第8話

 ✿―✿―✿—✿―✿

 

 その頃の白雪は、妖怪と話しをしつつも真司が神社へと向かうのを密かに見守っていた。

 すると、隣にそっと菖蒲が座った。


「行ってしまったなぁ」

「あら、菖蒲様」

「全く。白雪は、真司に甘い!」


 ぷくーと頬を膨らませる菖蒲に白雪は苦笑する。


「折角、真司にもっと色んな妖怪達と接してほしかったのにのぉ」

「でも、以前に比べるとだいぶ打ち解けていますよ? それに、真司さんは、もうずっと前から菖蒲様の正体を気にしていましたし。ふふふっ」

「知っておる。まぁ、今日は無理でも近々バレよう……」

「縁、ですか?」


 白雪の言葉に菖蒲が小さく頷く。


「うむ。縁は既に結ばれておるからの。……私もあそこに向かわなければならんからな」


 苦虫を潰したかのように言う菖蒲に白雪は苦笑する。


「ふふっ、相変わらず嫌そうですね」

「当たり前じゃ! 何が好き好んであ奴らに会わなあかん……はぁ……」


 項垂れるように溜め息を吐くと、白雪が神社の方を見た。


「真司さんは、あの方達に会うでしょうか?」

「今日は大晦日で人も多いゆえ、無理じゃろ。私の匂いを嗅ぎつけて、近々、勝手に商店街にやって来るかもな……はぁ、嫌だ嫌だ」

「あらあら、ふふふっ」

 

 ――いっぽう、その頃の真司。

 

 真司は、多治速比売神社たじはやひめじんじゃへと着くとキョロキョロと辺りを見回していた。

 この多治速比売神社から梅林公園までは歩いて約三分~五分の所にある。堺に引っ越して来て、真司は初めて多治速比売神社へとやって来たのだ。


「うわ……すごい人」


 拝殿の前には、たくさんの人の列が並んでいる。列は奥まで並び、後列は見えないぐらいだった。


「それにしても……」

 

(ここ、お社が一つじゃないんだ)

 

 真司は、すぐ近くに建っている神社の案内図を見る。


「ええと……僕が今いるのが脇門で、あの列に並んでいる人達は拝殿に向かって並んでて……あ、稲荷神社もある。他にも、白山社……住吉社……熊野社……弁天社……へぇ〜、色々あるんだなぁ」


 そう。この多治速比売神社には沢山のお社があり、神を祀っている。そして今日の大晦日に並んでいる列は、全て多治速比売を祀っている拝殿への列だった。

 しかし、ちらほらと稲荷社や弁天社にもお参りをする人達もいた。

 真司は神社に来たのだからついでにお参りしていこうと思ったが、長蛇の列に並ぼうとは思えず、視線は自然と隣の稲荷社へと向いていた。


「稲荷社なら直ぐ隣にあるし、今日は、ここで軽く御参りしようかな」


 稲荷社の鳥居をくぐろうと、軽く鳥居に向かって一礼をする。そして、鳥居をくぐる両端には巻物らしき物を咥えた狐とそうでない狛狐が鎮座していた。

 

(な、なんか……この狐の顔怖いなぁ……)

 

 お社を護る神使だからだろうか?目は鋭く、足も太く、とても勇ましい感じがした。

 真司は東京の稲荷社にいる狐を思い出す。

 

(確か、あっちの狐は小さくて可愛かったような……? 地域や神社によって、姿形って違うんだなぁ)

 

 そう思うと、真司は二礼をし、お賽銭を入れ鈴を鳴らし、二拍手する。しかし、いざお参りをしたはいいものの、これといってお願い事や新年の抱負などは浮かばなかった。

 目を閉じながら「どっ、どうしよう!?」と、思っていると、ふと菖蒲たちの姿が頭に過ぎった。


「…………」


 真司は目を閉じ、改めて神様にお願い事をする。


(……菖蒲さんや他の妖怪達と、もっと面と向かって仲良くなれますように)


 そう心の中で願い、目を開け一礼をしてお参りを済ませると、真司は思い出したかのようにハッとなった。

 

(そういえば、手を洗ってなかった!)

 

 真司は「忘れてごめんなさい!」と、最後に神様に言って稲荷社を出る。その後もなんとなく境内を散策してみたはいいが、これといって菖蒲に関することを見つけることができないでいた。

 真司は諦め、溜め息を吐きながら多治速比売神社を出ようとする。


「結局、何も見当たらなかったし菖蒲さんののとも何もわからなかったなぁ……はぁ……」

「ほぅ~。お主、やはり菖蒲のことを知っておるのか? 全く興味深いのぉ~」

「え……?」


 背後から女の子の声が聞こえてきたので、真司は振り返る。しかし、そこには誰も居なかった。


「???」

 

(今、女の子の声が聞こえたような気がしたんだけど……)

 

 気のせいかと思いながらも真司は首を傾げ、神社を出たのだった。

 百鬼夜行の宴がされている梅林公園へと戻ってきた真司は、辺りに人がいないことを確認し結界の中に素早く入る。すると、一気に賑やかな声が辺りに響き渡った。

 妖怪達は、酒を飲んだり食ったり踊ったりと、どんちゃん騒ぎしている。そんな中ある妖怪がひょっこりと顔を出し、真司に向かって手を振っているのが見えた。


「お? 真司! おーい、こっちやこっちぃ!」

「あ、勇さん」

「よ! さっきぶりやな!」

「はい」

「ん? なんやなんや? 何か元気ないやんけ」


 真司は勇の隣に腰を下ろし、お酒ではなくオレンジジュースを勇から手渡される。真司はそれを素直に受け取り、菖蒲の正体の事や白雪に神社に行くよう勧められたが特に何も無かったことを勇に話した。

