第3話

 ✿―✿―✿


 そのやり取りを、もう何度繰り返しているだろうか。真司は、何かの手によって掃除を邪魔されているのには薄らと感じていた。

 しかし、感じているが姿が見えなかった。

 見えないものに怒っても仕方がないとわかりつつも、やはり納得できないものがあり、真司も負けずと頑張った。

 どうやら、真司は何気に負けず嫌いらしい。

 そして、三回目の床掃除も真司は、黙々と床を拭いている。バケツの中の水も溜まったままで、倒されることはなく無事に床掃除を終えた。

 それもその筈だ、真司の目の前には目を離すことなく、常にバケツが置いてあるのだから。

 やっと床が綺麗になった真司は、うーんと背伸びをする。


「長かった~……やり遂げた~! はっ! 危ない危ない! また、目を離すところだったよ……」


 バケツを素早く手に持つと、そのまま店の外に出て水を捨てに行った。

 やり遂げた感が表情に出ているのか、満足したような顔をしている。何度も床を掃除しているだけあって床はピカピカだった。


 ――チリリン


 店の扉を開け中に入る真司は、またもや目の前の光景に言葉を失っていた。


「ええええっ?! なんで?!」


 ちょっと店を出ただけで、それこそものの数分の間に店内は鳥の羽だらけだったのだ。

 ヨロヨロと歩きながらながら店の中に入り、落ちている羽を拾う。床には羽とピンク色の棒が落ちていた。


「ハタキが……」


 そう。この羽はハタキの羽だった。

 羽の部分が綺麗にちぎられていて、真司は長い長い溜め息を吐いた。

 しゃがみこんで羽を広い集める真司。すると、後ろからドンっと何かによって押され真司は顔から前に倒れた。


「ぶっ!! ~~っ!」


 顔面から倒れ、鼻を強打してしまい真司は顔を押さえる。かなり痛かったのかその場で身悶えしていた。

 目には微かに涙が浮かんでいる。


「~~っ! い、痛い……!」


 真司は一体誰が押したのかと思い、後ろを振り返る。しかし、後ろには誰もいなかった。

 変わりに小さな木のお椀が、ちょこんと置いてあるだけだった。


「お椀? なんで、ここに?」


 お椀を持ち上げようとすると、また誰かに後ろを押される真司。


「うわっ!!」


 今度は倒れる前に手で支えたので怪我はしなかった。

 真司は、後ろを振り返る。今度もまた、後ろには誰もいなかった。


「……いない?! そして、今度は本!」


(しかも、これ昔の本だ……)


 床に落ちていたのは、端を糊で纏めた本ではなく、紐で纏めた昔の本だった。

 表紙が少しボロボロで文字も薄らと消えている。


「…………」


 本をジーッと見ていると、ドンッと真司はまた押された。


「今度は何っ?!」


 足元を見ると小さな箸置きが落ちている。


「箸置き?」


 そして、また後ろを蹴られた真司。


「いたっ!」


 後ろには古いカメラが落ちていた。真司はついに大声で叫んだ。


「もーーうっ!! 何なの?! やめてよっ!!」


 その叫びに突然クスクスと笑う声が聞こえてきた。

 それは一つではなく、複数の声だった。


「……へ?」


 真司はキョロキョロと辺りを見回す。周りには人の気配すらない。

 しかし、声は周りから聞こえている。まるで、自分が輪の中心にいるように左右前後から声が聞こえてきていた。

 そして、真司の足元にある物達からも笑い声が聞こえた。

 真司は、もしやと思い、思ったことを口に出す。


「もっ、もしかして……付喪神?」

「あはは、やーとわかったぁ?」

「ふふふ。やっぱり、からかいがある人間ね」

「あー、面白かったあ~」


 真司は付喪神達の会話に口をあんぐりと空け呆然となる。すると真司の傍にあった物から、ぴょこっと細い足が生えた。

 傍から見ればかなりキモ――いや、不気味に思い、これを見たら普通なら悲鳴を上げるだろう。


「うわっ! 足が生えた!?」


 それは真司も同じだった。

 真司は尻餅をつきながら驚く。それらは満足したのか、元の自分の定位置に戻り再び普通の物へと変化した。


「…………」


 いまだに口があんぐりと開いている真司。すると、暖簾の向こうから可笑しそうに笑う声が聞こえてきた。

 真司はその声にハッと我に返ると、声のする方を振り返った。


「菖蒲さん!」


 暖簾をくぐって現れたのは菖蒲だった。

 菖蒲は袖を口元に当て、付喪神達みたいにクスクスと笑っている。


「ふふふっ……どうやら付喪神達に相当やられたらしいのぉ」

「そりゃぁ、もうすごいですよ……はぁ……」


 溜め息を吐く真司に菖蒲は苦笑する。


「付喪神は、基本、悪戯が大好きやからねぇ」

「それでも、あれは酷いです……」


 真司は水浸し事件を思い出し、しょんぼりとなる。そんな真司の頭を菖蒲はポンポンと優しく叩いた。


「そう落ち込みなさんな。あ奴達は、久方ぶりの人間に喜んでおるんよ」

「…………」


 すると、周りの付喪神達が突然会話に加わった。


「そーそー!」

「やっぱりテンション上がるよね~」

「なんとも言えんな。妖怪の血が騒ぐ」

「驚かしがいがあるよ!」


 一斉に言われ、真司は一瞬驚いていると、骨董の中の一つである熊の木彫りの付喪神が真司に言った。


「しかし、我らはちとやり過ぎた。そこは謝ろう。人間、我らを綺麗にしてくれたのにすまなかったな」


 熊の木彫りからは年老いた老人の声がし、木彫りは真司に向かって謝った。


「別に……それほど怒ってもいないので……」


 拗ねていた真司はこうも素直に謝られると、何だか歯がゆくなり頬をポリポリと掻く。そんな様子を見て、菖蒲はニコリと微笑んだ。


「うむ。仲直りもしたし店も綺麗になった。良きことよの」

「まぁ……確かにそうですけど……」

「ほれ、真司。掃除道具を片付けたらお茶菓子でも頂こうぞ」

「そう、ですね。わかりました」


 そう言うと真司はバケツと雑巾を手にし暖簾をくぐろうとする。すると、後ろから色々な付喪神達が真司にお礼の言葉を言った。


「ありがとう」

「楽しかったよ!」

「綺麗にしてくれてありがとうね」

「また、遊んでね〜」


 その言葉に心がポカポカとして、自然と真司の口角が上がった。

 確かに悪戯には散々な思いをしたが、謝られたりお礼を言われると、もう拗ねることも怒ることも無くなる。寧ろ、頑張って掃除をした甲斐があるというものだ。


 こうして、真司の初仕事?は無事に終了した。

 これがアルバイトのうちに入るのかわからないが、元々、ここの住人はそういう労働を無理矢理やらせてはいないのだ。

 皆、やりたい事をやって、気ままに長い長い人生を生きている。それが、あやかし商店街のやり方でもあり、過ごし方でもあった。

 そして、それ以降、真司は菖蒲に仕事を求めるのではなく、自分から積極的に付喪神の掃除をしたり、菖蒲の家事のお手伝いすることとなるのだった。


(終)


 Next Memorys→『白雪の日記帳』


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