第13話
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彼方側から無事に帰還した菖蒲と真司。
菖蒲が胸にしまっている桜の花弁を取り出すと、花弁は淡く光り出し花弁の中から雛菊が現れた。
「み、皆さん、お久しぶりです……」
雛菊は気まずそうに着物の袖をもじもじと弄りながらも挨拶をする。すると、白雪と多治速比売命が微笑み雛菊の帰りを温かく迎えた。
「雛菊さん、ご無事で何よりです」
「よう帰って来た。おかえり、雛菊」
「白雪さん……神様……。……私、私っ……!」
白雪達の温かい言葉に雛菊は涙を流しながら多治速比売命に抱きついた。
一見平静を装っていても、やはり彼処側にいたのは心細く怖かったのだろう。
多治速比売命は雛菊を優しく受け止め頭を撫でる。まるで母親のように多治速比売命は雛菊が泣き止むまで頭を撫で続けたのだった。
そして、雛菊が落ち着いた頃、真司達はキャンプファイヤーでもするかのようにテーブルを囲み、彼処側で起きた事や真司が見て来た事を話した。
「菖蒲さんと別れてしまった時、僕は雛菊さん……あ、えっと、霊の方の雛菊さんの記憶を辿っていました」
「ほぉ……記憶か。相手側が真司に己の記憶を見せたいと思ったんやろうねぇ」
菖蒲が考えながらそう言うと、お雪と星が真司を挟み込むようにむぎゅうと抱き着いてきた。
「えっ、急にどうしたの?」
「えへへ〜」
「………」
一向に離れないお雪達に真司は首を傾げる。特に星は甘えるように真司の腕にしがみつき、まるで猫みたいに頬を真司の腕に擦り寄せた。
珍しい光景に真司が内心驚いていると白雪がクスリと笑った。
「雪芽も星ちゃんも、真司さんのことをとても心配されていたんですよ。それに、とても寂しがっていましたから」
「そ、そうなの?」
真司が二人に聞くと腕に顔を埋めている星が小さく頷く。すると、お雪も星と同じく小さな子猫のように真司の腕に顔を当てスリスリし始めた。
真司は二人の甘えてくる様子に段々嬉しくなった反面、何となく気恥ずかしい気持ちになる。こうやって年下の相手に甘えられたり、心配されることが無かったからだ。
「心配してくれて有難う」
真司がそう言うと、お雪と星が顔を上げ微笑んだ。
「ふふっ。それで真司、いったいどんな記憶を見たのじゃ?」
菖蒲はクスリと笑うと真司に話の続きをさせた。
「……えっと、僕が見たのは雛菊が恋人と過ごした記憶です」
「恋人ですか。なら、雛菊さんの未練はきっとその恋人なのでしょうね……」
哀しそうな瞳になる白雪に菖蒲は肩を叩き励ます。白雪は菖蒲が気を遣ってくれたことに嬉しく思いふわりと微笑んだ。
真司ももう一人の雛菊の気持ちを思うと今でも切ない気持ちになるが、真司は自分が見て来たことを最後まで皆に伝える為に今の気持ちを抑え込んだ。
「恋人の名前な八郎さんです。名字まではわかりませんでした……。雛菊さんはその八郎さんのことを本当に愛していました。八郎さんも気持ちは同じで……でも――」
真司は雛菊の最期と八郎がどうなったかを思い出し言葉を詰まらせる。眉間には皺が寄り、真司の心は胸が締め付けられように痛かった。
そんな真司を見て菖蒲も何かを感じ取ったのか、真司を気遣うように優しく声をかけた。
「真司……大丈夫かえ?」
「は、はい……」
真司の様子に他の皆も心配な顔になり真司は『心配ない』という表情をすると話しを続けた。
「八郎さんは、山崩れにあって亡くなったんです……」
真司のその言葉に白雪達が驚いた表情をすると、眉を下げ悲しい顔をした。
「そうだったのですか……」
「かわいそう……」
「……うん」
白雪達が悲しい顔をする中、多治速比売命は神様なだけあって長く生き、また、長く人の生き死にを見てきたからなのか、目を瞑り悟っているような顔をし「それが、その者の運命(さだめ)なのじゃな……」と、ポツリと呟いた。
真司は多治速比売命の呟きが聞こえ『運命』という言葉に首を傾げる。
「運命ですか?」
「本人達は決してわかることは無いが、人間には決まった運命があるのじゃ。稀に、その運命を視る者もいるな。そういう者を人間は『預言者』と言っておる。そして、その運命を変えることは出来ぬのじゃ」
多治速比売命の代わりに菖蒲が答える。真司に言う菖蒲の目は、どこか真剣な物があった。
真司はそんな菖蒲の目を見ると、直ぐ菖蒲から目を逸らし納得のいかないモヤモヤとした気持ちになる。そして、その真司の思いは自然と口に出していた。
