第18話

 ✿―✿―✿―✿



 菖蒲の店にて、雛菊は菖蒲達に挨拶を交わすと事情を説明し電話を借りて稔に電話を掛けたのだった。

 そんな雛菊のことがお雪と星が気になるのか、物陰に隠れて串に刺さった団子のように縦に顔をひょこっと出して雛菊の様子を見ていた。

 白雪は肩頬に手を当て「あらあら、ふふふっ」と笑う。



「あの先生がついに動いたか。ふふっ、にしても初デートが水族館ねぇ。雛菊は水族館を知らないから、きっと子供のように興奮するかもしれんね」

「そうですねぇ」



 菖蒲と白雪がそう言うと真司も雛菊の様子が気になりソワソワし始め、ひょこっとお雪達みたいに雛菊の様子を見る。二団子がすっかり一本の三団子になり、一番下からお雪・星・真司となっていた。

 菖蒲も真司達の姿を見て袖口を口元に当てクスクスと笑う。



「おやまぁ」

「ふふっ。なんだか、私まで気になってしまいます」

「これこれ白雪。私らはそっと見守ろうじゃないかえ」

「そうですね、ふふふっ」



 菖蒲達がそんなことを話している中、真司はハラハラとした気持ちで雛菊を見ていた。

 雛菊は電話を持ち、ボタンを押すのを躊躇っていたのだ。よく見ると微かだが雛菊の指先が震えている。



「雛菊お姉ちゃん、電話しないのー?」



 一番下にいるお雪が顔を少しだけ上げ星と真司に言った。



「……緊張……してる?」

「うん、だと思うけど……」



 お雪の質問に星と真司がそう言うとお雪は「ふーん」と返事を返してまた雛菊の方を見た。



(雛菊さん、頑張ってください!)



 真司の気持ちが届いたのか、雛菊は震える指でメモに書かれた電話番号を押す。

 稔が電話を出るのをじっと待つ雛菊。

 すると、突然、雛菊が顔を真っ赤にして「あっ、あああの! ひっ、ひひ雛菊、です!」と言葉を何度も詰まらせながら言った。



「雛菊お姉ちゃん……顔真っ赤、だね」

「だね〜♪」



 恥ずかしさのあまり動揺しまくりの雛菊に真司は苦笑いをする。



「でも、ちゃんと先生に電話を掛けられてよかったよ」



 そう言うと真司は気持ちを切り替えて居間に戻り、真司は菖蒲を呼び出した。



「あの、菖蒲さん。少し話したいことがあるんですが……」

「む?」



 お茶を飲んでいた菖蒲は湯呑みをテーブルに置き「なんえ?」と真司に尋ねる。



「あ、あの……」



 下を俯き言い淀む真司に菖蒲は首を傾げ、白雪はそんな真司の様子を見て空気を呼んでそっと居間を出た。

 居間には菖蒲と真司・お雪と星もいるが、お雪と星は雛菊を見るのに夢中で真司達には気にもしていなかった。



「どうしたのじゃ、真司」



 菖蒲が真司にまた尋ねる。

 真司は意を決して俯いていた顔を上げ、向かいにいる菖蒲と目を合した。



「僕……菖蒲さんのあの姿、怖くありませんでした。圧倒はされましたが……怖いなんて全然思っていません!」

「…………」



 菖蒲は真司の言葉に目を見開き驚く。真司はそんな菖蒲を見て、菖蒲の正体――妖怪でもあり、神様であることを知ってしまったということを菖蒲に話す。



「それと僕、菖蒲さんの正体を知りました」

「ほぉ」



 驚いていた顔が一瞬で興味深そうな笑みで真司を見る菖蒲。

 真司は菖蒲のその笑みに答えを責められているようで思わずゴクリと喉を鳴らし、菖蒲はニコリと笑みを浮かべ「それで、私の正体は狐の他に何がわかったんじゃ?」と真司に問い掛けた。



