✿第五ノ伍幕~小さな宴~
第1話
辺りは暗闇だけだった。そんな中、一人の少女と年配のお爺さんが胡座をかいて座り話しをしていた。
少女の方は少しイライラしている。
「全く、あ奴は来るのが遅い!! いつまで待たせる気なのじゃ!」
プンスカと怒る少女。
立っていたら、今頃は地団駄を踏んでいるだろう。それぐらいイライラしている様子だった。
そして、その隣にいる白髪のお爺さんはそんな少女を宥めていた。
「まぁまぁ、少し落ち着いたらどうですか?」
「ふんっ! これでも落ち着いとる! 全く、今年は例年よりも参拝者が多くて嫌気がさすというやつじゃ!」
「参拝者が多いのは、
「何が
少女は「はぁ……」と溜息を吐いた。
「それも人間というものですよ。それでも、我々は人を恋しく思う。神の
「……ふん!」
「そういえば、先程は何処に行かれていたのですか?」
スッカリご機嫌斜めの少女は、お爺さんと目を合わす。
「あぁ……。いやな、菖蒲に似た気配を感じたのでの、直接見に行っていたのじゃ」
「ほぉ」
お爺さんは興味深そうに返事をすると、白く伸びているあごひげを撫でる。少女はそんなお爺さんに話を続けた。
「そこで、面白いものを見つけたぞ」
「と、言いますと?」
「菖蒲の事を知っておる人間を見つけたのじゃ!」
「ほぉ~。それはそれは」
少女は「むふふっ」と、含みのある笑い方をする。案の定、口元はむふむふと動いていた。
「最近はつまらない事だらけじゃったが、面白い人間も中にはいるものよのぉ~。むふふふふっ」
「…………」
目を猫のように細め、むふっと笑う少女の姿にお爺さんはなにかを察した。
(これは……また、変な事を考えているやもしれぬなぁ……)
お爺さんは白い顎髭をまた撫でる。少女の大きな瞳には、意気揚揚とした表情が読み取れた。
お爺さんは楽しそうにしている少女を見て思う。『事は、近々動くだろう』と。
何せ、この少女は面白いものをや気に入ったものには直ぐ目をつけ、即行動を起こす困ったさんだからだ。
(これは何やら嵐が来そうだねぇ)
突如、暗闇からチリリンと小さな鈴が鳴る音が聞こえてきた。
その音に少女は、また、溜め息を吐いた。
「全く……やっと、来おったか」
「そうですなぁ」
その音は次第に近くなり、鈴の音の他にカランコロンと下駄の音も聞こえて来る。次第に暗闇からボンヤリとした人影が現れた。
「遅いぞ、菖蒲」
暗闇から現れたのは菖蒲だった。
菖蒲は、和柄の風呂敷を手に持ち「いつも通りやと思うけどなぁ」と、何気ない顔で言った。
「久しぶりだね、菖蒲」
お爺さんは優しい笑みを浮かべ菖蒲に言う。菖蒲もそれを返すようにニコリと微笑んだ。
「うむ。久しいの、
「これ、我を忘れるな! 後、早く酒を渡さんかっ!」
少女は腰に手を当て、頬を膨らませてプンスカと怒る。菖蒲は呆れ顔で少女を見た。
「忘れておらんえ。やれやれ……お前さんも相変わらずやの」
面倒くさそうにしながら、持っていた風呂敷を少女に手渡す菖蒲。少女は心底嬉しそうな顔をすると、菖蒲からそれを受け取り結んである紐を解いた。
「おぉ、おぉ! これじゃ! 年の楽しみといえば酒に限るのぉ~♪」
るんるん気分で酒瓶の蓋を軽々と開け、少女は何処からともなく白い杯を出し酒をなみなみに注ぐ。勿論、菖蒲と道真も同じである。
「そういえば菖蒲。先程、
「……そうかえ」
お互いに向き合うように菖蒲も腰を下ろすと、その一言だけを言い、杯に口に付けグイッとお酒を飲み干した。
意外と呑みっぷりがいい。それは、きっと、真司の前だとしないだろう。
道真は菖蒲の素っ気ない言葉に苦笑しながらも、自分も杯に入っているお酒を飲んだ。