「そんなの……嫌です……」
その小さな一言に、多治速比売命も菖蒲も困ったような顔をし苦笑する。
「そうじゃな……」
「うむ。童子の気持ちもよくわかる。菖蒲も我もそれは同じ気持ちじゃ」
『運命』を変えることはできない。それはつまり、自分の人生や選ぶ選択は既に決められているということになる。真司は、八郎が亡くなったのも『運命』で終わらせたくなかった。
もし、それを回避できならば……回避できるのなら、真司も八郎本人も雛菊のために死の運命から逸れた道を選ぶだろう。
真司はそれがやるせない気持ちになり膝の上にある手をギュッと握った。
「じゃが、稀に、その者の運命をまるっと変えてしまう力を持つ者もいる」
菖蒲の言葉に真司は顔を上げ「そうなんですか?」と、菖蒲に尋ねると、菖蒲は小さく頷いた。
すると多治速比売命も頷き「そうなのじゃ! たま〜に、我でもビックリするような奴が現れるのじゃ!」と言った。
「運命を変えるのは、本当に凄いことなのじゃぞ!! それはまるでフライパンでホットケーキをひっくり返すようにな!」
「え、ホットケーキ!? 食べたーい♪」
お雪が食べ物の
自分の例え話が上手くいったと思い、多治速比売命の顔は少し自慢げだ。
菖蒲は、話を戻すように態とらしく咳をする。
「コホンッ……話を戻すえ。……して、雛菊の求める者の名がわかったが、問題はどうやって探し出すかじゃ」
「もしかしたら……この世……もう、いないかも。黄泉、行った……」
星がポツリと呟く。その言葉に多治速比売命が腕を組みながら頷いた。
「うむ……それはあり得るの。運よければ見つかるが……童子よ、他に見たものはなんじゃ?」
映画のようなワンシーンを肌で感じ、その記憶を目の前で見てきた真司。きっと、他にも手がかりがあるはずだ……真司はそう信じ、見てきた記憶を必死で思い出す。
そして、ふと、ある記憶が真司の頭の中に過ぎった。
「そういえば、約束を交わしていました」
「約束かえ?」
「八郎さんと別れる前、雛菊さんは桜貝の半分を八郎さんに渡していました。そして、お互いに約束をしたんです。桜の下で、お互いの桜貝を合わせようって。また、桜を見ようって」
真司がそう言うと先程から菖蒲達の話を黙ったまま聞いていた雛菊が「桜貝……?」と言いながら首を傾げた。
「あ、あの……それって、これのことでしょうか?」
雛菊は自分の胸の懐からボロボロの小さな巾着を取り出し、巾着の中から桜色の貝殻をテーブルの上に置いた。
その貝殻も巾着と同様に年月が経っているのか所々禿げ、欠けている箇所があった。
真司はテーブルにある桜貝を目を見開き驚く。
「これって……! そっ、そうですこれです! ……でも、どうして雛菊さんが持っているんですか?」
「実は、もう一人の雛菊さんに憑かれた日以降、気づくとこれが私の懐に入っていたんです」
その桜貝に興味があるのだろう。お雪は雛菊が桜貝をテーブルに置くと興味津々な様子で桜貝を手に取り、まるで光に透かすように貝を見た。
「これが桜貝っていうの? 綺麗だね〜! 花弁みたい!」
お雪はその桜貝を何気なく裏っ返すとある物を見つけた。
「ねぇねぇ、ここに絵が描いてあるよー」
その場にいる全員が、お雪が持つ貝に目が行った。
お雪は貝を内側の方を上にしてテーブルに置く。
「そういえば、雛菊さんが知り合いの方に絵を頼んだって言っていましたね」
真司がそう言うと、菖蒲達が桜貝の絵を見るように覗き込む。しかし、菖蒲だけは『懐かしい』と感じる想いで貝を見ていた。
菖蒲は貝に描かれている絵を見てクスリと笑う。
「これは貝合わせじゃな」
「貝合わせ?」
真司達が同時に言い首を傾げる。まるで息が合った三兄妹のようだ。
菖蒲は息がピッタリ合っている三人を見て、袖口を口元に当てクスクスと笑いながら貝合わせについて説明をする。
「貝合わせというのは、昔、流行った遊びじゃ。これは桜貝に描いてあるが、本来は蛤(はまぐり)に絵が描いているんやえ」
「うむ、そうなのじゃ! 複数の貝殻を並べ、一つの貝殻に合う貝を見つけるという遊びじゃな! 今で言う、神経衰弱の遊びじゃ」
どうやら貝合わせについては多治速比売命も知っているようだ。多治速比売命は腕を組みながらそう言った。
菖蒲は貝合わせについての説明を続ける。
「このような貝には〝対〟となる貝殻としか組み合わせることができないのじゃ。唯一無二のペアとし、夫婦和合の象徴としても重宝されておる。貝合わせに描かれている絵も実は『一つの絵』として成り立っておるのじゃ。遊びとしても良し、縁起物としても良し、観賞用としても良しというわけじゃな」
