらタピオカピザとか売っておるの」
人間世界での流行りを妖怪達も取り入れているのに真司は驚く。
「よ、妖怪も流行りに乗るんですね」
「当然じゃ。と言いたいところじゃが、それは第二商店街だからこそやねぇ。第二商店街は今年の先駆けや流行りを取り入れるところやからねぇ。若い妖怪や女妖怪などには人気な商店街じゃ」
「へぇー」
そうこうしているとあっという間に広場へと辿り着いた。
広場にはベンチや小さな遊具もあり、歩き疲れた妖怪達や小さな子供の妖怪達がそれぞれ休んだり遊んだりしている。真司達は、その広場の奥へと進み第二商店街の入り口へと向かう。
商店街の正面入り口と同様に第二商店街へと続く入り口も神社の鳥居のような形をしているが、一つ違った箇所があった。
「あれバルーンですか?」
そう。鳥居の両端にはとても巨大な花の形をした黄色いバルーンとドーナツの形をしたバルーンが飾ってあったのだ。
「かわいかろ?」
「そ、そうですけど……」
(鳥居の形と合っていないような……)
そんなことを思いながら苦笑する真司。
そして、真司達はそのまま商店街の入り口を潜り第二商店街へと進んだ。
第二商店街の中は菖蒲の言うとおり若い妖怪やお洒落をしている女妖怪が沢山歩いていた。お店は菖蒲が着ているような着物店の他に男向けの洋服や作業着店、服の修理屋、雑貨屋、古着屋、人間でいうファストフード店のようなお店が並んでいた。
(なんだか少し原宿に似てるかも)
実際の原宿とは全然異なるが、商店街内の雰囲気やファッション服店・流行りの物を多数取り入れるお店はどことなく真司が知っている街に似ていたのだった。
(あ、虹色の綿菓子! そういえば、東京にもあったなぁ〜。あれはタピオカジュース屋さんだ)
歩きながら周囲をキョロキョロと見回しながらお店を見ていく真司。
「色んなお店があるんだなぁ。あれは……猫又カフェ?」
(猫カフェ成らぬ猫又カフェ……なんだろう、すごく気になる)
猫又カフェをマジマジと見ていると猫又カフェの前でビラを配っている可愛らしいフリフリのレースが着いた服を来ている猫又が真司に向かって「猫又カフェのnyan nyanでぇす♪」と言いながらチラシを手渡した。
真司はビラを一枚貰うとお雪が「なになにー? なんて書いてあるのー?」と興味津々な様子で真司に尋ねた。
「えっと……可愛らしい猫又と一緒にゆったりとした時間を過ごしませんか? 今ならお好きな猫又に着せ替えチャンスだって」
「着せ替え! 猫の着せ替えだ♪」
お雪がそう言うと真司の後ろにいた白雪が会話に入って来た。
「あそこのお店はマニアックな方が多いらしいですよ。自分達で作った服を猫又に着てほしいという方とか、ふふっ」
「そ、そうなんですか……あはは……」
苦笑いをこぼす真司とクスリと笑う白雪。
すると、菖蒲も真司達の話に入って来た。
「nyan nyanは人気店やからねぇ。期間限定で人間に化けてメイド風やら中華風喫茶にも変わるんやえ」
「人間に化けた子を指名して、最後は一緒に写真を撮ったりもできるんですよ」
妖怪のお店でもそういう事をするんだと知って真司が納得すると目的地に辿り着いた。
薄桃色の壁に少し溶けたチョコレート型の看板には【sweet7】と書かれ、店の外にあるショーウィンドウにはカジュアルな服やガーリーな服を着たマネキンがポーズを取っていた。
「ここで買うんですか?」
「うむ。以前に買った雛菊の洋服もここで買ったしの。それに、この店には小物も少し置いていて便利なのじゃ」
菖蒲はそう言うとお店のドアを引いて中に入った。
真司達も菖蒲の後に続き店内へと入ると「いらっしゃいませぇ〜」と男の声が聞こえてきた。
真司はどこから声が聞こえてくるのだろうと周囲を見渡すと、突然、壁に掛かっていた白い布がふわりと揺れ真司達の方へと飛び始めた。
「あら、菖蒲様じゃありませんかぁ〜。それに雛菊ちゃん達も……って、あらやだ! 男の子までいるじゃないの!?」
白い布は真司を見て驚くとグルグルと包帯のように体を巻き付けた。
「ん〜♪ 若い男の子はやっぱりいいわねぇ〜♪」
「あわ、わわわっ! あっ、菖蒲さん!」
真司が菖蒲に助けを求めると、菖蒲は真司の体に巻きついている布を真司から剥がした。
「これ、一反木綿やめなんし」
「いや〜ん」
体から一反木綿が離れると真司はホッと胸を撫で下ろした。
真司は『一反木綿』という妖怪を改めて見る。バスタオルほどの大きさで、上部にはボタンのようにつぶらな黒い瞳があった。
ジーッと見つめられてることに一反木綿は恥ずかしく思いクネクネと体を揺らす。
「やーん、そんなに見つめられたら燃えちゃうわ♪」
ポっと頬を赤らめる一反木綿。
一反木綿は苦笑いする真司を流し目気味に見つめると自己紹介を始めた。
「アタシは妖怪一反木綿の薫子よ。気楽に薫ちゃんって言ってねん♪」
「僕は宮前真司です」
真司は自分の名前を言うと一反木綿こと薫子にとある質問をした。
「あの……薫子さんって男性、ですか?」
見た目はただの布にしか見えないが、声は誰がどう聞いても男にしか聞こえない。しかも、それもかなりイケメン声だ。この声に甘い台詞で囁かれると、女はいちころになるだろう。
だが、薫子という名前と女性のような話し方から、真司はもしかしてこの一反木綿が女性でも男性でもあるニューハーフなのでは?と思っていた。それでも「あなたは、ニューハーフですか?」なんてことは言えるはずもなかった。
真司の質問に薫子はクルリとその場で回転する。
「アタシは性別は男だけど、心は永遠の乙女よん♪」
「まぁ、俗に言うオカマというやつじゃ」
コソッと真司に耳打ちする菖蒲に、真司は星が苦手な理由と菖蒲が濃いと言っていたことに密かに納得したのだった。
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