「菖蒲さんは……九尾の狐で、妖怪で……そして、神様です」



 真司の答えに菖蒲は目を閉じ「ふむ……」と小さく呟と、ゆっくりと目を開けるとフワリと優しい微笑みを真司に向けた。



「正解じゃ。ようわかったの」

「は、はい。多治速比売命様から聞いたんです」

「やはりか。ふふっ、そうやと思ったよ。あやつはお喋りやからねぇ」

「あ、でも、菖蒲さんがどうして神様になったのかは聞いていません。ただ……」



 言い淀む真司に菖蒲が「ただ?」と真司に聞く。



「ただ……京都に行けばわかるって」

「京か……」



 菖蒲はテーブルの上で手を組み合わせ目を閉じる。真司には、この時の菖蒲がなにを考えているのかわからないが、菖蒲は目を閉じながら「ふぅ」と小さく息を吐いた。

 真司は菖蒲の次の言葉をじっと待つ。すると、菖蒲が目を開け口を開いた。



「真司、お前さんの気づかないところで縁は深く……色んなところで繋がっている。お前さんがそれを拒んでも、縁がお前さんの方に向かってくる」

「縁が僕に……?」



 菖蒲は小さく頷く。



「時が経つとそれも自ずとわかるじゃろう。お前さんが私に出会ったこと……私がなぜ神になったのかも」



 真剣な目で真司を見ながら菖蒲は話を続け、真司は菖蒲の言葉を真意に受け止め話を聞く。



「真司。これは何度も言っていることかもしれぬが、どんなことが起こっても誰と出会おうとも、その者との繋がり――〝縁〟を大事にしておくれ」



 真司は菖蒲の言葉に深く頷き「はい」と返事をする。すると、お雪が「雛菊お姉ちゃんが戻ってくるー♪」と楽しそうに言うと星と一緒に立ち上がり、それぞれ居間に戻り腰を下ろす。

 まるで何も聞いていない、見ていないというような仕草に菖蒲はクスリと笑った。程なくして、白雪も雛菊のお茶と新しいお茶菓子が乗った盆と共に居間にやって来た。

 白雪はお雪の隣に腰を下ろし、空いている場所に雛菊の湯呑みをテーブルに置き、テーブルの中央にはお茶菓子を置いた。



「菖蒲様、お電話ありがとうございました」



 居間に入ってきた雛菊が深く頭を下げ菖蒲に礼を言う。

 菖蒲は「白雪がお茶を用意してくれたから、まぁ座りんしゃい」と雛菊を促す。雛菊は少し緊張気味に空いている場所にスっと腰を下ろすと白雪と菖蒲の方を見て小さく頭を下げた。



「白雪さん、菖蒲様、ありがとうございます」

「ふふっ、どういたしまして」

「うむ」



 雛菊は白雪が淹れたお茶を飲むとほっと息をつく。



「お菓子♪ お菓子♪」

「今日のお菓子……栗饅頭……」



 小袋の中に入っている栗饅頭をお雪と星が一つずつ取ると嬉しそうに食べ始める。真司も一つ手に取って一口パクッと食べた。



「うん、美味しいです」

「和菓子は小豆屋が一番やからね」



 そう言いながら静かに笑う菖蒲は、チラリと雛菊の方を見る。



「して、雛菊。電話はどうじゃったかえ?」

「え!?」



 湯呑みを持った肩をあがらせながら驚く雛菊。



「デート、するんじゃろう? めいいっぱいお洒落をしないといかんの」

「ふふっ、服も買いに行かないといけませんね」

「〜〜っ!!」



 楽しそうに目を細め笑う菖蒲といつものように微笑む白雪に、雛菊の顔がみるみると赤くなっていく。

 雛菊は湯呑みをテーブルに置き、そっと俯くと目を泳がせモジモジとし始めた。



「あ、あああの、再来週の日曜日に……行くことになりました」

「ほぉ、二週間後か。なんじゃ、もう直ぐじゃないかえ」

「あらあら」



 恥ずかしがる雛菊。

 すると、雛菊が上目遣い気味に「あ、あの……」と言いながら真司と菖蒲を見る。



「なんじゃ?」

「どうしました?」



 真司と菖蒲が首を傾げると、お雪達も顔を合わせ「なんだろうね?」とコソコソと側で話をしていた。

 雛菊はモジモジとしながら小さな声で話す。



「お二方につ、着いてきてほしいのです……」

「え!?」

「おやまぁ」



 驚く真司と菖蒲。

 驚く真司達と顔を真っ赤にして俯いている雛菊を見るお雪は、モシャモシャと栗饅頭を頬張りながら首を傾げる。

 どうやら、なぜ菖蒲達が驚いているのかわからないようだ。

 お雪は隣にいる白雪の裾をクイッと引っ張る。



「ねぇ、ねぇー。どうして、菖蒲さん達は驚いてるの?」

「そうねぇ……デートっていうのは大好きな男性と行くものだからかしら? 菖蒲様や真司さんが行っても、せっかくの二人の時間を壊してしまうでしょう?」

「ふーん」



 よくわかっていない顔で返事をするお雪に白雪は小さく笑い、お雪の小さな頭を優しく撫でる。



「雪芽にも愛する人ができたら、自然とわかるわ」

「私、皆大好きー♪」

「……僕も、好き」

「あらあら、うふふっ」



 お雪と星がそう言うと白雪は肩頬に手を当てにこりと微笑みながら笑う。

 菖蒲も真司も、その光景を見てクスリと笑うと雛菊の方を改めて向いた。



「雛菊、どうして私達に着いてきてほしいのじゃ? 私達が来ると、あの先生はガッカリせぬか?」

「そうですね。先生のことだから、雛菊さんと二人で水族館に行くと思っていそうですし……なにより、邪魔じゃないですか……?」

「そ、それは……」



 シュンと落ち込む雛菊は着いてきてほしい理由を菖蒲達に話す。



「私……人間の施設に行くのも初めてで、なによりも心細いのです……。失敗をしないかとか、あの人の嫌われるようなことをしないとか……すごく不安なんです」



 ギュッと目を閉じる雛菊を見て、真司と菖蒲は目を合わす。



「うむ……確かに初めて人間の街を歩くのは不安じゃな」

「そっか。街並みや人を見ることはあっても、実際にそれを使ったことはないんですよね……」

「箱入り娘というやつですね、ふふっ」



 両手を合わせながら言う白雪に菖蒲がクスリと笑う。



「確かに、白雪の言う通りじゃな。なにせ雛菊は、基本自分がいる桜から離れんからの」



(箱入り娘、かぁ。確かに、そうかも)