「へぇ……そんな遊びがあったんですね」
真司がそう言うと菖蒲は感心したように桜貝をまた見る。
「しかし、こんな小さな桜貝に絵を描き込むとはの。この絵師は相当な腕をしておるようじゃな」
菖蒲は桜貝の縁をなぞるように触れると、フッと笑みを浮かべた。
「ふむ……ここに描かれているのは蝶の絵か」
桜貝の内側には一匹の蒼の蝶が描かれ、細かい金箔も絵の具の中に入れられているのか蝶の羽がキラキラと光っていた。
貝の端は掛け絵も剥げているが、不思議と蝶だけは綺麗に残っていた。
「本当だ。あの時は、こんな真近で見ることもなかったからわかりませんでしたけど、凄く綺麗ですね。……でも、結局手がかりは無いままですね。……どうやって探せばいいんだろう?」
真司は眉を寄せ腕を組み「うーん……」と、唸りながら考える。八郎も未練がありこの世に留まっていたとしても、どうやって探し出せばいいのか真司にはわからなかった。
中々、その答えが見つからない真司だが、菖蒲だけは違った。
菖蒲は桜貝をもう一度見ると、真司を真っ直ぐな目で見る。
「真司。私も考えてみたのじゃが、これは私らがどうこう出来ぬということに気がついたのじゃ」
「どういうことですか?」
真司は菖蒲の言っていることがわからず首を傾げるが、多治速比売命や白雪には菖蒲が言いたいことがわかるのだろう。多治速比売命は黙ったまま頷き、白雪はただただ微笑んでいた。
真司と同じくわかっていないのはお雪と星だけだが、お雪はお雪で今度は白雪に甘え、星は星で膝の上に乗っているルナを撫でている。菖蒲はそんなお雪達を微笑みながら横目で一瞥すると、また真司と目を合わせ話を続けた。
「雛菊は何かしらのことでお前さんを見つけだし頼った。真司……お前さんと雛菊の縁は、もう繋がっておるんよ」
「うむ。我らが手伝えることには限りがある。そこから先は、童子の行動次第じゃ。……繋がった縁は、些細な行動一つでも大きな物へと変化する。もしかしたら、その八郎という者も童子の行動によっては直ぐに見たからかもしれぬなぁ」
「ぼ、僕の行動一つで……」
菖蒲と多治速比売命の言葉に真司は桜貝をジッと見つめる。頭の中では、どう行動すればいいのか考えていた。
(色んな人に、ネットでも何でもいいから聞くとか? それとも、江戸時代のことで詳しそうな人の所に行って話を聞くとか……?)
考え始めると段々深みに嵌って行くように視野も考えも狭くなり、真司の中に焦りが生まれていた。
菖蒲は真司をサポートするかのように肩を優しく叩く。
「真司。そう深く考える必要はあらへんよ」
「菖蒲さん……」
無意識に肩に力が入っていたのか菖蒲のおかげで不思議と肩の力も抜け、安堵の息が洩れ出る。すると、居間の掛け時計が鳴り始めた。どうやらもう17時を回ったようだ。
真司は時計が鳴った瞬間、ハッと我に返り慌てて立ち上がる。
「しまった! 今日は早く帰らないと行けなかった!」
「おや、そうなのかえ?」
菖蒲が真司に聞くと、真司は鞄を持ち帰る準備をしながら返事を返した。
「はい。学年も上がったお祝いも兼ねて、家族でお寿司を食べに行くんです」
「ほぉ。ふふっ、楽しんでおいで」
「はい!」
真司は慌てて居間を出ようとするが、その足は突然ピタリと止まり、真司は振り返ってキョトンとしている雛菊を見た。
「雛菊さん」
「はい。なんでしょうか?」
「えっと……その桜貝なんですか……貸してもらってもいいですか?」
突然のことで驚く雛菊だが、申し訳なさそうにお願いをする真司を見るとそれも一瞬で消え、雛菊は桜貝を巾着の中に入れスッと立ち上がる。
「わかりました。これは、あなたにお渡し致します」
真司の手をとって掌の上に巾着を置くと、雛菊はニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます。僕の行動がどう繋がるのかわりませんが……でも、必ず八郎さんを見つけますから」
「はい」
先ずは桜貝を持っていく……このほんの些細な行動が今後どう動かすのか、どうやって八郎と繋がって行くのかはわからない。だが、真司は菖蒲の言う『縁』を信じることにしたのだ。
そして、真司は心に誓う。必ず八郎と雛菊を引き合わせてみせると。
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