 すると勇は深く頷いた。


「ははーん。なるほどなぁ~」

「それと……」

「ん、なんや?」

「神社を出る時に、女の子の声が聞こえたような気がしたんです……。でも、誰もいなかったんですよねぇ。やっぱり、気のせいだったのかなぁ?」

「ほぉ~」


 勇が少し驚いたように頷くと真司は首を傾げた。

 すると勇は二つに分かれている尻尾をユラリと揺らしニヤリと笑った。


「菖蒲様の正体は俺も口には出せんけど、その声の主なら検討はつくな。……それは、多治速比売命たじはやひめのみことかもしれへんなぁ」

「え? た、たじ……?」


 真司は聞いた事のない名前に首を傾げる。


「やから、多治速比売命たしはやひめのみことや。その多治速比売神社の祭神のこと」

「……それって、神様ってこと?」

「せやで」


 真司は未だにあの声が神様の声だと信じがたかった。


(でも、どうして僕に?)


 確かに、妖怪や梅の精霊といったものは見える。いや、見えるようになった。

 しかし、まさか神様まで見えるとは思えなかったのだ。


(って、まぁ、姿までは見てないんだけど……)


 真司は菖蒲と出会い、あやかし商店街を知り、この自分の力が少しづつ強くなってきているような気がした。

 だけど、不思議とそれは嫌じゃなかった。

 昔なら、きっとそれは嫌だっただろう。

 真司は梅の木を見上げる。梅の花は小梅の力で満開だ。


「なんや、ぼーっとして?」

「あ。ううん。何でもないです」


 酒と魚を皿につまむ勇に真司は微笑んだ。


「ふーん。なら、ええけど?まぁ、あれやな……」

「??」

「お前は、お前の信じる道を歩けばええってことや。道は一つちゃう。何通りもある。どれを選ぶかはお前次第ってことやな」


 そう言いと一気に酒を飲む。まるで、真司の考えが勇にはわかるみたいだった。

 そして、さすが年長で長く生きた妖怪なだけはある。言っていることが、菖蒲同様に意味ありげでとても深かった。


「菖蒲様の正体も、その内……いや、こりゃぁ、近い内にわかるかもしれへんなぁ」

「そうなんですか?」

「まぁ、あの神の興味が出てきたらの話しやけどな」

「……はぁ」


 曖昧な返事をする真司。そこで、真司はハッとなり辺りを見回した。

 近くに星や白雪、お雪は居たが、肝心な菖蒲の姿だけは見当たらなかったのだ。


「そういえば、菖蒲さんは?」

「ん? あぁ、菖蒲様なら酒を渡しに行ったわ」

「酒って……あのお酒ですか?」

「せや」


 勇が頷くと、神社の方から遠くの方から声が聞こえてきた。


「ハッピーニューイヤー!!」

「あけましておめでとう!」


 どうやら年が明けたらしい。その声を合図に、近くにいた周りの妖怪達も盃を持って隣同士で乾杯し合う。


「おめでとうございます~」

「一年お疲れっす!」


 勇は盃を地面に置くと「明けたなぁ」と、呟きおもむろに自分の膝を叩く。


「さーて! これからが、この宴の本番や!!」


 そう言うと勇は立ち上がり、どこからともなく丸い大きなボールを取り出した。


「一番、勇! 玉乗りするでぇ!」

「……へ?」


 勇が突然玉に乗り始め芸を披露する中、真司は驚きのあまり口がポカンと開いていた。

 周りの妖怪たちは笑いながら勇を囃し立てる。


「おー! いいぞいいぞ!」

「勇! かましたれ~!」

「今年は顔から転ぶなや」

「あっははは! 確かにそうだ!」


 真司は一体何が始まったのか、これから何を始めるのかがわからなかった。

 しかし、周りの妖怪達は意気揚揚とした表情で笑っている。中には、勇同様に何かを取り出し披露する者もいた。

 急な盛り上がり用に呆然としていると、近くにいた木魚達磨がそれを教えてくれた。


「ごれがら、この宴の醍醐味だいごみ、百鬼夜行の一発芸が始まるんだべ」

「一発芸、ですか……あ、あははは……」


 真司は、次から次へと芸を披露していく妖怪達を見て苦笑し、そして、それは次第に可笑しくなり笑いへと変わり始める。いつしか自分も他の妖怪達のように、飲み物を片手に重箱をつまみ、芸を披露する妖怪に笑っていた。


  きっと、この光景は異様なものだろう。妖怪と一人の人間が笑いあっているのだから。

 そして、真司は思った。


(まだ半年も経ってないけれど、怖いものばかりじゃないんだ。ううん……それだけじゃない)


 真司は、咲き誇る梅の花をまた見上げると小さく呟いた。

 これは、小さな小さな独り言だ。


「人も妖怪も何も変わらない……」


 お互いに笑い合い、時には馬鹿騒ぎもする。それは、人だってそうだ。

 きっと今日この日、集まっている者なら同じことをやっているだろう。生き方や生まれ方が違っても、人も妖怪も同じ感情がある。

  まだ妖怪たちと知り合ってから間もない真司はそう思った。

 すると真司は、小物屋で買った月下美人の簪をポケットから壊れないようにそっと取り出す。お店の人が、わざわざ簪用の布を用意してくれたので、簪はポケットに入れても傷は付かなかった。


(これ、どうやって渡そうかな……はぁ)


 ――人と妖怪は変わらない。


 改めてそう思った真司に、また一つの小さな悩みが出来たのだった。


(終)


 Next story→第四ノ伍幕

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