 真司も白雪の言うことについつい賛同してしまい小さく笑うと、雛菊がまた顔を真っ赤にさせて俯いた。



「でも、そんな理由なら仕方がないですけど、二人のデートに僕達も付き添うのは……」

「なに、二人の前に出なければいいだけじゃ」



 菖蒲は湯呑みを持ちお茶を飲む。



「影武者のように遠くから様子を見るだけでよかろう。なぁ、雛菊」

「は、はい! それだけで充分です!」



 コクコクと何度も頷き雛菊に真司は「うーん……」と唸りながら考える。



(まぁ、それなら大丈夫……なのかな? でも、そうなると先生に見つからないようにするのが大変そうだなぁ)



 思っていることがつい顔に出てしまい真司が苦笑すると菖蒲は湯呑みをテーブルに置き「さて、と」と呟いた。



「雛菊。早速、明日から一般常識他、デートに着ていく服を買いに行くえ」

「まぁ、楽しそう♪ お洋服選びなら私も手伝いますね、ふふっ」

「私も買いに行くー!」


 両手を合わせ嬉しそうに言う白雪と元気いっぱいに片手を上げて言うお雪。

 すると、星が小さく「……僕も」と呟いた。

 雛菊は、居間にいる皆が応援してくれること手伝ってくれることに嬉しく思い、少し目に涙を溜めながらお礼を行ったのだった。



「皆さん、ありがとうございます」

「雛菊さん、先生とのデート頑張りましょうね!」

「はい!」



 送り狼との一件が終わった今、真司達は次に雛菊のデートを成功させるためにひと奮闘するのだった。

 妖怪と人間の恋が上手くいくかは真司にはわからない。けれど、真司は願っていた。

 二人の恋――二人の恋路が成功することを。

 真司は横にいる菖蒲を何気なく一瞥すると菖蒲と目が合った。

 菖蒲と目が合った瞬間、ドキッと真司の心臓が鳴る。



「真司、私達の服も買いに行かないといけないの」

「え!?」

「ほれ、私達は私達で見つからないようにせねばならんやろう?」



 真司は「あ、そういうことですか」と呟くと内心冷や汗を掻きながら苦笑していた。



(ビックリした……そ、そうだよね。僕と菖蒲さんは別にデートじゃないし)



 菖蒲の言葉につい思い違いをしてしまった真司は、そんなことを思っていた自分が恥ずかしくて大袈裟に笑う。菖蒲はそんな真司を見てキョトンとした顔で首を傾げていたのだった。

 そして、真司は突然ハッと息を呑む。



(デ、デートって……そもそも、ぼっ、僕はなんてことを考えてるんだ!?)



 自分が思い違いしたこと、更にその思い違いが頭に過ぎったことに真司は恥ずかしく自分のことなのに自分の思っていることや考えていることがわからなくなっていた。恥ずかしくて、けれどなぜだか心がモヤっとする気持ちに真司は眉を寄せる。



(僕、どうしちゃっだろう……)



 真司が百面相する様子に菖蒲達はそれぞれ顔を合わせ首を傾げる中、真司はこのことを忘れるように頭を横に振る。



(今は、自分のことよりも雛菊さんのことを考えないと!)



 真司は勢いよく顔を上げ雛菊と目を合わせる。



「雛菊さん、絶対に成功させましょうね!」

「え、は、はい!」



 真司の勢いに驚く雛菊は慌てて返事をするとグッと拳を握ったのだった。


 微かに残る桜の花びらが風に乗って空に舞っていく商店街。桜はもう殆ど散ってしまったが春はまだ続く。雛菊と稔の恋という名の春もここからが本番である。

 自分の気持ちになにか違和感を覚える真司と稔とのデートに緊張と不安を抱く雛菊。そんな二人の気持ちとは裏腹に、あやかし商店街は今日もガヤガヤと賑わっていたのだった。


(終)


 次幕→第九幕~人と妖怪の恋の道~


【あらすじ】

 真司の担任である白石稔と会うことができるようになった雛菊だが、雛菊は様々な不安事から逃げるように、またいつもみたいに稔のことを桜木の下で見ていたのだった。

 しかし、そんな雛菊に稔からデートの誘いが舞い込んだ。

 勇気を振り絞って稔のデートの誘いを受ける雛菊だが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る