「……まぁ、あの二人も雑務に追われてそれどころじゃないんだけどねぇ。しかし、お前も相変わらずだね」
「普通じゃ」
二人とは反対に先程からグビグビと酒を飲んでいる少女。これだけ飲んでいるのに、少女の顔は全く赤くない。
寧ろ、全然酔ってはいなかった。
「ん、ん、んっ……ぷはー! うまい!! やはり、酒は清鶴に限るのぉ~! 今年の清鶴は一段と美味な気がするぞ!」
「ん。言われてみれば、確かにそうだねぇ」
同じくお酒をお代わりした道真が言った。
そして、何かを察した少女は、また含み笑いをする。
「むふふふ……これは、些か勇に何か変化があったと見られるのぉ」
どうじゃ? どうじゃ?という楽しそうな目で菖蒲を見る少女。菖蒲は、その目にうんざりした様子で溜め息を吐いた。
「……まぁ。その通り、ということやの」
「むははは! ほれみろ! 我の舌と目には狂いはないのだ!」
「はぁ……」
「あははは……。まぁ、そう溜め息を吐かないでおくれよ菖蒲。これでも彼女は、お前が来てくれて喜んでいるからねぇ。何せ、こんな日でもないとお前は顔を出してはくれないからね」
道真にそう言われ、菖蒲は不服そうな顔で口を少し尖らせた。
「……わかっておる。しかし、どうもあのテンションには昔からついて行けんのじゃ」
「そうかい? お前にも、似たようなところがあると思うがねぇ」
クスクスと笑う道真に対し、菖蒲は目を大きく見開く。口はあんぐりと開いていた。
「本当かえ!? それは……ふむ……複雑な気分じゃ」
「はっはっはっ!」と、道真は声を出して笑う。そして、ふと少女が話していたことを思い出した。
「そう言えば、先程話していたんだがね。どうやら、お前の事を知っている人間を見つけたらしい。知り合いかい?」
「…………」
菖蒲は何も言わず杯にお酒を注ぐ。少女もそれを思い出したかのように道真と菖蒲の話に割り込んできた。
「おぉ、そうじゃった! そうじゃった! 菖蒲よ、あ奴は何者ぞ?」
「…………」
しかし、それでも菖蒲は
そんな菖蒲の黙りに、少女はまたもや頬を膨らませる。
「むぅ……相変わらず、つまらん奴じゃ。よいよい! そんなもの我が直接調べればよいことじゃ! 不届き者なら、この我が退治してみせようぞ! あっはっはっはっ!!」
酒を杯に注ぎ、勢い良く飲む少女。
もう一層のこと瓶ごと飲んだ方が早いのではと思えてくる。そして、菖蒲はその少女の言葉に密かにニヤリと笑ったのだった。
それを傍から見ていた道真は、顎に手をやり髭を撫でる。
道真は「ふむ……」と小さく呟くと、自分もまた密かに笑みを浮かべていた。
(どうやら、菖蒲はこれを狙っていたようだねぇ)
菖蒲の考えを読み取り、道真は静かに笑う。
「本当に相変わらずで何よりだよ。菖蒲」
「それはこっちの台詞じゃ。相変わらず読みが早いの道真。さすが頭の回転が早いだけはあるの」
菖蒲と道真はお酒が無くなった杯にお互い注ぎ交わす。そして、杯同士を軽く合わせる。
杯同士がぶつかり、カチンと音が鳴った。
「今年も、よろしゅうお頼み申します」
「こちらこそ宜しく、菖蒲」
「あー、はっはっはっ!! 見ておれ人間の童子よ! 今度、我が直接お主の所に出迎えようぞ!! あーはっはっはっはっ!……うむ、酒が美味い! おかわりじゃ!」
(終)
Next story→外伝~懐古録~
[次回]
次回のは外伝~懐古録~になります。
真司の初のバイト白雪の過去など、計四編を収録した短編集の前編になります。
次回も宜しくお願いします。
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